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第25章 審判の日

「お初にお目に掛かります。イエス様、お釈迦様、そしてベルゼブブ様、アスタロト様。

 僕は二代目サンタクロースを襲名した、花巻ニコラです」

 殺気に満ちた三百八十万の目を一身に受けながら、ニコラは急ごしらえで作られた、円卓の椅子にゆっくりと腰を下ろす。

 いつも無表情なアスタロトと、どうしていいか分からない状況になって困っている釈迦。

 その一方で、イエスとベルゼブブは、満面の笑みを湛えてこれを迎えた。

「急ごしらえで恐縮ですが、野点のだてもたまには風流なものでしょう」

「僕としては地べたに新聞紙を敷いただけでも、一向に構いません。

 ビジネスの話し合いに来たのですから」

「ははは、サンタクロースさんはジョークもお上手だ」

「そんなことより、僕の要求ですが―」

 単刀直入に切り出すニコラに、四人は静まり返る。

 そこで言葉を切ったニコラは、一度深呼吸をしてから、ゆっくりと切り出した。

「僕が求める条件をお伝えします。

 此度の戦争に掛かった費用と賠償金です。

 およそ三兆ヘブンと、サンタクロース予算の削減撤回を求めます」

 一瞬、時が止まった錯覚に誰もが陥った。

 その突拍子もない要求、あまりに桁外れの金額。

 ニコラ達を取り囲んでいた聖霊兵や悪魔達が、にわかに騒ぎ始める。

 冗談というには笑えない、本気であれば正気を疑う。

 ここはサンタクロース予算の復活のみで、手打ちとなると思っていたのだ。

 イエスと釈迦、ベルゼブブとアスタロトは、現時点で苦々しくも、手打ちの方向で腹の中を決めていた。

 それはもはや、言葉にせずとも、誰もが場の雰囲気で感じていた。

 だが、それを自らの手で、交渉のテーブルを突然ひっくり返したも同然の出来事。

 よほどおかしかったのか、ベルゼブブは大声を出して笑い始めた。

「吹っ掛けたなサンタクロース! ベルの命を金で買えと言うのか!

 魔界の副帝を前にして、おそれ多くもよく言ったものだ!」

「すまない、親父……」

 椅子も用意されず、後ろで突っ立っているベルは、ぎりりと歯ぎしりをする。

 そして、その横ではラーフラも同じく、小刻みに体を震わせている。

 本当は、ここで増長天を使い、一刀両断にしてしまいたい。

 だが、それももはや叶わぬ事なのだ。

「そうですね、ニコラ君。

 三兆ヘブンというのは、天界全体の予算で考えれば、ものすごーい出費になるんですよね。

 あまり調子に乗っていると、和平交渉も台無しになりますよ、はい。

 だからね、今の言葉は聞かなかった事にしてあげますから、訂正しませんか?」

 イエスは笑顔を崩さず、淡々と切り返す。

 しかし、ニコラは首を縦に振らない。

「聞こえませんでしたか?

 僕は三兆ヘブンとサンタクロース予算の復活を要求しています。

 あなた方の意見を聞きたいとか、僕の口から言った覚えはありません」

「あ……あのねニコラ君……天界とか魔界にもね、都合ってものがあるんですよ、うん。

 君の言いたいこともわかるけど、ここはひとつイエスや私、ベルゼブブさんやアスタロトさんの顔も立ててもらえないかな? ね?」

「お釈迦様、仏の顔も三度までと言いますが、僕は四回でも五回でも、千回でも一万回でも、聞かれれば同じ事しか言いませんよ?」

 あまりにも尊大な態度に、さすがの釈迦も少々眉をひそめる。

 確かにベルやラーフラと戦い、彼は勝利を収めた。

 それにより、このテーブルで話し合いに着く交渉権を彼は手に入れたが、あくまでもそれは、話し合いに着く権利であって、過剰な要求を通せる、絶対的優位を手に入れた訳ではない。

 仮にも今、立場はニコラの方が優位にあるかも知れないが、まとまらない要求を無理に続ければ、この場で彼はくびり殺されてしまう事だろう。

 むしろ、それはとても簡単な事であり、ベルゼブブなどはすぐにでも実行に移しかねない。

「若造、何かワシらにまだ隠してるんだろう?

