プロローグ
この世の中には、結果が全てだという人間と、結果までの過程が全てだという人間が存在する。
俺は当然、前者の意見だった。
なぜなら、過程が良くても結果が伴わなければ、結局のところ人は納得しないからだ。
確かに自分で過程を選択し、その道を進むことには大きな意味があるのだろう。
しかし、過程だけでは納得できないことが、この世の中には山ほどある。
例えば、『生きる』という過程の先に、『死』という結果が待ち受けていたならどうだろう。
どれほど信頼を得ていようと、どれほどの地位や名誉を持っていようと、最終的には全てが土に帰って行ってしまう。
何の意味も無くなってしまう。
それで本当に納得ができるのか。
ならば人間は、何のために生まれて、何のために生きるのだろう。
『生きる』という過程の先に『死』が待ち受けているのならば、人間は死ぬために生まれてくることになる。
そこに意味は存在するのか。
このことは、『生』と『死』だけではなく、人と人との『出会い』と『別れ』にも同じことが言える。
人間誰でも一人では生きていけない。
当然だ。
なぜなら、一人なら生まれてくることさえできないからだ。
だとすれば、必然的に人と人は出会う。
そして、出会いがあれば別れが来る。
ならばなぜ、人間は出会うのだろう。
なぜ、別れると知っていて、出会い続けるのだろうか。
『出会い』という過程の先に、『別れ』という結果が待ち受けているのならば、人と人は別れるために出会うことになる。
そこに意味なんて存在するのか。
どうせ失うくらいなら、最初から抱え込まなければいい。
どうせ別れるのならば、最初から出会わなければいい。
そうすれば傷つくことも、涙を流すことさえなくなって良いじゃないか。
……そんな俺の臆病でひん曲がった考えは、大事な友との別れで、一変する。
この世の中に意味のないものなんて存在しない。
全ての出会いに、全ての別れに、意味は現れる。
これは十七歳の真冬の物語。
小さな星の小さな島の小さな街で起きた、誰にも望まれない、小さな奇跡の物語。




