第二話 ホワイト・ファング
銀色に光る白髪の男。後ろからでも見える首に巻かれた赤いスカーフ。
紫のダウンジャケットを羽織り、黒のダメージジーンズを穿いている。
身長は俺と同じくらいだから、一七〇前後だろうか。
「オレか? オレは通りすがりのヒーローさ」
その男は背を向けたままそう言った。
先ほどのとび蹴りで、のびたままのチンピラ。
目を見開く残り五人のチンピラ。
そして、口を半開きにしたままの俺。
そんな呆然とした空気の中、そんなイタい言葉を言い放ったのだ。
「……は?」
これが俺の第一声。
当然の反応。当然のリアクションである。
なぜなら、今から俺がこのチンピラたちと戦わなければいけない予定だったからだ。
いや、そんなことよりもだ。
この男。今俺の頭上を飛び越えてこなかったか?
俺はこれまで頭上を通り過ぎていくものは、航空機か鳥などのそういう空を飛べるものだけだと思っていた。
しかし、たった今俺の常識という壁は見事にぶち壊されたのだ。
その結果俺の常識は書き換えられ、『人も空を飛べる』という結論に至った。
……いや、極論過ぎたな。
正確には、人も頭上を超えるほどのジャンプができるということだろうか。
そんなことがあり得るのか?
いや、現に目の前にいるじゃないか。
人が頭上を越えるほどのジャンプをするということは、二メートル近く飛ぶことになる。
つまり、俺が何を言いたいのかというと。
……脚力どんだけだよ! ってことである。
「てめえ! 何もんだ!」
少し混乱気味だった俺の頭を覚ますかのように、チンピラの一人が男に襲い掛かる。
後ろから右の拳を男の後頭部めがけて突き出す。
「あ、危なっ―――」
後ろからの襲撃を知らせるため声を出そうとするが、先ほど立っていた場にはもう男の姿はなかった。
それを認識した直後、拳を突き出していたはずのチンピラが吹き飛び、コンクリートブロックに叩きつけられていた。
―――なんて速さだ。
チンピラの右頬に右手の甲で裏拳を叩きつけていたのが一瞬見えた。
多分その前に、突き出された腕をくぐり抜けたのだろう。
「い、一気にやっちまえ!」
チンピラたちに焦りが見えたが、怯むことなく立ち向かっていく。
今度はチンピラ三人が、左、真ん中、右の三方向同時で男に襲い掛かる。
だが、またしても一瞬の出来事だった。
男の白髪が揺れたかと思うと、右回し蹴りがリズムよく蹴打音三回と共に聞こえた。
男は三回転しながら蹴りをチンピラに叩き込んだのだ。
漏れなく三人の右頬は歪んでいた。
あんなに腰を体ごと回転させているのにバランスが崩れないし、それに何より速い。
まるで白い狼の影だ。
残された一人が、男の後ろから襲いかかろうとしているのに俺は気づく。
声をかけても間に合わないだろう。それなら。
片足を地面に強く打ち付け、地盤を踏みしめると、俺は迷うことなくチンピラの後頭部に向けて、回し蹴りを繰り出す。
左足のかかとに確かに当たった振動が伝わる。
しかし、音が随分と鈍かったような。
しかも普通後頭部から蹴りを受けたら、前に倒れるハズなのに、全然倒れない。
かかとに感触が残ったままだ。
恐る恐る見てみる。
「……あ」
すると、白髪の男も後ろ蹴りをチンピラの顔面に出していた。
そう。かわいそうなことに、このチンピラ君。
俺の回し蹴りで後頭部を、男の後ろ蹴りで顔面をサンドイッチされていたのである。
「ホ、ホワイト・ファングっ……」
チンピラはそう言い残すと、まるで背骨を抜かれたように膝から崩れ落ちる。
ホワイト・ファング?
「おっ! ナイスコンビネーション!」
白髪の男は俺に向き直って言う。
逆光のせいであまり顔が見えないが、笑っているように見える。
すると、周りから雨のような拍手が聞こえてきた。
周囲を見渡すと、野次馬が拍手を俺たちに送っている。
この風景前にも見たような気がする。
この街の人たちはこういうストリートファイトが結構好きらしい。
「やべっ。とりあえず、ここからズラかるぞ」
「へ? おっ―――」
白髪の男は、俺の手を引き走り始めた。
男の手の暖かさが伝わる。
ていうか、俺まで連れて行く必要あるのか?
