第七話 私を捕まえて
翌朝。
ハカセとウミサルと一緒に炊き出しに行くことになった。
目を覚ましたら、ママの衝撃写真が、目覚めの投げキッスをしてたのは言うまでもない。
中央公園に着いた。中央公園の時計の針は、六時を指している。
今日も多くの人が暖かい飯を求め、列に並んでいる。俺たちも早速並ぶことにした。
「おえっ、気持ち悪っ」
ウミサルが俺の前で口を押えながら言う。
「飲み過ぎだ。気持ち悪いなら来なくて良かったんじゃないか?」
「何言ってやがる。朝から何か食わねえと、体が動かねえんだよ。昼には、また魚取りに行かなくちゃなんねえんだから」
そう言うウミサルの顔は、海のごとく青い。
食ってる最中に吐くなよ。シャレにならないから。
一升瓶3本をママとほぼ全部、飲み干しやがったからな。
本気で吐くかも。
俺たちは飯を貰うとベンチに座り食べ始める。
今日の献立は、カレーだ。少量ではあるが十分、腹を満たしてくれる。
俺がカレーを食べ終え、容器を捨てているとホームレスたちがこんなことを話していた。
「最近、ホームレス狩りがまた始まっているらしいぞ」
「ああ、もう何人も病院送りにされたそうだ」
「こりゃあ、夜も安心して眠れねぇな」
ホームレス狩りか。安心して寝ることもできないのか。
俺も気を付けよう。
ハカセたちも食べ終え、容器を捨てると公園に帰ることにした。
ウミサルは河川敷にハウスがあるので、途中で別れた。
公園に向かう途中に、ハカセがポケットからポリ袋を取り出し、草むらを漁り始めた。
「何してんだ?」
「空き缶拾いじゃよ」
空き缶拾い? 何のために?
「空き缶は金になるんじゃ。少ないけどな」
「空き缶が金になるのか?」
「ああ。集めて業者に売れば、金になる。アルミ缶だけじゃけどな。スティール缶はリサイクルできんから、買い取ってくれる業者がおらん」
買い取ってくれる缶も限られるのか。
「それで、いくらになるんだ?」
「一キロあたり、五十円から百円くらいじゃな」
「たったそれだけなのか? 一キロも集めて」
「そんなもんじゃよ」
ホームレスにも仕事はあるようだ。
ふと、思いついたことを聞いてみることにした。
「別に頑張って探さなくても、集積所とかのを集めればいいんじゃねっ?」
するとハカセは、「コイツ何言ってんの?」的なため息をしてこう続けた。
「あのな、そんなところ見つかったら、ますますワシたちの評価が落ちるじゃろう。ホームレスはな、基
本的に人に迷惑をかけることはしないんじゃよ。だから、ゴミなんかも捨てない。そして、集積所のを無断で持ち出してるのが見つかってみろ。警察の厄介になりかねん。そこんとこの掟を守らんと他のホームレスに殺されても文句は言えん」
……ホームレス同士の殺し合い。
実際に見たことなんてないが、確かにこんだけ過酷な環境で生きてるんだ。掟を守らない奴には、それなりの罰があるということか。
「空き缶拾いのほかにも、雑誌拾いなんかで金を稼ぐ奴もいる。でも、雑誌拾いはあまりお勧めできん。効率が悪いうえに、一日探しても収入は、四百円程度じゃ」
一日探して四百円。金を稼ぐのも楽じゃないんだな。他人事じゃないけど。
* * *
その後、五時間くらいかけて、ようやく空き缶はポリ袋いっぱいになった。
「こんだけ探して、やっと一袋か。なあ、こんなんで飯食っていけるのか?」
「正直、厳しい。アルミ缶の値段は落ち続けておる。夜通し三日かけて探しても、貰えるのは約二千円。三百円パンを買って何日か過ごす生活が続く奴だっておる。まったく、厳しい世の中じゃよ。まあ、ワシにとっては、ちょっとした暇つぶしと小遣い稼ぎみたいなものじゃ」
「ハカセは食っていけてるのか?」
「まあな。炊き出しの場所は大体理解しておるし、その気になれば金がなくても食ってはいける」
