第四話 再会
「はあ~」
ため息しか出てこない。
どうしたものか。
俺は考えていた。俺には五千万の借金がある。
生きると決めたものの、この借金をどうにかしなければ結局はミイラエンド。
仕事探すか? ……無理だ。
致命的すぎるほどに俺はホームレスなのだ。そして、未成年。
アパートの中の物は全部、ヤクザが持って行ってしまった。俺に関するものも処分されたと思う。
あの組長なんだから、そこら辺に抜かりはないだろう。
ここまで言えば分かる通り、住所不定。住民票喪失。金もない。携帯すらない。雇ってくれる所なんてあるはずがない。
絶望的に頭を抱えながら、昼夜構わず人波が途絶えないこの町を歩く。
少し歩き疲れたので、バス乗り場のベンチで休むことにした。
バイトでもするか? ……ダメだ。
バイトなんかで五千万も三ヶ月で溜まるはずがない。
宝くじで一攫千金でも狙うか? ……一文無しだぞ?
ああ、もう! どうすりゃあいいんだ!
俺は頭を上下に振る。周りの視線に気づき正気に戻った。
都心の風は冷たい。泣きそうだ。
「おい! じいさん! どこ見て歩いてんだぁ。あーんっ!」
どこからか若者の怒声が聞こえてきた。
誰だ、昼間から大声出してる馬鹿は。
俺が力なくそちらの方を見ると、映画館の前で一人の老人が、三人の黒いバンダナを頭に巻いたチンピラに囲まれていた。
「こりゃあ。すまんかった。どうも最近目が悪くての~」
「おい、じいさん。アンタがぶつかったせいで俺のストロべりーアイスちゃんが服にピョン吉じゃねーか! どうしてくれんだ! あーんっ!」
「だから、すまんかったって言っておるじゃろ」
「すまんで済めばポリ公なんていらねーんだよ! 弁償しろや! 俺のストロベリーアイスちゃんを!」
いや、アイスかよ! 思わず心中でツッコんでしまった。
どうやら、じいさんがぶつかって服にアイスが付いてしまったようだ。
てか、ピョン吉って。初めて聞いたぞ、そんな業界用語。
「悪いが金は持ち合わせておらん。勘弁してくれ」
「知らねーよ! いいから払えや! 俺の伝説のアンパンチが唸るぞ!」
最近のチンピラの絡み方はアホ丸出しだな。
そんなことを思いつつ、その様を見ているとあることに気づく。
あれ? あのじいさんの着ている、所々破けてる白衣。見たことがあるような……。
……っ! 俺は身を乗り出す。
あのゴーグルにカエルのような顔。間違えない。俺を助けてくれたじいさんだ。
さっき別れたばかりなのにな。……しょがねぇ。助けるか。
俺は立ち上がるとじいさんの方へ速足で歩き出す。
「そんなこと言われてもの~。ホントに持ってないんじゃ~」
「あ~あ。もう分かった。この一発で許してやるよ。食らえ! 伝説のア~ンパ~ンチっ!」
俺は間一髪でチンピラAから放たれたパンチを受け止める。
「ご老体に手ぇ挙げるたぁ、どう言う了見だ? あの世であんあん言ってろ! この菓子パン野郎っ!」
俺の右ストレートがチンピラAの頬をえぐる。
きれいに弧を描き、吹っ飛んだ。やべっ。やり過ぎたな。
「やりやがったな、この野郎!」
チンピラBが持っていた金属バットで、俺に襲いかかってくる。
「うおっ!」
よけて空振ったバットがアスファルトを鈍く震わせるのが靴底越しでもはっきり伝わってきた。
シャレにならんぞ! それは!
