第五話 愉快なファミリー
「そういえば。ハカセは、何でハカセっていうニックネームなんだ?」
さっきから気になっていたことを思い切って質問してみる。
「ん? ああ、それは多分、ワシが発明家じゃからじゃよ」
「発明家?」
「まあ、正確には『元』じゃがな」
「発明家ってことは、何か作るのか?」
「当たり前じゃ。ハカセなんじゃから」
妙に誇らしげに言うハカセ。
「へー。で、何作るの?」
「ん~、あっ、アレじゃアレ。生卵を殻ごと切るエッグシェルカッターとか、一瞬でニンニクの皮をむくことのできるガーリックピーラーとかいろいろ」
「主婦の味方か!? どんだけ主婦に優しいもん発明してんだよ」
「結構、売れるんじゃよ?」
ハカセは、少し残念そうにうつむく。
発明をするからハカセか。正確には、Mr.ハカセだけど。
こんな会話をしていると、河川敷に着いた。
土手を下りて、草で覆われた平地に立つ。
橋の下には、二つのダンボールハウスが繋がるようにしてあった。ブルーシートがたくさん覆いかぶされている。
そのダンボールハウスから少し離れたところに、小さなビニールハウスが建っているのが見えた。
「何で、あんな所にビニールハウスがあるんだ?」
「ビニールハウスが何のためにあるか知らんのか?」
「野菜……か?」
「無論」
そう言ってハカセはビニールハウスの方へ歩き出す。
ビニールハウスの前に着くと、入り口を開け、中に入る。
中は色とりどりのピーマンやらキュウリやらトマトが実っている。
「お~い、サヤエンドウいるか?」
その問いに野菜の茂みから返事が聞こえた。
「ココです。ココ」
そう言うと野菜の茂みから出てきたのは一人の男だった。
季節外れの麦わら帽子に軍手をしていて、メガネをかけ優しげな目元をしている感じよさげな男だ。
「お~、ハカセじゃないですか。ん? そちらの若いお方は?」
「コイツは新入りのデウスじゃ。ほれ、挨拶せい」
「どうも。大神 大神です」
俺が軽く会釈をする。
「ぷぷっ」
ん? 笑った……のか?
「ぷぷぷぷぷ。デウスですって……ぷぷっ!」
「いや、どこで笑ってんの!?」
「スマン。サヤエンドウのツボは普通の人と少し違うんじゃよ」
少しではない、大分違うぞ。
さっきの自己紹介のどこに笑える要素があったんだ?
「ぷぷぷぷぷぷっ」
「いつまで笑ってんだ。いい加減、失礼だぞ」
「はあ~、すみません。あまりにも面白かったもので」
そんなに面白かったか?
「なあ、こんなところで野菜なんか育つのか?」
生い茂る赤いトマトを見つめながら、俺は質問した。
ていうか、何かと問題にならないのか?
「はい。それはもうすくすくと。野菜は日光と土と水さえあれば育ちますから」
「ホームレスの上級者にもなると、自分で畑を持つこともできるんじゃよ」
自給自足と言う奴か。こういうやり方もあるんだな。
「それで、なんの用ですか?」
「それがな、こやつにブルーシートを分けてやってくれんかの」
サヤエンドウと呼ばれる男は、顎に手を当て考え込んだ。
「ん~、ブルーシートですか~。私だけの判断では答えかねますね。もう少ししたら、ウミサルさんが帰ってくる思いますから、待っててください」
「ウミサルの奴、また漁に行っとるのか。この寒い時期に、ようやるもんじゃ」
「漁?」
「そうじゃ、奴は自分で魚を取って生活しておる」
それも一つの自給自足か。今度、取り方を習おうかな。
って、都会のど真ん中で満足に魚なんて取れるのだろうか。
「お~~い、今帰ったぞ~」
河の方から声が聞こえてきたので振り向いた。
河から何やら奇妙な物体(?)がこちらに近づいてくる。近づくにつれ、正体が明らかなになってきた。
ウエットスーツに身を包み、足ひれをしていて右手にはモリ、左手には大量の魚を詰め込んだ網を持っていて、ゴーグルをしている。その姿はまさしく……。
「カ、カッパ!?」
思わず声を裏返してしまう。
「誰がカッパだ!」
カッパに叩かれた。
ていうか、魚を取るって直に取りに行ったのかよ。
どんだけガッツあるんだ。
「おい、ハカセ。なんだこの失礼な奴は」
「新入りのデウスじゃ」
「どうも、大神 大神です」
「ぷぷっ」
サヤエンドウのツボを押してしまった。
またアンタかよ!
