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第8章 悪魔の誇りと神の思い

「ちょっ、見ろよ! サンタが宣戦布告してるぞ!」

「おいおい、洒落になってないなこれは……」

 ラーフラの家に遊びに来ていたベルは、大好きな地獄漫才のホネホネトリオのコントが中断されたことの怒りも忘れて、テレビ放送に見入っていた。

 まだ千歳どころか、百歳にさえならない人間風情が、天界と魔界を相手に戦争をするなどとほざいている。

 洒落になっていない。

 誰もが顔に泥を塗られた格好だ。

 天界も魔界も、サンタクロースに完璧に「なめられている」のだ。

「はうあーっ!

 べべべ、ベルさま!

 サンタさんが!」

 釈迦より先に、ドラコが部屋に転がり込んできた。

 勢い余ってけつまずき、一回転して壁にぶつかる。

 そのまま、むきゅう~と逆さまになっている。

 自慢のぱんつは丸見えだ。

「それはギャグでやっているのかドラコ」

「きゃーっ! ちがいますちがいます!

 わたしはどうでもいいんです!

 そんな事よりも、サンタさんが!

 サンタさんがぁーっ!」

「落ち着け」

 ぽふっと頭に手を載せ、もう片方の手でトマトジュースを渡すと、彼女は急いでそれを飲み干す。

「ぷはーっ、おいしいです!

 やっぱりトマトジュースは血の池印ですね!」

「で、何しに来たんだドラコ」

「えーっと、なんでしたっけ?」

 首を傾げるドラコの頭には、大きくはてなマークが浮かんでいる。

 いつもの事だが、ドラコが騒いでいるのを見ると冷静さを取り戻せる。

 彼女の存在というのは本当に、魔界に於ける一服の清涼剤だ。

「サンタクロースの件だろう」

「そうでした! サンタさんが宣戦布告するって! 逃げましょうベルさま!」

「ちょっと待て、何で俺様が逃げる準備なんてするんだ?」

「せんそーですよ! せんそーっ! やばいです! あぶないです!」

 半分泣きそうな顔をして、ぎゅっと足にしがみついてくる。

 確かにまあ、半人前以下のドラコにとっては、ハルマゲドンなどと聞いたら、逃げたくもなるのかも知れない。

 そもそも悪魔の中では、かなり平和的な思考の持ち主だ。

「ドラコ、戦争は怖いか?」

「こわいです! チョーこわいです!

 十字架とにんにくがわたしの家に撃ち込まれたなら、ドラコしんじゃいます!」

「俺が守ってやるから、心配するな」

 騒ぐドラコを抱きしめ、優しく頭を撫でてやる。

 ドラコは頭がぽわっとして、そのまま静かに目を閉じる。

「はう……ベルさま……」

「おいおい、お前にはデュラがいるのに、いいのか?」

「ドラコは別腹なんだよ」

「なるほどね。まあ、俺も人の事は言えないけど」

 ラーフラは窓の外に視線を移して、今後の事を考える。

 あくまでもサンタクロースが、森羅万象国際会議の議員、六道炎夜を除く一九九九人全員に対してケンカを売っただけで、実質的にはハルマゲドンではない。

 だが、釈迦やイエス、ベルゼブブやアスタロトまでを相手にするのだ。

 おそらく、一日と掛からず鎮圧されるだろう。

 いや、わざわざ大幹部が出るまでもない。

 天使と悪魔の兵団が、一個分隊ずつも出れば、ほぼすぐにカタは着くはず。

 騒ぐまでもない、些末な事だ。

「ただいま。おや、今日はベル君とドラコちゃんも来ているのですね」

「あ、お邪魔していますお釈迦様」

「おじゃましてまーす」

 ベルとドラコは揃ってお辞儀をする。

「やれやれ、今日も宇宙の真理は見えなかったよ。いつの事になるやら」

 近くにあった、釜ゆで温泉のお土産に買った肩たたき棒を手にして、とんとんと背中を叩く。

 まるで緊張感が無い。いつも通りの釈迦の姿。

 冷蔵庫からボトルに入った乳粥酒を取り出すと、ぐびぐび音を立てて飲み干す。

「父ちゃん、テレビ見たか? やけに落ち着いてるなあ」

「見ましたよ、ええ。

 しかし、たかがサンタクロースには何もできません。

 あんなもの、捨て置きなさい。

 放っておけば予算は止められ、勝手に自滅するでしょう」

 飲み干したボトルをごみ箱に入れると、冷蔵庫からもう一本の乳粥酒を取り出す。

 まるで緊張感が無い。いや、それ以前にプライドが無いのだ。

 確かに相手はゴミ同然のサンタクロース。

 しかし、そんなゴミ同然のサンタクロースに、天界と魔界は顔に泥を塗られた。

 それに対して、然るべき措置、処罰を与えるのは当然のはず。

 ベルとラーフラは、互いにその気持ちを共有していた。

 二人は天界と魔界のプリンスとして、誇りと情熱を持っている。

 それは血よりもなお赤く、命よりも遥かに重い。

「父ちゃん、それじゃあ仏界としてはこの件にノータッチなのか?」

「当たり前でしょう。下手に動けば、彼の思うつぼです。

 ハルマゲドンなんて馬鹿馬鹿しい。

 軍事費との兼ね合いも考えれば、今は全面戦争なんてできるような財源がありませんよ」

「待ってくれ。お釈迦様お供え思いやり予算って、表向きは父ちゃんのポケットマネーだが、実は仏界が来るべきハルマゲドンに向けて貯め込んでいる、秘密予算だったんじゃないのか?」

「あー、それ嘘。

 あれですよあれ、嘘も方便って言うでしょ?

