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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第二章 Family memories ~紅と白の咆哮~
28/43

第六話 キャッチはセンス次第

 時刻は開店三十分前。

 リバーシから出た俺たち五人は早速キャッチを開始するために、街を徘徊する。

 ネオンに彩られた街には、仕事帰りのOLやキャバ嬢、遊び帰りの若い女の集団がチラホラといる。

 あまり普段意識してみることはなかったけど、女の人って結構いるんだな。

 いやまあ、女の人がいるのは当たり前なんだけど、改めて意識してみてみると女の人の割合が多い気がする。

 しかも、俺たち五人の集団に視線が集まっているのを感じる。


『ねえ、あそこの人たちのレベル結構高くない?』

『あっ、あの銀髪の人結構タイプかも』

『やばいっ、今あの白スーツの人と目が会っちゃった。超かっこいいんですけど~』


 そんな声が耳に入ってくる。

 イーグルさんにキリヤ、翼さんや光さん。

 客観的に見ても、この集団のレベルはかなり高い。

 こんな集団に俺がいて良いのだろうかとふと疑問に思う。


『あの赤いスーツの子も、顔赤くして俯いてて可愛いよね~』


 うっわっ、恥ずかしっ。

 俺、顔赤くなってるのかよ。なに視線だけで赤くなってんの俺。


「デウス、可愛いだって」

「う、うるさいです。イーグルさんっ」

「おっ、君また顔が赤くなったぞ?」

「デウスっち。かんわうぃ~」

「翼さん光さんまで、からかわないでくださいっ」

「いや、キリヤの初心者時代を思い出してしまってな」


 翼さんがそう言ったので俺もキリヤの方を見る。


「つ、翼さんっ、そんなこと掘り返さなくていいんすよっ。ほ、ほら、早くキャッチしないとっ」


 そう言ってキリヤは顔を赤くする。

 話を逸らしたということは、キリヤにもそういう時代があったということか。

 ていうか、キリヤって何歳だろう。


「そうだな。なら、キリヤお前がどれほど成長したのか、デウスに手本を見せるついでに僕たちにも見せてくれ」


 キリヤは俺の顔を見ると笑い、親指を突き出してこう言う。


「任せてくださいっす。見てろよデウス。オレがキャッチとは何たるかを教えてやるからなっ!」


 キリヤは離れて行ってしまった。

 あんなに張り切って大丈夫だろうか。

 俺たちはキリヤから少し離れた位置で見守る。

 キリヤは少しあたりを見渡すと俺たちに「行って来る」のサインを指で送る。

 早いな。もう、キャッチする女の人を見つけたのか。

 そこら辺はさすがプロと言うべきだろう。

 キリヤはポケットに手を突っ込んで歩き出し、前から歩いてくる女性に近づいていく。

 清楚でおとなしそうな女性だ。

 そして、すれ違う前に女性の前に何やらふわりとした布きれを落とした。

 ハンカチ?

 なぜ、ハンカチなんてものを落とす必要があるのだろうか。

 女性は立ち止まりそのハンカチを拾い上げ、キリヤに声をかける。


「あの、コレ落としましたよ?」


 そう言われたキリヤは立ち止まり、振り向く。


「ん? あっ、ありがとよ」


 キリヤはハンカチを受け取ると、そのまま女性の目を見つめた。


「……お姉さん、今時間空いてるよね?」

「え? う、うん、まあ空いてるけど……」

「じゃあ、少し俺の暇つぶしに付き合ってくんない? 仕事までここら辺で暇つぶす予定なんだ。あ、ごめん。なんか失礼な言い方になっちまったけど、もちろんお姉さんが素敵な女性だから話したいと思ったんだぜ」


 その言葉を聞いた女性は少し頬を赤く染めて、頷く。

 なるほど。最初は暇つぶしの相手として落とし、その後で素敵な女性だと持ち上げたのか。

 なんか興味深い。

 その後、キリヤは他愛もない話をしていくことで少しずつ場を盛り上げ、距離を縮めていく。

 すると、ちょっといい感じに場が盛り上がったところでキリヤは会話をストップした。


「あっ、ごめん。もうこんな時間だ。俺仕事に行かないと」


 キリヤが言うと、女性は何やら複雑な表情を浮かべた。

 その表情を見逃さなかったの、キリヤは空かさず口を開く。


「お姉さんとはまだ話していたかったぜ。……そうだ。ねえ、お姉さん。そこにオレが働いているクラブがあるんだけど。一緒に飲みながら話さない?」


 女性は少し戸惑った表情になりながら、考え込んだ。

 そこでキリヤは一気にたたみこむ。


「あっ、ごめん。お姉さんにも都合があるよな。こんなオレと飲んでも楽しくないしな。お姉さんみたいな素敵な女性にはもう二度と会えない気がしたんだ。こんなに自然と楽しく話せたのはお姉さんが初めてだったから……つい」