 でなければ、お前もただの命知らずじゃない。

 とっておきを見せてくれ、それ次第で考えよう」

「さすが副帝、話が早い。それでは空を見上げていただけますか?」

「空か。別に澄み渡る黄泉の黄色い空だが――」

 ベルゼブブは言葉を失う。

 突然空は闇に覆われ、何かの影の下に、自分達はすっぽりと覆われているのだ。

 それは先ほどまで、戦況を見ていたモニターに映っていた要塞。

 それがそのまま、今自分達の頭上に浮かんでいるのだ。

 この事態に、三百八十万の軍勢は浮き足立つ。

 何が起きているか分からない。

 それはまるで、今までに自分達が起こしたり、見たりしてきた奇跡というレベルを遥かに超えた、笑い話のような魔法。

「これは……ニコラ君……いったいどんな魔法を……」

「イエス様、目に見えるとはどういうことか分かりますか?」

「え?」

「目に見えるとは、反射した光の色を我々は見ているに過ぎません。

 では、全ての光を透過してしまえば、それは無色透明となります。

 そして僕の能力は、光を操る事。

 もう、お分かりになりますよね?」

 テーブルにほおづえを突いて、天界と魔界を束ねる四人の顔をそれぞれに目で追う。

 だが、四人共に言葉を失い、ただ呆然とするだけ。

 それ以外に何ができようか。

 そして、その結果に深い満足を抱き、ニコラはほくそ笑む。

「ねえ神様、ねえ魔王様、あなた方は全知全能ですか?」

「残念ながら、ワシらは全知全能ではない。教えてくれ、まだ何かあるだろう」

「はい。あの空飛ぶ要塞には、人類が作り上げた究極の悪魔、ツァーリ・ボンバが一二八発搭載されています。

 中途半端な数字ですが、あの国に今残っている、全ての在庫を搭載させていただいたので、こんな数になってしまいました。

 正式名称はRDS―220、コードネームは雷帝イワン

 ツァーリとは皇帝、ボンバはそのまま、爆弾を意味します。

 実際の人類の戦いで使われた事はありませんが、その実験に於いては、半分の威力で行った結果、衝撃波は地球を三週半したと言われる、まさに人類が生んだ最終兵器です。

 こいつを魔界と天界の中間点にある、平和自治区に時速千五百キロで叩き落とし、起爆させれば、二つの世界は塵となるでしょう。

 面白いと思いませんか?

 人間達はある種の薬品に天使の塵なんて名前を付けていますが、その本物ができちゃうんです。

 どうです、とても笑えるでしょう?」

「ニコラ、あなたも死ぬのですよ? 死ぬのは怖くないのですか?」

「サンタを辞めるくらいなら、死んだ方がマシですよ。

 それにね、あの要塞には僕の大切なパートナーのナナと、閻魔大王の娘である、六道炎夜が乗っている。

 二人はきっと正確に、あなた方の世界を焼き尽くす。

 ゴモラの町を灰にした炎を、インドラの矢を、人類は既に手に入れている。

 破滅が大好きで、愚かで救いようがない。

 しかし、あなた方にさえできないことを、人類は平然とやってのける。

 すごいでしょう? 格好いいでしょう? 神よりもなお悟り、悪魔よりも破滅的。

 死んでも死んでも死にきれない。

 何度殺しても殺しきれない。あなた方の創られた愛児まなごは、本当にどうしようもない。

 心底、本当に、永遠に救いようが無いでしょう?」

 立ち上がり、両手を空に向けてニコラは笑う。

 それは正真正銘の終末。

 ハルマゲドンの際に吹き鳴らされる天使のラッパより、遥かに終末的なものだ。

 狂っている。この少年は狂っている。

 いや、こんなものをいつの間にか作っていた、人類こそが狂っている。

 死が怖くないのか? 破壊が怖くないのか?

 悪魔でさえも、無駄に死ぬことを尊しとはしない。

 彼らでさえ、冷静になれば命乞いをし、背中を見せて逃げまどう。

 釈迦の頭の中ではもはや、考えが名状しがたいものとなっている。

 紫色と灰色の何かが渦を巻き、溶け合っては分離し、形を為しては霧散する。

「神様! 魔王様! 僕は戦いました!

 精一杯戦いました! 来た! 見た! 勝った!

 あなた方は僕が作り上げた幻想の要塞と戦い、本体はこうして空中を移動している事にも気付く事ができず、ただ指をくわえて死を待っていた!

 破壊を待ち望んでいた!

 しかし今なら引き返せる! 簡単なことでしょう?

 たったの三兆ヘブンだ! そして、サンタ予算の削減について、撤回するというだけだ!

 聞かせて下さい、あなた方の選択を!

 あなた方の答えを! 僕の耳に聞かせて下さい!

 そうすれば、僕は兵を退きましょう!

 ああ素晴らしい! 実に素晴らしいでしょう?」

 狂気さえも笑いに変えて、目的の為なら手段は何もいとわない。

 ああニコラ、お前はサタンだ。

 サタン様だ。

 サンタとサタンは似ているなんて、ホネホネトリオは言っていた。

 大当たりだよ馬鹿野郎。

 お前達に予言者の称号をくれてやる。

 なんだ、プレゼント袋なんていらないじゃないか。

 ここに居る。

 こいつこそがサタン様だ。

 ベルゼブブは苦笑する。

 こんな男が、なぜ人間だったのだろう。

 なぜサンタクロースなどという、木っ端役人になったのだろう。

 しかし初代サンタクロースよ、お前は見る目があった。

 ワシが隠居したなら、魔界の全てをベルよりも、こいつに引き継がせてやりたいくらいだ。

 だが、きっと彼は断るのだろう。

 僕はサンタクロースですからと、笑いながら言うのだろう。

「完敗ですね、私達は」

「そうだねえ、イエス……」

「本当のハルマゲドンが起こる時は、実は天界と魔界じゃなく、対人間界かも知れません」

 にいっと歯を見せてイエスが笑う。

 洒落にならない皮肉だ。

 しかし、同意せざるを得ない。

 そして、その姿に釈迦は背筋が寒くなる思いだった。


 天歴二万八九九年、森羅万象国際会議に於けるサンタクロース予算削減に伴う廃止について、異議申し立てをしたサンタクロース二世、花巻ニコラは一時的にだがハルマゲドン状態を作り上げ、その事は歴史書に刻まれる事となった。

 サンタクロース危機。

 現在も天界と魔界の歴史で必ず誰もが習う、かの有名な歴史的事件であり、大伽藍の乱を除けば、公式には史上初のクーデターとなっている。

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