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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第一章 CHANGE OF HERO ~冬に咲く、ひまわり~
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第三話 掟(ルール)

 

 蜂谷組の事務所を後にした俺は路頭に迷っていた。

 アパートには、もう帰れない。

 さっきアパートに帰ったら、家のものが全部なくなっていた。おおよそ、あのヤクザどもが売り払っただろう。

 三ヶ月の余命をもらったはいいが、借金とか以前に三ヶ月俺は生きてられるのか? 素朴な疑問が俺を苦しめる。

 あのまま、ミイラになっても良かったかもしれない。いや、マイナスなことを考えるな。まずは、安心して暮らせる場所を探さねば。


 だが、安心して暮らせる場所は案外早く見つかった。

 ご存じだろうか。この世界にはネットカフェ、略してネカフェという若者の聖地があるということを。

 ここでは、安値で泊まることができ、ゲームや漫画があり、おまけにドリンクバーやらシャワーやらと いったライフラインが全部揃っているのである。

 俺は早速、中へ入った。カウンターで受け付けをし、シングル個室席へ入る。

 椅子に座ると強烈な睡魔が俺を襲い、二分もしないうちに寝てしまった。


 ……目を覚ました。パソコンをつけ、時間を確認した。ただいまの時刻、二十時。

 意識がはっきりしてくると腹が減っていることに気づく。

 ドリンクバーへ行き、ジュースで腹を含ませながら、ネットゲームを開始する。

 ああ、なんて若者にやさしい施設なんだ。好きな時にジュースを飲んで、好きな時にマンガやゲームを楽しめて、好きな時に寝る。素晴らしい! 難民になってしまう気持ちが分かってしまう。

 椅子の寝心地が悪いが贅沢は言ってられない。

 そうして俺は、このオアシスで暮らすことにした。


 しかし、現実と言うのはひどく残酷だ。金の切れ目が縁の切れ目と言うがそれは本当のようだ。

 ただいまの残金……十二円。

 このオアシスで一週間過ごしたが、やはり何かを得るためにはそれなりの対価を支払わなければならないわけで、追い出された。

 空腹をなんとかジュースと菓子で紛らわしていたが、そう何度もごまかせるわけがなく腹の虫が号泣している。

 ネカフェを出て歩き始める。高層ビルどもが俺を見下すように立ち並ぶ。

 しばらく、歩くと俺はふと立ち止まった。

 ……早い。周りの世界があまりにも早く感じる。まるで、自分だけが取り残されたみたいだ。

 そして、気づいてしまった。


 俺、ホームレスなんだ。


 帰る家もなく、家族もいない。

 その時始めて知った。

 ホームレスには生きる目的も強制もないことを。

 普通の人たちは、個人の目的や外部からの強制によりその日その日を生きているが、ホームレスにはそれがない。驚くほどにない。無理をしてまで生きる必要がないのだ。

 俺は圧倒されてしまった。周囲の人々が発する生命力に。

 なんとか、正気を取り戻し再び歩き始める。

 周囲の人の俺を見る目が不審げだ。制服を着ているせいだろう。

 ネットで少し調べたのだが、路上生活をするうえで必須なのは傘とダンボールなのだそうだ。

 早速、折れた傘とダンボールを発見したので拾っておいた。そのまま、ふらふらと歩き続ける。


 途中でオッサンが話しかけてきたが無視して歩き続けた。

 何時間くらい歩いているだろうか。周りの視線も気にしなくなってきた。

 金のない俺にはそこらへんにあるビルやコンビニは大きい岩と変わらない。邪魔だ。

 気が付くと、もう日が落ちかけていた。

 腹減った。

 俺は食料を確保するためにゴミ箱を漁るが案外何も出てこない。

 結構な時間探したが結局何も見つからなかったため、仕方なく公園の水で腹を満たす。

 そのまま、ベンチにダンボールを敷くと吸い込まれるように倒れた。

 ……眠れない。十月と言えど夜は寒い。何より腹が減った。

 今、世界では三秒に一人が飢餓により死んでいるのだそうだ。

 俺がこのまま死ねば俺もその『三秒に一人』に入ってしまうのだろうか。死んだら、やっぱり何にもないのだろうか。宗教や仏教に属しているわけでもないのだから当然だろう。

 空腹でそんなことばかり考えてしまう。

 ……なんか。生きてる意味が分からなくなってきた。元々分からないのだけど。こんなに苦しい思いをしてまで生きる意味があるのか?