ベテランのホームレスってことか。
「じゃが、やっぱりなんだかんだで金は必要じゃよ。風呂には入らんといかんし、服だって洗濯せにゃならん」
「服なんて、公園で洗えばいいだろう?」
「夏はええが、冬に干しても乾かんよ」
あっ、そうか。乾かさなきゃいけないんだっけ。
「……なんていうか。世知辛いな……」
「……爺臭いことを言うな。それはワシのセリフじゃ」
都心の風は今日も俺たち家のないモノに冷たい。それでも、確かに暖かいモノがきっとあると信じたい、今日この頃だった。
* * *
それから、帰りに別の公園で炊き出しをいただき、阿比留公園に帰った。
しばらくの間は、朝昼の飯には困らなくて済むようだ。
ハカセと別れ、自分のハウスに戻ると、すぐ寝てしまった。
次に起きた時には、夕暮れが空を赤く染めていた。
しばらく、公園のベンチに座り、外の風に当たっていると、ママのハウスの中から赤いドレスを着た人がこっちに向かって歩いてくる。
眠気が一気に覚めた。
夕日が照らして、さらに燃えているように見えるドレスを着ていたのはママだったからである。
「そ、その格好どうしたの?」
「これ? これはアタシの仕事着。どう? 似合う?」
「あ、ああ。怖いくらいに」
「ありがとう。お礼にキスしましょうか?」
「罰ゲームか?」
ママがそっぽを向いてしまった。
「冗談、冗談。それより、こんな時間から仕事か?」
「ええ。あなたも今日からでしょう?」
「えっ? ……ああ~。そういえばそうだった」
昨日の歓迎会でママに頼んでおいたのだった。自分から頼んでおいて忘れるのもどうかと思う。
「今から、行くのか?」
「ええ。あなたも準備できたら行くわよ」
「準備? 特にないけど」
「そう。じゃあ、とりあえず学ランはおいてきなさい。いろいろと面倒なことになるから」
そういえば、学校から帰ってそのままヤクザに連れて行かれて、アパートはモヌケの殻だったから、学ランのまま過ごしていたということになる。
俺は学ランを脱ぎ、ハウスに置いてくると、ママと一緒に公園を後にした。
* * *
もう三十分くらい歩いただろうか。
日はもう落ちてしまい、街は仕事帰りのサラリーマンや若者たちで溢れかえる。
所々にある水商売と思しき看板が怪しく夜の歓楽街を照らす。
路地裏の入り、しばらく進んでいくと、レンガ造りの店の前で立ち止まった。
「ここよ。ここがアタシの仕事場」
ママが振り返り言う。
店の前には、「catch I」と書かれた看板がある。
「キャッチアイ?」
「そう。素敵な名前でしょう?」
直訳で「私を捕まえて」か?
一体どんなバーなんだろう。
当然ながら、今まで生きてきてバーなんて入ったことがない。少し期待している自分がいる。
ママが扉を開け、中に入る。
店の中は、思っていたよりも広かった。
カウンターがあり、椅子が五、六個ある。その後ろにはたくさんの酒が並べられている。
店の奥には、小さなステージがあり、天井にはミラーボールがある。
その他にも、飲食店のようなソファとテーブルがある。
何ともオシャレなバーである。
「どう? 気に入った?」
「ああ。なんかオシャレだな」
「気に入ってくれたようで嬉しいわ。ちょっと店のスタッフが歓迎の意を込めて、ダンスを披露したいって言ってるんだけど、いいかしら?」
ダンス? スタッフって女の子だろうか。
「……別に、構わないけど」
「そう。じゃあ、合図するわね」
そう言ってママが指を鳴らす。
それと同時に店中の電気が消える。俺が困惑していると、ミラーボールが色とりどりの光を放ちまわり始める。
俺は、その下に現れた三人のシルエットに困惑してしまう。
青、紫、オレンジのレオタードを着た三人の女の子?……だろうか?