「それで? なんでハカセがこんな若造の面倒見てんだ?」
ハカセが今までの俺の活躍(?)を話し始める。
「―――というわけなんじゃよ」
「……そうだったのか。デウスとか言ったな。ファミリーを助けてくれてありがとな」
「い、いや、俺もハカセには世話になったから」
「それで? わざわざ何しに来たんだ?」
ウミサルが切り返す。
「それがですね。ブルーシートを分けてくださいって言うお願いなんだそうですよ」
「ブルーシートか。……まっ、いいだろう。ファミリーを救ってくれたお礼だ一枚くらいくれてやるよ」
そう言うと、ダンボールハウスの屋根から一枚剥がし、俺にくれた。
「ありがとうございます」
一応、礼を言っておく。タダなものほど高いものはないからな。
「それじゃあ、ワシらは、公園に戻るわ」
そう言って俺とハカセは土手を上がる。
「お~~~い。夜になったら、魚と野菜持って行くから鍋の用意しとけってママに言っといてくれ~~」
土手の下の方でウミサルが叫んでいる。
俺は手を振り返した。
「ママに献上でもするのか?」
「ふっ、ウミサルの奴。シャレたことを考えたな」
「シャレたこと?」
「後で分かる。……良かったな。ワシやママに拾われて。ホームレスにだって縄張りがあるから、人様の縄張りを勝手に荒せば殺されるぞ」
「ホームレス同士でか?」
「そうじゃ。ホームレスの世界は食うか食われるか。当然じゃ」
食うか食われるか……か。
そんな世界なのに、ハカセたちは何でファミリーになったんだろう。
「ハカセたちはしないのか?」
「当たり前じゃ。なんたってファミリーなんじゃから、助け合わないわけなかろうて」
「……なんかいいな。ファミリーって」
「ふっ。早く帰るぞい」
そう言ってまた俺とハカセは公園に向けて歩き出す。
俺にはもう家族がいないから、なんか羨ましかった。
* * *
公園に帰る途中でダンボールを五枚くらい拾って行った。
ママのハウスの前に着くとハカセはドアをノックする。
「ママ~、帰ったよ~」
「あら、お帰り。どう? ブルーシートもらえた?」
中からモンスターが出てきて言う。まだ、この迫力には慣れない。
「ああ。この通り。ついでにダンボールもたくさん拾ってきた」
俺はゲットしてきた材料を地面の上に置く。
運ぶのに随分と苦労させられた。
「これだけあれば十分ね。場所はどこにする? アタシの、と・な・り?」
「離してください」
俺は即答する。夜もおちおち眠れないだろう。
「即答だなんてアタシ、ショック。アタシとは遊びだったのね!」
「遊びも何もアンタと会って、まだ一時間も経ってねーよ!」
「奥さん。忘れるんじゃ、あんな男のことは。あの男は大変なものを盗んでいきました。それはあなたの心で―――」
「どこの三世だよ! てか、ハカセも便乗してんじゃねえ!」
疲れる。なんなんだ、アンタたちは。
俺を過労死させる気か?
「あら、デウス。良いモン持ってるわね」
「ワシもここまで気持ち良くツッコまれたのは久しぶりじゃ」
頭が痛くなってきた。
ふと俺は、ウミサルが言っていたことを思い出す。
「そういえば、ウミサルが夜なったら魚と野菜持って行くから鍋、用意しとけって」
「……そういうことね。分かったわ」
「どういうこと?」
「後で分かるわ。夜を楽しみにしてなさい」
そう言って、ウインクするママ。冷や汗しか出てこない。
「それで、ハウス建てるのには二、三時間くらい掛かるけど、完成するまでどうするの?」
「それじゃあ、ワシのハウスに来るといい。いろいろ教えてやるから」
「いいのか?」
「もちろんじゃ。ハニーも喜ぶ」
「ハニーって、ハカセ恋人がいるのか!?」
「ん? まあ、そんなもんじゃ」
マジでか?
こんなカエルみたいな顔した白髪の爺に恋人?
世の中は広いんだな。
「じゃあ、行けねえよ」
「いいからいいから」
半ば強引に連れて行かれた。
ハカセのハウスは、ママのハウスほどデカくはないが、それなりに広かった。
「おジャマしま~す」
俺は中に入る。
中には毛布やら、ダンボール机の上にいろんな電子機器があった。
「お~い、ハニー。腹減ったじゃろ。今、エサやるからな」
エサって、一体どんな恋人なんだ?
餌付けにでもしてるのか?