 そう言ってキリヤは照れ笑いをする。

 その瞬間、彼女の心が銃で撃ち抜かれる音が聞こえた気がした。

 女性は頷き、キリヤは喜び、女性の手を引いて店の方へ歩いて行く。

 キリヤは女性に気付かれないように俺に向かってか知らないが、「健闘を祈る」的な意味で親指を突き出して歩いて行ってしまった。

 なんか目の前ですごいものを見た気がする。

 なんだろう。

 ぞくぞくするというか、こう恋愛もののドラマを見た後みたいな少しこそばゆい気持ち。


「いや~、キリヤっちセイチョーしてたっすね」

「ああ、アイツもやるようになったな」

「うん、俺も久しぶりにキリヤのキャッチするところ見たけど、驚いちゃったよ」


 三人は口々に感想を述べる。

 そんなにキリヤのキャッチって酷かったのだろうか。


「アイツ、最初は女に話しかけるだけでも顔を真っ赤にしてたんだ」

「え、ホントですか? 今すごくスムーズに話してたじゃないですか」

「ああ。まさか、あそこまでテクニックを磨いていたなんてな」

「テクニックって、一旦女の人を落としてその後に持ち上げたところですか」

「ああ。……って、君。それに気づいていたのか?」

「ええ、まあ」


 三人は顔を見合わせて俺に向き直る。


「デウスっち、スゲーな。そんなことに気付くなんて。俺っちなんてこの仕事始めてから教えてもらったんだぜ?」

「うん。俺の目に狂いはなかったね。やっぱりデウスには才能があるよ」

「才能って何のですか?」

「ふっ、それに気づかない天然っぷりも面白い。そうだ、君。他に気付いたことはあるか?」


 んー、ほかに気付いたことか。

 俺は今キリヤがやっていたキャッチを思い出す。

 キリヤの行動で気になったところがあるとしたら、一つだけある。


「もしかしたらですけど、最初にハンカチを落としたじゃないですか。アレって、話を聞いてくれる女性を探してたんじゃないんですか? 本当に忙しい女性ならハンカチを拾う時間なんてないだろうし、目の前にハンカチが落ちたことにも気づかない。だとしたら、あの場面でハンカチを拾うことができた女性は時間的にも余裕があるということ……だと思うんですけど」


 俺がそう言うとまたしても、三人は顔を見合わせた。

 やっぱり、間違っていたのだろうか。


「君は、ホントにクレイジーな子だな。大抵の人間ならハンカチを落としたのはきっかけを作るとかそういう類のことを言うのだが、そこまで悟れるなんて大した奴だ」 

「マジパネエ。オレっちなんてすぐ追い抜かれそうで怖いぜ」


「デウスが言っていたことはほぼ正解だよ。後、あのハンカチを落とした行動には、女の子の警戒心を和らげるっていう効果もあるんだ。まあ、どっちにしろ、きっかけ作りだよ。ハンカチを落とすことで自然に会話に持ち込めるでしょう? 派手に転ぶのも有効だね。それともう一つ、さっきのキリヤのキャッチの中にテクニックがあったんだけど、気付いた?」


「もう一つ?」

「うん。場が盛り上がったところで会話を切ったところあったでしょう?」


 そういえば、そこも少し気になっていた。

 なぜ、あの盛り上がった場面で会話を切ったのか。


「あそこで会話を切ることで、彼女に物足りない感覚を与えるんだ。そこでもっと話せる場所として『リバーシ』を勧める。すると彼女はクラブと聞き、不信感を覚えた。そこで無理に詰め寄らず、控えめにもっと話したいことをアピールし、最後に彼女が特別な存在であることを伝えた。さっきまでぐいぐいテンポよく話していたのに、最後の最後に控えたことに彼女はキュンとしたんだ。つまり、ギャップ萌えだね。そして、あの場面でキリヤは彼女より上の立場になったんだよ」


