第四話 イーグルさんの依頼
昼下がりの河川敷、寒々と輝く太陽の下で焚き火を俺を含めたイーグルさん、ウミサル、サヤエンドウの四人で囲んでいた。
サヤエンドウは新しい作業服に着替え、体をぶるぶる震わせている。
無理もない、二月のクソ寒い時期に川に落ちたのだから。
「大丈夫か? サヤエンドウ?」
「ええ、ぼ、僕は大丈夫です」
声が震えているので、あまり大丈夫とは思えない。
「お前はいつも野菜ばかり食べてるから、ちょっとやそっとの寒さで堪えるんだよ。見ろ俺を。魚を食べることで鍛え上げられたこのたくましいボディ!」
「どこにそんなたくましいボディがあるんですか。今流行りのメタボディの間違えじゃありませんか?」
「なにを!」
「なんですか!」
魚馬鹿と野菜馬鹿がいがみ合う。
「お前ら仲良いな」
『仲良くない!』
ほら仲が良い。
ウミサルとサヤエンドウは、すぐじゃれ合うがとても仲が良い。
「そんなことより、イーグルさんの依頼って何ですか?」
「ん? ああ、依頼ね」
イーグルさんは少し考え込むと口を開く。
「派遣ホストを通して様々な美しい女性を落としてきた俺だけど、もうそろそろその女性を落とすテクニックを伝授する時期が来たんだと思うんだ」
まず、なぜ? という疑問が思い浮かぶ。
だってこの人まだ十九歳だよ。
伝授ってもうちょっと歳を取った仙人かなんかが、必殺技を教えるときに使う言葉だよな。
それと、ホストのテクニックって受け継がれるものなの? ってことだ。
ホストのことなんてよく知らんが、少なくとも良いイメージがない。
「と言いますと?」
「つまり何が言いたいのかというと、デウス。君を俺の弟子にする!」
「……」
今、依頼の話してなかったか?
てか、なんて言ったコイツ。
オレヲデシニスル? 何それおいしいの?
「も、もう一度言ってもらっ―――」
「君を俺の弟子にする!」
俺の言葉が終わる前に即答される。
どうやら聞き間違えじゃないようだ。
だから、俺の返答もこうなる。
「お断りします」
「却下」
「……」
否定で返答したのに、これまた否定で返答された。
まあ、いつかこんな話が来るんじゃないかとは思っていたけど。
「イーグルさんの弟子ってことは俺もホストをしろってことですか?」
「うん、そうなるね」
「何で俺なんですか? 他にもホスト向きの人いるでしょう?」
「いや、俺の目に狂いがなければ、デウスはホストに向いている。ルックスはまあまあだし、口も達者だ。それに、もうデウスはすでに一人女の子を落としてるしね」
「はあ!? どういうことですか?」
俺の周りに女の子なんていたか?
ママは……論外だし、キョーコ先生も違うと思う。
この二人以外に俺の周りに女の子なんていたか?
俺以外のその場の三人が一斉にため息を吐いた。
『あの子も大変だな』
え? どの子?
