第4章 誰、このパンチパーマ?
「なあ父ちゃん、父ちゃんも奇跡起こしてよ。
この石ころ、パンにしてよー」
帰りの道すがら、ラーフラは釈迦に食ってかかる。
久々に会ったキリストに、とても美味しいパンをご馳走してもらったのだ。
それも、気合いを入れるだけで石がパンに変わるという、サプライズまで付いてきたのだから、若く好奇心旺盛なラーフラにとっては大はしゃぎだ。
しかし、よそはよそで、うちはうち。
仏教には、石をパンに変える奇跡など無い。
釈迦は自分の息子のわがままに、渋い顔を隠そうともしない。
「あのねえラーフラ、カレーに一番合うのは米なの、米。
こればかりは譲れないですね」
パンについて困っていたが、それ以上に、釈迦は熱狂的な米食信者なのだ。
昨今のナンで食べるカレーというものの存在に、計り知れない悲しみを感じているが、人の食い物に難癖を付ける器の小さい仏と思われたくない為、彼はぐっと堪えている。
そんな釈迦の気持ちを汲み取りもしない、ラーフラは親不孝な息子だと釈迦は思った。
「ナンおいしいよ。うちにも石窯作ろうよ!
タンドールって言うんだっけ?
作ろうよー、タンドリーチキンもできるしさあ」
「馬鹿者! 今日の会議を見てただろう?
ただでさえ私への風当たりが厳しいのに、タンドールなんて作ったら、何を言われる事やら……」
釈迦の頭痛の種は尽きない。
まさか閻魔大王の娘、炎夜から、あんな指摘を受けるとは思ってもみなかったのだ。
基本的に仏教と地獄は深い関係にある。
蜜月と言っても過言ではない。
だからこそ、そのショックは大きかった。
「あーあ、何だか興ざめだな。頭巾取っちゃおーっと」
「あっ、こら、やめなさい!」
今まで目だけが出るような頭巾を被っていたが、これを颯爽と外す。
そこにあるのはさらりとした黒髪と、切れ長で獣のような目。
まさに東洋的美男子の特徴の全てを受け継いだような、凛々しい横顔だった。
すらりとして背は高く、細身でありながらも筋肉質の体は、まさに色気をまとっていると言えるだろう。
そして、通りを歩いていた女性達はそれを見て、早くも色めき立つ。
「あっ、ラーフラ様よ!」
「きゃーっ、ラーフラ様ぁーっ!」
彼女達が手に持っているのは、天上界タレント雑誌『ODABUTU』だ。
今月号は折りも良く、彼の特集「ナンミョー系男子を攻略しちゃえ! ラーフラ様大特集」と銘打たれている。
もちろん、表紙には笑顔のラーフラが写っている。
「あれあれ、見つかっちゃったら仕方ないなあ。あまり騒がないでくれないかい?」
「きゃーきゃーっ! ラーフラ様ぁーっ! 私も解脱しちゃうううう!」
「うわあーっ!
私もう、輪廻転生しちゃいそう!」
「ほらほら君達、前に進めなくてお父様が困っているだろう?」
あーあ、お父様とか言ってるよラーフラ!
さっきまで父ちゃんだったのに。
何だか情けなくて涙が出ちゃいそう。
お父さんとしては、これはショックだよ。
釈迦は目に見えて、辺りの空気を暗くする。
だが、そんな横でラーフラの笑顔は後光を放つ。
眩し過ぎてサングラスが必要な程だ。
「ねえラーフラ様、誰このパンチパーマ? 付き人?」
「ラーフラ様が見えないし、おじさんってばすごく邪魔だよー」
「そのヘアスタイル格好いいと思ってるの?
ねえ、格好いいと思ってるの?」
ぶちっと、何かが切れる音がしたけれど、仏の顔も三度まで。
まだ大丈夫、我慢したよ私。
偉いよ私。梵我一如。
私は宇宙、宇宙は私。
すーはー、すーはー。
「みんなひどいなあ。この方は、僕のお父様なんだよ」
「えーっ、このパンチが? 信じられない!」
「ラーフラ様のお父様って誰だっけ? パンチだから髪の毛の神様?」
「確か、頭良すぎてはみ出した脳みそがパンチヘアに見えるとか聞いたよ。うそくさーい」
ぶちぶちぶちぶちぶちぶちっ
釈迦の中で色々なものが弾ける。
天地が創造され、瞬く間に終わりを告げる。
宇宙の真理が一回転し、巨大なビッグバンを巻き起こす。
「仏ビーム! 仏カッター! 仏デストロイ!
うおおおおおおおおおおお!」
「父ちゃんっ、ここ特別平和自治区!
特別平和自治区だから!」
「仏の顔もおおおおお!
三度までええええええ!
天上天下唯我独尊んんんんんん!」
その日、天上界特別平和自治区では、再び守護天使と悪魔警察が出動する騒ぎとなったが、色々な大人の事情から、天界新聞各社、並びに天界テレビ局はこの件を一切報じることは無かったという。