「上の立場……ですか?」


「そう、男尊女卑の考え方が大事なんだよ。女の子には第一印象と第二印象があって、第二印象が付く前に自分が上に立たなければならない。時間でいうと十秒ぐらい。モテない奴は最初の十秒喋ってないか、もう下に格付けされてる。そして、大事なのは第一印象はいくらでも変えれるということ」


「第一印象って、見た目のことですよね? じゃあ、第二印象って何ですか?」

「第二印象は、表情、言葉の返し、話し方、声のトーン、SかMかかな」


 つまり、尻に敷かれるか敷くかが第二印象で決まるということか。

 すごいなホストってこんなこと考えながら仕事してるのか。

 ホストって案外すごい仕事なのかもしれない。

 でも、こんなこと考えながら仕事してたら、純愛なんてできないんだろうな。

 まあ、勉強にはなるけど。

 って、何の勉強だろ。

 こんなこと勉強したら、イーグルさんみたいな危ない人になりそうで怖い。

 ていうか、こんなこと俺もしなきゃいけないのだろうか。

 絶対できないよ。

 なんか、一気にブルーな気持ちになってきた。


「次は僕たちだな」

「そっすね。それじゃあ、イッチョー行ってくっか」


 翼さんと光さんは体をほぐしながらあたりを見回し始めた。


「二人で行くんですか?」

「ああ。僕たちは二人で行くことにしてるんだ」

「俺っちたちのことは、『ミカエル』って呼んでもいいぜ」

「馬鹿っ、なんだそれ恥ずかしいだろ」

「何でっすか? 翼と光なんすから天使でしょう? なあ、デウスっち」

「そうですね。カッコいいですよ。『ミカエル』」

「だろー? って、待ってくださいっす、翼さんっ」


 翼さんはそんなに恥ずかしかったのか、早歩きで遠ざかり、その後を光さんが追っていく。

 俺とイーグルさんも少し距離を保ちながら追う。

 すると、二人は立ち止まり何かをコソコソと話し始め、光さんが俺たちに向かって両腕で大きな丸を描く。

 多分、ターゲットを見つけたという意味だろう。

 キリヤもそうだったが、一々、知らせなくていいと思うけど。

 『ミカエル』の二人は、後ろから二人組の女性に近づく。

 髪を盛ったギャル風の二人組。

 早速、光さんが最初にアタックを開始する。

 彼女たちの視界ににピョンと飛んで現れたのだ。

「おおっ、ビンゴっ! やっぱり、可愛いベイビーちゃんだったぜ。ねえねえ、ベイビーちゃんたち今暇? 良かったら、そこのクラブで俺っちと一緒に飲まない?」


『ええ~、どうしよ~。今日は違うところで飲む予定だったんだけど~』


 光さんの積極的なアタックだが、まだ押しが足りないように思える。

 すると、そこに翼さんが乱入する。


「おい、光。彼女たちが困ってるじゃないか。すみません。コイツ、せっかちな奴で。そうだ、お詫びもかねてそこのクラブで飲みませんか? お詫びなのでサービスしときますよ?」


 翼さんは爽やかクールスマイルでそう言った。

 彼女たちも『サービスしてくれるなら~』とまんざらでもなさそうだ。


「いいじゃん。一杯だけでいいからさ。損はさせないぜ?」

『一杯だけなら……ねえ?』

『そうね。行こっか』

「えっ? マジ? サンキュー、こんな可愛いベイビーちゃんたちと過ごせるなんてラッキーだぜ」


 彼女たちの返事を聞いて光さんがそう言いながら、翼さんと目を合わせたのが一瞬見えた。

 翼さんもその視線に応えるかのように頷く。

 なんだろ、アイコンタクト?