俺はそのまま左で一発、チンピラBの頬を殴る。
「死にさらせ!」
チンピラCが続けて後ろから右の拳を飛ばしてくる。
無意識のうちに、チンピラBからむしり取っていたバットで軌道を外すと、そのまま顔面に振りぬこうとする。
その時だった。俺の手に暴走族を竹刀で殴った時の感触が蘇る。
ギリギリでバットを顔面の前で止め、左でチンピラCの頬を殴った。
「ふう~」
終わったか。
俺はンピラを一掃していた。
剣道やっていたからだろう。あんな素人の攻撃は止まっているように見えた。
「お前さん。さっきの……。なぜ助けた?」
「なぜって。困ったときはお互い様だろ? アンタが教えてくれた掟だ」
俺がそう言うとじいさんのカエルのような目が細まる。
すると、大勢の拍手が聞こえてくる。たくさんの野次馬が周りを取り囲んでいたのだ。
「やべっ! じいさん逃げるぞ! 警察が来るかもしれねぇ!」
じいさんのシワシワの手を掴むと、その場から逃げだした。
* * *
「ハァ、ハァ。ここまでくりゃあ、大丈夫だろ」
じいさんの手を引いて繁華街の路地裏に入る。
「ハァ、ハァ。ヒ~。年寄りをあんま走らせないでくれ」
「すまねぇ」
じいさんはまだ息を荒げている。
咄嗟に逃げてきたけど、大丈夫だろうか。写真なんて撮られてなければいいのだが。
「でも、お前さんのおかげで助かったよ」
「な~に。気にすんな。じいさんには借りがあったからな」
「それにしてもお前さん。喧嘩強いな~」
じいさんが息を整え言ってくる。
「まあな。昔、剣道やってたんだよ」
「なるほど。強いわけじゃ」
「ていうか、あいつ等なんだったんだ? 三人とも黒いバンダナ付けてたけど」
「ああ、あのチンピラどもか。アレは最近できたカラーギャングだ」
「カラーギャング?」
「ああ。それぞれのチームカラーを身に着けた、チンピラの集団じゃよ」
……物騒になったものだ。
今までそんな奴らがいることなんて知らなかった。
少しの間を空け、じいさんが口を開く。
「お前さん、名前は何て言うんだい」
「大神 大神だ」
「デウスか。なんか神様みたいな名前じゃな」
「ほっとけ」
苦笑いして目を背ける。
初対面の奴には、大抵そんな反応を取られる。
まあ、すごい名前だからな。
「お前さん、なんでホームレスやってるんじゃ? 学生じゃろ。家出か?」
「いいや。正真正銘のホームレスだよ」
俺は、じいさんに全てを話すことにした。
なぜかは分からない。
何か運命的なものを感じたのかもしれない。
「……三ヶ月で五千万の借金を返すね~。……無理じゃろ」
「ですよね~」
分かってはいたさ。じいさんに言ってもどうにもならないってことは。でも、無理ってハッキリ言わないでくれる? 泣きたくなるから。
俺は、肩を落とす。
「まあまあ、そう気をを落とすな。人生、何が起こるか分からんじゃろ。……それよりもデウス。お前さん住む場所はあるのかい?」
力なく首を横に振る。
何度も言うが、あのハゲにより俺の帰るべき家は失われた。
正真正銘のホームレス。
「そうかそうか。なら、ワシに付いてきな。住める場所を紹介してやるから」
じいさんがやたらと嬉しそうに言う。
なぜ嬉しそうなのかは知らんが、住める場所を紹介してくれるのは有難い。
「マジで? 住める場所あんの? ……俺、金ないぜ?」
「大丈夫じゃ。タダじゃから」
「よっしゃー!」
とりあえず、寝る場所には困らなさそうだ。
「行くぞい」
じいさんがそう言うと俺たちは路地裏から出て繁華街を歩き出す。
* * *
歩き続けて30分。繁華街から離れ、川沿いを歩き、行き着いたのは一つの公園だった。
一体どこに住めそうな物件があるんだ?
「ここがお前さんの新しい住処じゃ」
そう言うと公園の中に入っていく。
公園の前には『阿比留公園』と書かれていた。
「なあ、ここって公園だよな」
「そうじゃよ」
「どこに住むの?」
「まあ、付いてくれば分かる」
そう言いながら歩き続ける。
公園の敷地は、あまり広くない。普通の公園となんら変わり映えしない。強いて言うならば、公園の真ん中にデカいアヒル型の遊具があるくらいか。
……ん? あれは何だ?
目の前に見えてきたのは、ダンボール(?)でできた、高さ2メートルはあるデカい家(?)だった。
木と木の間に挟まるようにしてある。
「じいさん。あのダンボールの塊、何だ?」
「あれは、ダンボールハウスじゃ。ワシたちみたいな家のない奴らが雨風を凌ぐ臨時の家じゃよ」
すごいな。ダンボールでこんなの作れるのか。あたりを見渡すと、もう一つある。
滑り台の隣に一つ。多分、じいさんのだろう。
「着いたぞい」
じいさんの声に気付くと俺はさっきのデカいダンボールの前にいた。
ダンボールの上にはブルーシートが被せてあり、木から伸びるロープがハウスを支えている。
「ママ~、ちょっといいかい?」
そう言うとダンボールハウスのドアを叩く。
「は~い」
中から太く低い声が聞こえてくる。
やがて姿を現した人物に俺は目を丸くする。
頭に毛はなく、体は筋骨隆々で長身の男。なぜかネコの絵の付いたエプロンをしている。そして、なぜ……口紅をしている?