「まあ、その子のことは置いておいて、君は今日から俺の弟子だ!」
「いやいやいやいや、なにもうその気でいるんですか! 俺は嫌ですよ、ホストなんて! だってホストってなんかドロドロしてそうだもの!」
ホストなんて絶対したくない。
ていうかできない。
「俺には君が必要なんだ」
「そんな口説き文句言ってもダメです」
「じゃあ、お願いっ」
「そんな舌を出して可愛らしく言ってもダメなものはダメです!」
イーグルさんは肩を落とす。
やっと諦めてくれたか。
俺がそう思ったが否や、その純白のスーツに身を包んだ男は不敵な笑い声で肩を揺らす。
「ふふっ、デウス。君はまだ自分の立場が分かっていないようだね」
「な、なんですか」
「この手は使いたくなかったがやむお得ないね」
イーグルさんはポケットから携帯電話を取り出し少し弄ると、携帯画面を俺に見せつける。
「こ、これはっ!」
「見えるかい? この決定的瞬間をとらえた写真が」
携帯画面に写っているのは、とある理由から俺が副業としてやっている、スナックバーの女性店員デウ子。
この写真はデウ子の着替えの時をとらえたものだ。
しかも、デウ子からデウスに変わる瞬間をとらえたもの。
つまり、銀髪のカツラを取っているところだ。
「これを君のファンである人たちに見せたり、ネットにさらしたらどうなるだろうね」
イーグルさんの天使の微笑みが、悪魔の微笑みに見えた。
間違いない。
この男、ドSだ。
「そ、そんなものどこで撮ったんですか?」
「ロッカールームに忍び込んで撮った。いつか使えると思って」
「この鬼畜、変態!」
「男の着替えを男が見てなんで変態になるの? この場合世間体で見たら変態は、女装している君だよね」
「ぐっ!」
これはもうどうすることもできない。
なんて卑劣な。
「頼むよデウス。何日か働いてもらうだけでいいんだ。お願いっ」
イーグルさんは、両手を合わせて「お願い」のポーズをする。
「……その態度からして、弟子にするというのは口実ですか?」
「うん。実はお世話になってる店のオーナーをしている人がいるんだけど、そこの店が今人手不足なんだ。お世話になってる人だから俺としては助けてあげたいわけ。だから、お願いっ。お金は出すから」
どっちみちやらなきゃいけないのだろう。
それに兄のようなイーグルさんにここまで頼まれたら、弟分として手伝わないわけにはいかないか。
俺は大きくため息を吐く。
「分かりましたよ。やればいいんでしょう。初めからそうやって素直に言ってくれればいいのに。それと、お金ならいりませんよ。俺はあなたの弟のようなものですから。弟が兄を手伝うのに報酬はいらないでしょう? って、何で頭を撫でるんですか」
「いや、なんとなく。ありがとう、デウス」
真っ向からそう言われると照れてしまう。
「女装の次は男装か? お前は忙しいな」
「男装って何だ。俺は元から男だ。ウミサル、お前だってカッパの変装が得意だろ?」
「ほざけっ、アレはウエットスーツ着てただけだ」
「何言ってるんですかデウス君。アレはカッパと言うより、アザラシですよ」
「ははっ、そうだな。あんな丸いカッパいないよな」
「お前ら……ちょっと顔貸せっ!」
そして、俺とサヤエンドウはウミサルの魔の手から逃げ回り、イーグルさんはそれを見て笑う。
こんな馬鹿馬鹿しくも暖かい毎日が俺たちの日常。
この日常がいつまでも続いてくれればいいのに。
そう願う今日この頃だ。
日が落ち、街が夜の顔を覗かせる。
飲食店、遊技施設、映画館が集中する歓楽街。
街を飾るネオン、髪を盛り煌めく衣に身を包んだキャバ嬢や必死で声を張るスカウトの人、コンビニの前に集る若者、コインロッカーの隅っこで寝そべるホームレス。
この街には独特の危ない雰囲気を感じる。
俺はたくさんの人の声や店のアナウンスで騒がしい道を、人をかき分けてイーグルさんと歩く。
先ほど、銭湯へ行き体を清潔にしてきたところだ。
「あの、イーグルさん。俺やっぱ帰っていいですか?」
「だーめ。なに街の雰囲気に飲み込まれてんの。大丈夫だよ。あの店は怖い人いないし、みんないい奴らだから」
「いや、でも、俺見ず知らずの女の人となんて話せないですよ?」
「大丈夫だって。最初はみんなそんなもんだから」
「イーグルさんもですか?」