 そう思っていると翼さんが片方の女性の手を持つ。


「恋はスパイシー&シュガー」


 それを聞いた光さんがもう片方の女性の手を持つ。


「俺っちたちと甘くて辛い」


『一夜限りの恋をしましょう』


 二人の声が重なり、その怪しく切ない透き通った言葉たちが耳元に自然と入ってくる。

 その瞬間、彼女たちの頬が赤く染まるのと同時に、心が打ち抜かれる音が二発聞こえた気がする。

 ミカエルの二人は、二人の女性をクラブの方へエスコートして行ってしまった。

 普段はふざけてるのに、仕事はきちんとこなせるんだな。

 って、うわ、俺の顔なんか熱くなってる。

 多分、あの臭いセリフを聞いたからかもしれない。

 あんな臭いセリフよく言えるな。


「ははっ、あの二人まだあんな臭いセリフ言ってたんだね」


 俺の横でイーグルさんがくすくす笑う。


「良くあんな臭いセリフ受け入れられますね」

「まあ、それが夜の魔法ってヤツだよね」


 夜の魔法か。確かに夜というのは人の心を浮つかせる怪しい魅力があるからな。

 でも、大体分かったな。コンビで行くということがどういうことなのか。

 片方に無理やりきっかけを作り出させ、もう片方がそれに偶然遭遇したかのように現れ、正統な理由を付ける。

 漫才をする感覚と同じなのだろう。要は、ボケとツッコミだ。

 強烈なボケに冷静なツッコミで鎮静化させる。

 それから、『サービス』という言葉と『一杯だけ』という甘い誘惑。

 うーん、奥深い。

 いや、深く考えすぎるとまた空回りするからやめておこう。


「最後は俺たちだね」

「俺たちということは、俺たちもコンビで行くんですか? まあ、その方が助かりますけど」

「でしょ? 俺たちも何かコンビ名決めないと」


 なんでだ?

 コンビ名は決めないといけないルールでもあるのだろうか。


「紅い狼と白い愛のイリュージョニストだから……桃色? 狼とわしだから、その二つの動物に共通するのは……爪? ということは、合わせて『桃色クロー』。略して桃クロだねっ」

「いや、略しちゃダメでしょう。居ますよ、それ」

「これは実在の人物及び団体とは一切関係ありませんって言っておけばいいよ」

「良くないですよ。どこの適当な作者ですか」

「そんなことより早くキャッチしないと」


 コンビ名の話を振ったのはアンタじゃなかったか?

 俺はそう思いながらも、女の人を探すためにあたりを見渡す。

 なんか急に緊張してきたな。

 女の人とどう接すればよいのだろうか。

 ふと、ポケットの中に何かだあるのに気付く。

 そういえば、店長からこういう時のために良心的なものを貰ってきているのだった。

 キャッチのマニュアル。『女の子のハートを掴む、三つの法則』と書かれた薄い小さな冊子。

 ネーミングは怪しいがこの際、放っておく。

 一ページ目を開く。


『法則その壱 良いキャッチは良い服装から』


 ページ一杯一杯にそう書かれていた。

 なんだこれ。服装に気を付けろということか。

 店のガラスで服装を確認する。

 赤スーツにメガネに髪型。スーツが少し大きめなことを除けば、問題ない。

 ていうか、この『法則その壱』ってどこかの会社のマニュアルに載ってそうだな。

 次のページを開く。


『法則その弐 コダマでしょうか? いいえ、誰でも』


 やっぱりな~。この『法則その壱』ってどこかで聞いたことがあると思ったんだよな~。

 誰でも『あれ、これどこかで聞いたことあるな』って思うだな~。良かったコダマじゃなくて~。

 ……って、なんでやねんっ。

 思わずノリツッコミしてしまったが、なんでここで『法則その壱』への対処をしているの?

 女の子のハートを掴む方法を教えろよっ。

 イライラしながら次のページを開く。


『法則その参 まあ、あとはセンスで乗り切れっ!』


 全部ブン投げたあああああああああああっ!

 全部ブン投げちゃったよ! センスに任せちゃったよ!

 おい、結局てめえで何とかしろってことかよ!

 しかも、『まあ』ってどんだけ投げやりなんだよ!