そんなこと思いながらも、男に引かれるまま人波をかき分けてその場から退散するのであった。
さっきの駐車場から少し離れ、レンタルビデオ屋の前で俺たちは足を止めた。
「ふう。ここまでくりゃ安心だろ」
そう言って男は一息ついた。
脱色して銀色にも見える白髪が息をするたびに揺れる。
とりあえず、助けてもらったんだしお礼くらい言っておくか。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
「ん? ああ、いいって気にすんな」
そう言って男は振り向く。
整った顔に狼のような白髪。目は鋭く、右目の下に泣きボクロがある。
差し詰めこの泣きボクロがチャームポイントってとこか。
世に云うイケメンの部類に入る顔立ちだ。
多分俺とあまり歳も離れていないような気がする。
何より俺が一番気になったのは、首に巻いた赤いスカーフだ。
男がスカーフをしているのを、あまり見たことがないということもあるのだろうけど……。
さっきのイタい発言といい、この赤いスカーフといい……なんか、俺と同じ匂いがする。
「それにお前、女の子助けてただろ?」
「あ、ああ、まあ」
助けて俺もそのままズラかる計画だったのだが、見事に失敗した。
いや、成功はしているのか。ズラかれたし。
「オレも助けに入ろうとしたんだけど、先にお前が行ったからな。それに仲間が囲まれているのに助けに行かないわけにはいかないだろ?」
「……え? 仲間?」
「ああ。だってお前、『レッド・クリフ』の一員だろ?」
またか。それ。
一体なんなんだ。
「なあ、さっきの連中も言ってたんだがその『レッド・クリフ』って何だ?」
白髪の男は首を傾げる。
「え? お前、『レッド・クリフ』知らないの? 赤のカラーギャングだよ。……もしかして、お前、違った?」
俺は大きく頷く。
なるほど。『レッド・クリフ』ってのは、カラーギャングのチーム名だったってことか。
それで、俺のしているこの赤いマフラーで間違えられたと。
まったく迷惑な話だ。
「あ、あれ? じゃあ、まったく関係ない奴巻きこんじまったのか。すまなかった」
男は俺に頭を下げる。
「いやいや、いいって別に。絡まれるのは慣れてる」
「そうか。ホントすまん」
「それより、さっき連中の一人が『ホワイト・ファング』って言ってたけど」
「あ、ああ、あれね。あれはオレのあだ名みたいなもんだ。まあ、オレは嫌いじゃないんだけどな。カッコいいだろ?」
「そうだな」
偶然だな。俺も汚名ならあるぞ。
「あだ名と言えば、お前『紅狼』って知ってるか?」
その聞き慣れた単語に思わず背筋が伸びる。
「へ? し、しし、知らない」
「そいつも喧嘩強いらしいんだよ。なんたって暴走族百人をたった一人でなぎ倒したらしいぜ」
「へ、へえ」
百人は言い過ぎだと思うよ。……多分。
ていうかその名前は、あのA校の中だけじゃなかったのか。
「オレ喧嘩するの結構好きなんだけど、いつか戦ってみたいぜ」
そういって男は、少年のように無邪気な笑顔を向けてくる。
そんな笑顔見せられても、ねえ。
俺は基本平和主義者なんで、ホント勘弁してください。
「そういえば、お前。随分と言いもん首に巻いてるじゃねえか」
男は俺の首の赤いマフラーを指して言ってくる。
「ああ。なんていうか、大事なものなんだ。お前だって、カッコいいスカーフ巻いてるだろ」
「だろ! カッコいいだろこれ! お気に入りなんだ!」
もう、すんごい無邪気な笑顔。
キラキラしてる。眩しい。
俺、引きつった笑いしてないかな。
すると、男の方から携帯の着信音らしきものが聞こえる。
ん? この音楽聞いたことあるような……。
この胸を躍らせるドラムのビートは聞いたことがある……っ!
もしかして、これは、『覆面ライダー ユウキ』のオープニングじゃないか!?
男はポケットから携帯を取り出し、電話に出る。
携帯から垂れるストラップに俺は再び興奮を覚える。
そ、そのストラップ! ユ、ユウキじゃねえか!
いいないいなっ! そのストラップいいなっ!
「うおっ! お前なんでそんな目キラキラしてんの?」
男の電話が終わっていることに気付かないほど、俺はガン見していたようだ。
「へ? い、いや、何でもない」
そのストラップ欲しい、なんて言えるわけがない。
「そんじゃあ、オレもう行くから。じゃあな」
そう言って、踵を返して歩き始める。
しかし、男は立ち止まり再び俺に向き直る。
「なんか、お前とはまた会えそうな気がする」
そう言われると、俺もそんな気がしてならなかった。
返事をする代わりに軽く手を振った。
男は笑ってもう一度踵を返すと走り出した。
なんか少年がそのまま大きくなった感じの奴だったな。
しかも、ユウキ好きだし。仲良くなれそうな気がする。
名前くらい聞いておけばよかった。
人波に白髪が消えるのを確認すると、俺も自分の家に向けて踵を返した。
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