 もう、疲れた。……死のう。

 俺はベンチから起き上がると気怠い足を持ち上げて歩き始めた。


     * * *


 俺は今、橋の上に立っている。

 もう、夜が明けようとしていた。波紋が幻想的に夜明けの光を映し出す。

 こんな景色を見ることができたんだ。思い残すことはない。

 橋の手すりに乗り出す。

 ごめん。母さん。約束守れなくて。今、行くよ。

 体が傾く。……その時だった。


「お前さん、死ぬのかい?」


 やけにしおれた声が俺を引き戻す。

 振り返るとそこに立っていたのは小柄なじいさんだった。

 白髪にゴーグル、所々破けた白衣を着ていて、顔はカエルに似ている。


「お前さん、若いのに死んじまうのかい?」


 じいさんが聞いてくる。

 俺は手すりからじいさんを見下ろす。


「ああ。なんていうか……生きてる意味が分からなくてな」


 親もいない。金もない。家もない。

 そんな俺が生きていても仕方がない。


「なんじゃ、そんな下らん理由で命捨てるんかい」

「なっ!下らないって……」


 俺は思わず少し大きい声を出してしまった。


「だってそうじゃろ? 人間生きてりゃあ、意味の分からないことなんていくつも見つけるもんじゃ。それを見つけるたんびにお前さんは絶望して死ぬのかい? そんなことする奴ぁ、馬鹿じゃ。大馬鹿じゃ。必死で生きてる奴らを意味なんて曖昧なもんで馬鹿にするな。むしろ、生きる意味を見つけるために生きろ。生きることに生かされろ」


 その言葉を聞いて、俺の脳は衝撃を受ける。


 『生きることに生かされろ』


 ホームレスになってから生きる意味ばかりを考えていた。生きる意味を見つけるために生きる。そんなこと、考えもしなかった。

 手すりから滑り落ち、地に突っ伏していると腹の虫が滝のごとく唸る。

「へへっ。お前さんの本能はまだ生きることを忘れておらんようじゃな。付いてきな。暖かい飯食わせてやる。お前さんが死のうと生きようとどうでもええが、満腹になってから考えてもええんじゃないかい」

 そう言うと、じいさんはゴーグルをして歩き出す。

 俺も遅れないように付いて行く。


     * * *


 しばらく歩くと中央公園が見えてきた。なんだかたくさんの人たちが列を作って並んでいる。

 何の行列だ?


「これは?」


 俺が尋ねるとじいさんは振り返る。


「炊き出しじゃよ」

「炊き出し?」

「そうじゃ。ボランティア組織や宗教団体が食事をタダで提供してくれるんじゃよ」


 そんなものがあったのか。タダでって、どんだけ優しいんだよ。

 俺たちも急いで列に並ぶ。

 何人くらいいるのだろうか。この人たち全員がホームレスなのか? 案外、世間は狭いんだな。

 ようやく、俺の番が来た。

 いい匂いだ。湯気の出ている豚汁に、おにぎりが二つ。

 じいさんの隣に座った。……いただきます。

 豚汁を一口飲んだ。もう一口。

 ……暖かい。


「どうじゃ。うまいか?」

「……うまい。とてつもなくうまい」

「そうじゃろ。……おいおい、お前さん。泣きながら、食う奴があるか」


 じいさんが呆れるようにして笑う。

 涙が止まらねぇ。俺の住んでる世界がこんなに暖かい場所だなんて知らなかった。

 米がこんなにおいしいなんて知らなかった。

 俺は泣きながら、久しぶりの暖かい食事をむさぼった。


「ありがとう。じいさん。アンタのおかげで助かったよ。命の恩人だ」

 

俺は、ゴミを片付けるとじいさんに頭を下げる。


「な~に。気にするな。困ったときはお互い様。これも一つのワシたちのルールじゃよ」

 

そう言ってじいさんは笑った。


「……なあ、じいさん。俺、もう少し生きてみようと思う。この世界には俺の知らないことがまだまだたくさんある。それを知っちまったら、なんか死ぬのがもったいなくなっちまった。それに、飯をタダで食べさせてもらってたら生きてていいんだって思えるようになった。ホントにありがとう」


「へへっ。そうかい。これでお前さんも立派なホームレスじゃ。生きろよ」


 そう言ってじいさんは歩き出す。

 背中が遠くなっていき、そして人ごみの中に消えた。

 ……さて、俺も行くか。

 立ち上がり歩き始める。

 

 でも、この時の俺は知らなかった。

 あのじいさんとは切っても切り離せない縁が、すでにつながっていたということを。

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