 ……ふう。落ち着け俺。

 もしかしたら次のページにちゃんと書いてあるかもしれない。

 ミジンコ並みの期待を胸に俺は次のページを開けた。

 ―――が、やはりミジンコはミジンコだった。

 その後、五ページくらい『メモ欄』が続いていたのだ。

 最後のページに『水(商売)を治める者は、くにを治める』と店長直筆で書いてあるのを確認して、ゴミ箱にインした。

 うまいことを言ったとでも思っているのだろうか。

 店長のサインをしてあったことから、悪意しか感じられない。

 誰ださっきまで良心的だとか思ってた奴。

 後頭部にシャイニングウィザードをかましてやる。

 ……結局何も分からなかった。どうしよう。


「おーい、デウス。見つけたよ女の子」

「随分とタイミングが良いですね」

「え? 何が?」

「いえ、何でもないです」

「そう? でも、さすがに、小さい子はいなかったよ。塾帰りとか狙ってみようかな」

「やめろ性犯罪者。それで、どこにいるんですか? 見つけた女の人」

「そこだよそこ」


 イーグルさんが指さす方を見る。

 あれ、どこだろう。人が多くて分からないや。

 一歩前に出ようとした瞬間、何かにつまずき俺の視界は地面をとらえていた。


「―――え?」


 俺は額から地面に転んだ。しかも、結構派手に。

 また、額かよっ。本日二度目だよ、ちくしょうっ。

 俺は額を押さえ悶絶する。

 一体何が起こったんだ。つまずいた?

 でも、俺の足元につまずくそんなものは無かったはず。


『あらあら~』

『派手に転んじゃったわね』

『大丈夫?』


 そんな女性の声が聞こえた。

 声からして少し年配の女性だと分かる。

 目を開けると、やはり年配の女性だった。三人組だ。

 しかも、その年配の女性は主婦がそこら辺のコンビニやスーパーに行くような服装をしている。

 でも、この人たち妙に高そうなアクセサリーをチラつかせている。


「おい、デウス大丈夫?」


 そのスイートボイスで現実に引き戻される。


「イーグル……さん?」


 イーグルさんは俺にウインクをする。

 なんだ? もしかして、この年配の女性たちがイーグルさんの言っていた女の子?

 いや、女性には間違いがないのだが。


「すみません。コイツおっちょこちょいで、何にもないのところで転んじゃうんだよね。大丈夫?」

「あ、はい」


 イーグルさんに手を引かれ起き上がる。

 そして、俺の耳元で「ごめんね」とイーグルさんが囁く。

 その謝罪で気付く。

 そういうことか、この人きっかけ作りのために俺の脚を引っ掛けやがったな。


『あら、大丈夫?』

「あ、はい。大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「本当だよ、デウス。こんなに素敵なお姉さん方に心配してもらえるなんて、この憎らしい奴」

『あらあら、素敵なお姉さんだなんて』

『口がお上手ね、もう』


 年配の女性たちは妙にうれしそうだ。


『あなた方も素敵な殿方ですわね』


「ありがとう。そんなこと言われたの初めてだよ。でも、お姉さん方の瞳に映る俺に比べたら、俺の瞳に映るお姉さん方の方がもっと素敵ですよ? 良かったら、そこのクラブで一緒に素敵なお姉さん方にふさわしい、刺激的で光り輝く夜を過ごしませんか?」


 イーグルさんのスイートボイスと爽やかスマイルが怪しい言葉たちと共に、女性たちを襲う。

 女性たちの心がマシンガンで撃ち抜かれる音が聞こえた気がした。


「いいよね、デウス?」


 イーグルさんは俺にウインクでアイコンタクト、

 多分、俺も何か気の利いた人ことを言わなければいけないのだろう。

 んー、なんて言えばいいんだろ。

 イーグルさんは光り輝く夜とかなんとか言っていたな。それならに少し便乗しよう。


「俺も大歓迎ですよ。夜空に光り輝く星を掴むことはできないけど、きっと今日は星たちも悔しがってますよ。光り輝くお姉さんたちを掴めないってね」


 うわっ、恥ずかしっ。

 なんか臭すぎたかな。多分、引かれただろうな。

 そう思っていると背中を女性たちにバチバチと叩かれた。


『きゃーっ、もうっ、お上手なんだからっ』

『分かったわよっ。行っちゃう行っちゃうっ』

『もうドキドキしちゃったっ』


 あれ、思ったより、好評?

 ていうか、どんだけ叩くの痛い痛い。

 って、イーグルさん、なに笑い堪えてんだ。

 肩揺れてるから分かるぞ。


「ふふっ……さ、さあ、お姉さん方。お、俺たちがエスコートしますよ」


 若干笑いが吹き出していたイーグルさんだが、俺と共に女性たちの手を引いてエスコートする。

 クラブ『リバーシ』のドアの前に着き、ワクワクしている女性たちを背にドアノブを握る。

 これからが大変なんだろうな。

 不安と少しの期待を右手に込めて、白と黒の世界に包み込まれる。


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