 それにラーフラ、お前のヘアケアに使ってる蓮油とか、その思いやり予算で買ってるって知ってましたか?」

 無気力に返事をする釈迦の姿に、ラーフラは愕然とする。

 誇り高き釈迦の魂はどこに行ったのだろうか。

 普段はちゃらけていても、いざとなれば仏法の守護者として、剣を取り槍を持ち、ハルマゲドンさえ辞さない覚悟を持っている。

 釈迦とはそういうものだった。

 それが彼の思う本当の父親、釈迦の姿。

 昼寝をしていても、涅槃のポーズの練習だと言い張る父。

 北海道に新鮮な乳粥を求めるお忍び旅行をしても、仏法の為の行脚だと突っぱねる父。

 それでも、やるときはやる人だ。

 彼はそう思い、尊敬してきたのだ。

 そんな偉大な父親の像が、がらがらと崩れ落ちる。

 木っ端微塵となって、砂のようになる。

「ふざけんなよ!

 仏教はどうなっちまうんだよ?

 信徒の誇りは?

 このままじゃ、イエスのおじさんに負けちまうだろう!

 そうでなくても、天界じゃイエス派が幅を利かせてるんだ!」

「だからー、イエスのところが多分天使兵を派遣するから、それでいいじゃないですか。

 あと魔界からも兵が出るでしょう。ねえ、ベル君?」

「えーっと、まあ……そうですね……」

 さすがのベルも、これには返答に困る。

 うかつな事は言えない。仮にも相手は天界に於いて、ナンバー2の地位を持つ釈迦だ。

 どれほど腐った発言をしていようと、天界の事情に、魔界の者は口出しをすることなどできない。

 また、自分が何かを言えば、それはベルゼブブの発言ともなり得るのだ。

「あ、わたしのケータイが鳴ってます。ちょっとまってくださいね」

 いきなり話の腰を折るドラコ。

 マナーモードになってるんだから、着信があったなら、空気を読んで黙って外に出ろ。

 ベルは額に冷や汗が浮かぶ。

 とてとてと小走り気味に部屋を出るが、彼女はその途中で豪快に転んだ。

「はうあっ!」

 そして起こる、今日二度目のぱんつ丸見え。

 ああドラコ、お前わざとやってないか?

「あうあう……し、しつれいしますね……」

 照れ笑いを浮かべながら、そそくさと部屋を出る。

 だが、彼女はすぐにこちらに戻ってきた。

「ベルさま、ベルゼブブさまからお電話です」

「え? 俺?」

 ラーフラと釈迦が一触即発の状態になっている間を通り、いそいそと部屋の外に出る。

 受け取った電話機からは、父親であるベルゼブブの声がする。

「おお、ベルよ。

 実はな、トイレットペーパーがあまり無いんじゃよ。

 帰りに買ってきてくれぬかの」

 思わずがっくりして、膝を突きそうになる。

 何だそれは。今この瞬間に言う事か?

 さすがのベルも頭痛がしてきた。

「あのさー親父、メイドか執事の奴らにでも買いに走らせればいいだろう?

 それから、他に言う事があるだろ?」

「他にかあ。今夜のおかずなら、コロッケそばじゃよ」

「いや、そうじゃなくて」

「一昨日、お前の新しい消しゴムの角を使ったのはワシだったのじゃ……うう、すまぬ……」

「ちーがーうーっ! サンタクロースが宣戦布告をしただろう?

 サタン様と親父はどうするつもりだよ?」

「ああ、サンタの件か」

「それだよそれ! で、一個分隊くらいは派遣するんだろう?

 先に俺達が仕留めれば、天界に恩を売るチャンスだし」

「サタン様が、面倒くさいとおっしゃっているのでな、魔界としては静観じゃよ」

「は……?」

 その言葉に我が耳を疑う。

 自分達をバカにした相手に対し、報復をするのが面倒くさいとは、誰よりも誇り高いはずの悪魔が口にする言葉とは思えない。

 だが、ベルゼブブはいつも通り、にこやかに続ける。

「サンタクロース如きに軍隊を動かすまでもないとは、さすがサタン様じゃな」

「いやいやいや、待て! 待ってくれ! そりゃ無いだろう?」

「ベルよ。無理に争おうとするなどは愚かな事じゃ。

 そのうちサンタクロースの側も、天界や魔界が騒がないとなれば、諦めて条件を呑むじゃろう」

「そういう問題じゃない!