そんなことを考えながらも、目はハカセを追う。
そして、俺は次の瞬間、どっと肩を落とす。
なんだ。やっぱり、そういうオチか。
「おい、ハカセ。ハニーってソイツのことか?」
「ああ、ワシの愛しのハニーじゃ」
ハカセが嬉しそうに餌をやっているハニーというのは、一羽のニワトリだった。
「ハニーはすごいんじゃよ~。毎朝、太陽の命を生むんじゃ」
「太陽の命って卵のことか?」
「そうじゃ。その命に何度救われたことか。ハニー愛してるよ~」
ハニーに溺愛しているようだ。
一瞬本気で人間の恋人がいるんじゃないかと、信じてしまったことに後悔する。
「お前さんにも、ヒヨコができたら分けてやるよ」
「いいのか?」
「無論じゃ」
まだ、ハニーを見ながらニヤけている。
ハニーはというと首をくねくねしながら、ハカセの白髪を突いている。
俺は、聞きたいことがあったことに思い出す。
「なあ、ハカセ。聞きたいことがあるんだけど。飯ってどこで拾うんだ?」
「拾うって何じゃ?」
「だから、弁当とかどこで拾うんだ?」
「お前さん、残飯弁当を食べる気かい?」
「えっ、ホームレスってそんなもんじゃないのか?」
「馬鹿言ってんじゃないわ。ホームレスは基本的に残飯は食べんぞい。ホームレスだって体が資本なんじゃ、残飯なんか食って腹壊したらどうする。薬代も馬鹿にならねえんじゃぞ」
なるほど。そうだったのか。
失礼かもしれないが、ホームレスはゴミ箱を漁っているイメージしかなかった。
やはり、先入観で判断してはいかんな。
「……じゃあ、どうやって飯を調達するんだ?」
「そうさな~。朝行った炊き出しとか、自分で魚とったり野菜作ったりとか、後は買うくらいじゃ」
「買うって言ったって。金がねーじゃん。」
買う金があれば、そうするだろうよ。
「働くんじゃよ」
「働く!? ホームレスでもか?」
「働かざる者食うべからずとあるじゃろう。ホームレスだって人間じゃ。飯を食うためには働く。それはホームレスの世界でも一緒じゃよ」
「働くって、バイトか?」
「ああ、日雇いのな。だが、その仕事も毎日あるわけじゃない。賃金も少ないしな」
「……日雇いか。それって、未成年も雇ってくれるのか?」
「さあな。そうだ。今度一緒に行ってみるか?」
「いいのか!? 俺……なんかで」
「ええんじゃよ。お前さんは、ワシの命の恩人じゃからな」
俺は言葉に詰まる。
ハカセだって、俺の命の恩人だ。俺にもハカセにしてやれることはないんだろうか。
世話になりっぱなしで申し訳ない。ハカセがあの時、俺の自殺を止めてくれなかったら、今ここに俺はいなかった。
死ぬことよりも生きることの方がよっぽど難しい。
俺がここ三日で知ったことだ。
「なあ、ハカセ。……なんで俺なんかにそこまでしてくれんだ?」
少しの沈黙の後、ハカセが口を開く。
「……お前さんは、昔のワシにそっくりなんじゃよ。世界の冷たさに絶望し、自分の弱さに絶望し、ただただ後悔ばかりする。そんなお前さん見てたら、助けてやりたいと思ったんじゃよ」
ハカセの優しい目が細まる。
こんなに暖かい言葉をかけられたのは何年振りだろうか。
確かにハカセに会うまで俺は、自分の弱さや世界の自分へのあまりの冷たさに絶望して死を選んだ。
でも、ハカセに会って自分はまだこの世界で生きてていいんだって思えた。
俺だけが苦しいわけじゃないんだって知った。
「……ありがとう」
少し照れながら俺は言う。
この言葉しか絞り出すことができなかった。
少しずつでもいいから、何か返せていけたらっと思った。
* * *
その後も、いろんな話を聞かされた。
少年誌が高く売れること。正月には赤飯と雑煮がタダで食べられること。寝ているときのホームレス狩りに気を付けることなどなど。
楽しく話していたせいで、ママが呼びに来たことにも気づかなかった。
「ハウス出来たわよ」
ママがハカセのハウスのドアを開け言ってきた。
「もうできたのか?」
「ええ。もう完璧よ」
そう言うと投げキッス。俺はそれを軽くあしらう。大分、慣れてきた。
ハウスから出て、ママに着いて行くと、ママのハウスの隣に立派なダンボールハウスができていた。
「なあ、ママ。離せって言ったよな」
「そうだったかしら。良いじゃな~い。これで毎日、寝顔が見れるわね」
「やっ、あの、マジで勘弁してくれる? どこぞのホラー映画よりもホラーだから」
「もう、そんなつれない態度が、ス・テ・キ」
全身の鳥肌が立った。やっぱり、慣れない。
「はっ、はは」
乾いた笑い声しか出てこない。
俺は中を確かめるためにドアを開ける。
中は思っていたよりも広く、大人三人は入れると思う。
「ありがとう。ママ」
礼を言った。
「どういたしまして。ダンボールは二重にしてあるから、風は通らないと思うわ。後、アタシのハウスの方の壁に良い物があるわよ?見てみて」
少しいやな予感がしたが、言われた通り見てみた。
「なんじゃ、こりゃ!」
壁にはママがドアップでウインクしながら投げキッスをしているという強烈なコンボを持った写真が貼ってあった。
「これを見ながら毎日、おやすみしてね」
「何でこんなもんつけたんだ!」
俺は剥がそうとしたが剥がれない。
「無駄よ。ダンボールとダンボールの間に挟んだから」
ホントだ。悪趣味な。
「後ね、アタシ。ダンボールハウスの建造でお金取ってるんだけど。お金ある?」
「えっ、初耳ですけど。てか、金ないんですけど」
「じゃあ、体で払ってね♪」
かっ、体でだと!?
「あの~、体でって、マジですか?」
「マジよ。夜になったら、アタシのハウスに来なさい。良いわね? 来なかったら……うふふっ」
そう言って、ママは自分のハウスに戻っていった。
俺はハウスの中で立ち尽くす。
十七歳の秋。俺は自分の純情を対価に、家を手に入れました。
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