「あら、ハカセじゃな~い。今帰ったの?」
「ああ。ママ。コイツにハウスを作ってやってくれんか?」
「コイツって? ……っ!」
ママと呼ばれる人物は俺を見るなり、勢いよくハウスから出ると力強く俺の手を握った。痛いっ。
「あらまっ! 何このイケメン! 食べていいの!?」
背筋が凍る。なるほど。口紅をしている理由は、おネエさんだからなのか。
いや、そんな冷静に分析している場合じゃない。貞操の危機である。
俺は、じいさんにヘルプのサインを目で送る。
「食べちゃダメじゃ。ワシの命の恩人じゃからな」
「命の恩人?」
じいさんは、俺がチンピラから助けてくれたことを伝えた。
「そうなの。ありがとね。アタシのファミリーを助けてくれて」
「い、いえ。俺もじいさんに助けられましたから」
「まあ! なんていい子なの。ねえ、食べていい?」
「ダメですよ! ていうか、あなた誰なんだよ!?」
溜まらず俺は、握られた手を振りほどいて吐き捨てる。
いつまで握ってんだ。
「アタシ? アタシはママよ」
「ママ?」
「そう。あなた確かホームレス初心者だったわね。ホームレスはね、みんなツラい人生から逃げて新しい人生をやり直すために自分の本名を捨てるのよ。だから、アタシはママと言うニックネームで暮らしてるわ」
ツラい人生から逃げて……か。
ホームレスにも、失う前の人生がある。
一体、どんなものを背負ってこの人たちは生きているのだろうか。
一体、どんな思いで、名前を捨てたのだろうか。
「ちなみに、じいさんは何て言うニックネームなんだ?」
「ワシか? ワシは、Mr.ハカセじゃ」
「Mr. 必要か?」
「それはこの名前を付けたママに言ってくれよ」
「いいじゃな~い。カッコいいんだから」
そう言ってなぜか俺にウインクしてくる。変な汗が止まらない。
「それで、坊やは名前付けて欲しい?」
名前。それは、親がくれた大事なもの。
俺に残された唯一の証。
「俺は……いいや。このデウスって名前は、今となっては母親が俺にくれた、唯一の形見だから」
そう。もういない俺の母さんがくれた、たった一つの形見なのだ。
「……そうなの。あっ! そういえば、ハウスを作ってくれっていうお願いだったかしら?」
ママが仕切りなおす。
ていうか、この人のペースに乗せられっぱなしだな。
「そうじゃそうじゃ。頼まれてくれるか?」
「いいわよ。任せときなさい」
そう言ってまた俺にウインク。
一々、ウインクをしないと返事ができないのかアンタは。
「こんな手の込んだハウスが作れるのか?」
「当たり前よ。なんたってアタシは元大工なんだから」
「え? えええええええええええっ!? 大工だったのか!?」
だから、マッチョなのか。
いやまあ、大工とマッチョは関係ないか。
「なんで、大工やめちゃったんですか?」
「……デウス。これだけは言っておくけど。ホームレスには、二つの種類がいるわ。職はあるけど家がない奴と家もなけりゃ職もない奴。みんなそれぞれ苦しい思いをしてホームレスになったのよ。……これだけ言えば分かるでしょう?」
「……すまねえ」
そうか。ホームレスに過去を聞くのは禁忌なのだ。
俺にも掘り返して欲しくない過去があるように、彼らにもそれがある。
「まあ、いつか話せる日が来るといいわね。それよりもハウスだけど。どこかでダンボール拾ってきてくれる? 材料がないと作れないわ。ついでに、ブルーシートも拾ってこないと雨のときが大変よ」
「ブルーシートなんてどこで拾うんですか?」
「う~ん。普通は買うんだけどね。あっ! そういえば」
ママが思いついたように言う。
「来る途中に河川敷があったでしょう? そこに2人くらいホームレスでアタシのファミリーがいるから、余ったブルーシート分けてもらえるかも」
「ウミサルとサヤエンドウか。ワシも着いて行こう。初対面じゃからいろいろと心配じゃろうからな」
ハカセがついて来てくれることになった。
「ウミサルにサヤエンドウか。このニックネームもママが付けたのか?」
「そうよん。アタシのファミリーだからね」
ファミリーか。ホームレスにもファミリーができるのか。
俺は、ハカセと公園を後にして、河川敷へ向かって歩き出す。
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