 違うだろう?

 プライドだよ!

 誇りだよ!

 尊厳だよ!」

「若いのう……ふぉふぉふぉ……」

 気が付くと、携帯電話を床に叩きつけていた。

 魔界の代表としてあるまじき行為だ。

 こんな腰抜けのジジイ達が、全魔界を取り仕切っている。

 守るべき誇りも持たずして、何が悪魔か。

 サタン?

 ベルゼブブ?

 知った事じゃない。

 俺達は悪魔だ。

 悪魔とは力を信奉し、破壊を象徴する者達。

 平和とは絶対的な力の上に築かれると信じて疑わず、あらゆる権謀術数に通じた狡猾なる者達。

 神にあらず仏にあらず、妖精にあらず精霊にあらず。

「ベルさま! わたしのけーたい! けーたいが!」

「はあっ……はあっ……すまんなドラコ。

 新しいのを買ってやるから、これはもう捨てろ」

「だめですーっ!

 これはベルゼブブさまがわたしに初めて買って下さったんです!」

「ベルゼブブ様が、だあ?」

 ぎろりと睨むベルの目に、ドラコは怯え、後じさる。

「おいドラコ、答えろ」

「はっ、はい」

「親父と俺がケンカしたら、お前はどっちの味方をする?」

「わたしは……」

「ああ」

「ケンカ、してほしくないです……」

 その返事に、ベルは手を振り上げる。

 叩かれると思い、ドラコはぎゅっと目を閉じた。

 だが、振り下ろされた手は、ゆっくり彼女の頭の上に置かれると、優しく撫でられた。

「お前は、それでいい」

「ベルさま……」

「けれども、今から俺は親父とケンカをしなきゃいけない。お前には選ぶ権利がある」

「ベルさま、ケンカするんですか?」

「ああ、とても大切な事の為に、俺は戦う」

「ベルさまは、それが正しいと思っていらっしゃるんですか?」

「そうだ。俺は今、自分が正しいと思っている」

「じゃあ、ドラコはベルさまについていきます」

「俺はお前の大切な携帯電話を壊しちまうような奴だが、いいのか」

「いいんです。ベルさまはドラコの大切なご主人様ですから」

 そう言って、罪のない顔で笑う。

 もし自分が父親に縁を切られ、一介の魔物に落ちぶれたとしても、きっと彼女は同じように笑うだろう。

 そして自分を励ますのだろう。

「俺が何をしようとしているか、お前も分かっているんだろう?」

「わかってますよ」

「お前は将来、いい悪魔になる。末は魔界の大侯爵だな」

「えへへ、なれるといいですね♪」

 そっと手を差し出すと、ドラコはそれを小さな手で握り返す。

 何も言わず部屋に戻ると、釈迦は居なくなっており、今度はラーフラが乳粥酒を呷っている。

「よおベル、ちっちゃな恋人と屋内デートか。ご機嫌だな」

「お前はご機嫌斜めだな、ラーフラ。お釈迦様はどこに行ったんだ?」

「イエス様のところに行くらしい。

 用事を思い出したとか言って、単に逃げただけじゃねえか。

 おまけに続報で、イエス様も兵を出さないと言い始めたらしい。

 ただし、サンタクロースに対しては天界と魔界の双方を代表し、遺憾の意を表明するんだとさ。

 馬鹿か?

 死ねよ畜生」

 コップに乳粥酒をなみなみと注ぐと、それを一気に流し込む。

 これで空いたボトルは五本目。

 ラーフラも相当に頭に来ているのだろう。

 しかし、イエスまでもが軍を出さないとなると、いよいよこのハルマゲドンは、単なるサンタクロースの一人芝居になってしまうだろう。

 だが、本当にそれで終わりだろうか?

 仮にも天界と魔界にケンカを売ったのだ。

 サンタも何らかの準備をし、一定の勝算を持っているに違いない。

 間違いなく奴は動く。

 だが、それを阻止せねばなるまい。

 これ以上魔界に、天界に、泥を塗られるわけにはいかないのだ。

「なあラーフラ、やらないか」

「やるって、何をだよ」

「戦争だ」

 その言葉を聞くと、少しだけ考えるように天上を見上げ、ラーフラは立ち上がる。

「五分だけ待ってくれ、準備してくるわ」

 かつかつと階段を上がるラーフラの背中を見ながら、ベルも乳粥酒をコップに注ぐ。

 面白くなってきた。

 呵々と笑いながら、窓の外を見る。

 薄曇りの空はまるで、これからの世界を示しているようだ。

 足を組んで目を閉じ、これからの戦いに思いを馳せる。

 初めての戦争。

 初めての殺し合い。

 どれほど楽しめるだろうか。

 サンタクロースよ、サンタクロース。

 踊らせておくれ、サンタクロース。

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