「いや、俺は例外」
この人、俺を励ましてるのか、蹴落としてるのかどっちなんだ。
「どっちもかな」
もう何もツッコまない。
そうこうしているうちに店に着く。
イーグルさんの言っていたホストクラブは地下にあり、名前は『リバーシ』だ。
白と黒を主体とした落ち着いた店内にジャズの静かなメロディが流れる。
店内は思っていたよりも小さく、六組くらい入れば満杯だろう。
バーまである。ママのスナックバーを思い出す。
差し詰めホストとバーが融合したホストバーってとこか。
すると、イーグルさんは開店準備をしていた二人のスーツの男に声をかける。
「おーい、連れてきたよ」
その声に気付いた二人が作業をやめ、こちらに近づいてくる。
一人はメガネをかけた、いかにもクールそうな男。
もう1人は、金髪を盛りシャツを出しスーツを着崩している、いかにもチャラそうな男。
「よう、イーグル久しぶり」
メガネの男はクールな笑みを浮かべる。
「イーグルさん、ちいーっす」
チャラ男は、チャラ男らしく挨拶をする。
「二人とも久しぶり。元気だった?」
「もう、マジ元気っすよ」
「この通りコイツも僕も元気だ」
そんな他愛もない挨拶を交わした後、二人の男は俺の方を見る。
「やあ、君がデウス君だね。僕は、翼。もちろんこの名前は源氏名だけどな。よろしく」
「ど、どうも。大神 大神です」
握手を求められ、急いで握り返す。
「てか、デウスって名前マジパネエ。あっ、俺っち、光。よろしく」
この男は握手の代わりに人差し指を出してきた。
よく分からなかったので、とりあえずチャラ男の人差し指に俺の人差し指をくっつける。
「オーケー! 分かってんなデウスっち。E.Tサイコー!」
どうやら、間違えではないようだ。
ていうか、いつの間にか親しみやすい名前で呼ばれてる。それに、古いっ。
「君のことはイーグルから聞いているぞ。とてもクレイジーな子らしいな」
「は、はあ」
イーグルさん。アンタ俺のことなんて言って紹介したの。
どんなこと言ったら俺がクレイジーな子になるの。
「テンチョー! イーグルさん来たっすよ!」
光さんが店内に響き渡る声で誰かの名前を呼ぶ。
テンチョー?
中国人か誰かか?
『あいよー』
男の声がトイレのある扉から聞こえてくる。
しばらくした後、トイレを流す音と共に扉が開く。
「ういー、気持ちわりぃ」
扉から出てきた男はよろよろとこちらに近づいてくる。
オールバックに無精ひげ、バーテンダーの服を着た、少し前に流行ったちょい悪オヤジ風の男。
「二日酔いだー。誰か水くれー」
そう言いながら俺の肩を掴み、下を向く。
この人を見てるとウミサルを思い出す。
ていうか、酒臭っ!
「店長。また飲み過ぎたんですか?」
どうやら光さんは、テンチョーという名前ではなく、店長を呼んでいたようだ。
それよりも、イーグルさんの口から初めて聴いた敬語に若干驚く。
「おお、イーグルか。ちょっち飲み過ぎた」
「程々にしてくださいよ。それより、あなたがもたれ掛っているのがこの前言っていた、デウスですよ」
「ん?」
そう言って店長は顔を上げる。
「おう! お前がデウスか。イーグルから聞いてるぜー。ヤクザ一つ潰したらしいな」
「ちょっ! イーグルさん!?」
「いや、つい、酔った勢いで」
酔っても言って良いことと、悪いことがあるでしょう?
それに酔ったって言ってるけど、アンタまだ二十歳じゃないでしょっ。
「まあ、気にすんなやー。ヤクザの一つや二つ潰すのが青春ってやつよ」
「そんな血生臭い青春は嫌です!」
「おい、イーグル。コイツ中々良いモン持ってるな」
「うん。デウスの伝家の宝刀のツッコミだよ」
俺のツッコミはそんな大それたものじゃない。
店長は俺の肩を強く掴む。
「俺は、店長兼オーナーの、伊達だ。これからよろしおろろろろろろろっ―――!」
店長の口から「よろしく」と出るはずだった言葉が、虹色に光る汚物に変わり俺に襲い掛かる。
俺はその瞬間がとてもスローモーションに見えた。
スーツを着た三人の驚愕の表情。
そして、口から虹色に光る汚物を白目をむきながら吐き出す店長。
後に残るのは、店内に響く俺の断末魔だけだった。
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