なぜ、疑問形かと言うと……女の子にしては肩幅が広いような気がするからだ。
それに、なんかゴツゴツしてるように見える。
……嫌な予感しかしない。
「ミュージックスタート!」
その掛け声の後にミュージックがかかり始める。
「見~つめるキャッツアイ!」
「ふ~ふふふふふ」
「み~どり色にひか~る」
明らかに低い声で、青、紫、オレンジの順番に歌い始めやがった。紫、歌詞覚えてねーな。
何かダンスがくねくねしていて、見ててすごく不愉快な気分になった。
一通り歌うと最後に決めポーズを決め、ミュージックが切れる。
……沈黙。
その沈黙を断ち切るかのようにママが拍手しだした。
「素敵! 最高だったわよ」
どこがだよ。もう最低を通り越して、呆れだよ。
オレンジがステージから降りると、電気をつけた。
明るくなると、三人がこっちに向かって歩いてくる。
一瞬逃げようと思ったけど、あまりに突然の出来事だったから足が動かない。
視界が明るくなって、三人の顔がハッキリ見えてしまう。
おネエさんだ。ママには劣るものの、十分デカくて、顔もゴツイ。
嫌な予感が的中だ。
ママがやっている店なんだから、冷静に考えたら分かるようなことじゃないか。
ここは、おネエ共が働いているバーなのだ。
ハカセたちも知っていたなら止めてくれれば良かったのに。
ちくせう! 昨日の俺にシャイニングウイザードをかましてやりたい!
三人の近づく速さがだんだん増していき、最終的には走ってきた。目が怖い!
「あらまっ! イケメンだわ!」
「キュートだわ!」
「いただきま~す!」
三人の手が同時に伸びてくる。ぎゃああああああっ!
ギリギリのところでママが立ちはだかってくれた。
「もうっ! ダメよ。この子はウチの大事な従業員なんだから」
ママが三人をしかりつけている。
「あ、あの~、その人たちって……」
「この店のスタッフよ。ほら、あなたたち、自己紹介は?」
そう言われると三人組は、横一列に並んだ。
「瞳よ」
「泪よ」
「愛よ。三人合わせて」
『キャッツアイよ!』
―――はっ! 一瞬、意識を失っていた。
キャッツアイ? あの、三姉妹の怪盗のことか?
まあ、あの歌を歌っていた時点で察してはいたけど、まさかそのまま使ってくるとは思わなかった。
「お、大神 デウスです……よろしく」
俺も自己紹介で返す。
『よろしくね~』
珍獣共が声を合わせて言ってくる。
もういやだ。帰りたい。
「さっ! もう店を開けないといけないわ」
「あのっ……」
すかさず俺は、ママの会話を断ち切る。
「そう言えば、俺、今日大事な用事があったんだった。ということで、俺はこの辺で」
俺が背を向け、ドアを開けようとしたその時、肩をガッチリ掴まれた。
「あら。どこに行くのかしら?」
ママの声が後頭部に突き刺さる。振りかえれない。
すると、ママは俺の耳元に口を近づける。
「ダンボール・ハ・ウ・ス・代♪」
背筋が凍りつく。
ま、まさか、こうなることを予想してハウスの代金を強制しなかったのかっ!
なんて、卑劣な。
「異論はないようね」
ママの笑顔がすさまじく怖い。
「はい。じゃあ、キャッツたち。デウ子の着替えを手伝ってちょうだい」
えっ? 今なんて言いました?
「あの~、着替えって……」
「もちろん、あなたのよ。さあ! やっておしまい!」
『サービスサービスっ!』
「ぎいやあああああああああああああああっ!」
俺の悲鳴は店内のグラスや瓶に反響し、怪しい店内に奏でられた。
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