表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

第10章 星に願いを! かけたら家が全壊した

 クリスマスにはほど遠い、少し温かな小春日和の町を、ナナは買い物袋を抱えて歩いていた。

 翼と耳は隠し、昔ニコラが買ってくれた、お気に入りのえんじ色のベレー帽を被っている。

 街角から流れてくる少し陽気な音楽。

 通りを行き交う人達の、元気な声と笑顔が彼女は何よりも好きだ。

「こんにちはナナちゃん、久しぶりだねえ。元気にしてたかい?」

「アナスタシアさん、こんにちは! 今日はいい天気ですね」

「そうだね。今日は旦那も上機嫌で、ウォッカも進むって言ってるわ」

「晴れても降ってもウォッカが進む、でしょう?」

「あははは、そうだね♪」

 手を振り、なじみにしている酒屋のおばさんと挨拶を交わす。

 何気ない光景。いつも通りの町並み。けれど、もうすぐここともお別れだ。

 さっき、ニコラから連絡があったのだ。

 二千億ルーブルという巨額の金を手に入れ、今夜はモスクワの石油王と一緒にディナーを共にするらしい。

 ニコラはさらに巨額の資金を手にして、意気揚々と帰ってくるに違いない。

 おいそれと、早くに帰っては来ないだろう。

 午前様かも知れない。ウォッカでべろんべろんになって、頭痛をさせている事だろう。

 だから、酔い覚ましにオニオンスープを作っておく。

 ニコラが頑張っている中で、私にできることは何かな?

 そう考えた時、答えはとてもシンプルなものだ。

 疲れて帰る彼が一番欲しいものを用意して、お帰りなさいを言ってあげる。

 徹夜だって平気。

 商売相手と一緒に飲むお酒なんて、美味しいものじゃない。

 けれど、楽しく飲んでいる振りをして、大切な言葉を引き出さなければならない。

「美味しくできるかな、オニオンスープ」

 人気の無い空き地に出ると、辺りを確認し、夕日をいっぱいに浴びながら翼を広げる。

 飛び立つ時には、夕暮れの空気を胸に吸い込む。

 次にこの町に来るときまで、それを忘れてしまわないように。

 大空を自由自在に羽ばたきながら、くるりと輪を描いてみたり、時には宙返りをしてみる。

 アクロバット飛行はストレスの解消になるのだ。

 と、その時だった。遠くでキラリと何かが光る。

「あれ? 流れ星かな」

 とっさに願い事を三回言うことを思い出し、心の中で必死に呟く。

 ニコラがこの戦いに勝てますように、と。

 神や仏、悪魔や精霊に最も近い、いや、そのもののはずであるナナにとっては、偶然を創り出す超自然的な現象、運命こそが神に等しい。

 この世界の誰もが唯一わかり得ない事、それは未来だ。

 だからこそ、ニコラが勝利する未来という、可能性は絶対に存在している。

 限りなくゼロに近い一%でも、それは必ずある。

 買わない宝くじは当たらないように、受験しない大学は合格しないように、まず始める事が大切だ。

 そして今、ナナができるのは祈りだけ。

 神にさえ祈ることができない彼女は、流れ星のように曖昧なものに、願いを託す事しかできない。

 もし不安を顔に表せば、きっとニコラに迷惑が掛かる。

 怯えるような素振りを見せれば、彼の仕事の足手まといになるだろう。

 だから彼女は気丈に振る舞う。

 けれども彼女はすがりたい。

 恐れ怯えて涙を流し、部屋の片隅にうずくまってしまいたい。

 怖くて怖くて仕方が無くても、まるで気付かない振りをする。

 強がり、胸を張り、気丈な笑みを投げかける。

 死ぬのは怖い。

 けれど、独りぼっちになってしまうのはもっと怖い。

 だから星に願いを掛ける。

 神以外への神頼み。

 星に願いを。

「あれ、流れ星がうちの方に向かってる?」

 光の玉は、徐々に大きさを増している。

 明らかにそれは近づいていて、自分達の住んでいる家の方に向かって飛んでいる。

 これはひょっとして、すごくやばい?

 そう思った次の瞬間、家の方からきのこ雲が立ち上る。

「きゃあああああああああああああ?!」

 無惨に空に響く叫び声。

 ちょっと待って! 家を破壊してなんて願ってない!

 全速力で近づいてみると、そこにあるのは無惨な姿になり果てた、ニコラとナナの家の跡。

 ぷすぷすと音を立てる黒い炭。

 周辺一帯は黒こげになって、見るも無惨な光景だ。

 地面に降り立ち、呆然としてひざを突く。

 これからニコラを迎えてあげるはずの家が無い。

 お帰りを言ってあげる場所が、もう無いのだ。

 呆然として、言葉が見つからない。

 自分の中の何かが壊れた。

 一雫の涙がこぼれ落ち、大地を濡らす。

 だが、途方に暮れている場合ではない。

 すぐに前に向き直り、ナナは立ち上がる。

 この惨状をどうするか?

 まずそれが肝心だ。

 辺りを見渡した時、がれきの下から何かがもぞもぞと動くのを見つけた。

 やがてにょきりと突き出す、それは人間の白い腕だ。

「けほっけほっ、この私が着地を失敗するなんて……」

 見知らぬ少女が姿を現す。

 偉そうな帽子と、着物なのか洋服なのかよく分からない衣装に身を包んでいる。

 どこかで見たような気もするが、どこだっただろうか?

 と、疑問に思っている場合ではない事に、はたと気付く。

 彼女を助けなければ!

「大丈夫ですか?!」

「ふふふ、六道炎夜がこの程度で死ぬわけがないのよ!」

 ナナの存在に気付いた炎夜は、痛いのを我慢して胸を張る。

 本当はちょっと、いや、かなり痛い。

 死なないだけで痛いのは痛い。

 けれども泣かない、それが閻魔大王の娘としての勤め。

 と思った瞬間、さっきの爆発で舞い上がっていた石の破片が落下してきた。

 それは炎夜の後頭部にクリーンヒット。

 変な叫び声を上げて、彼女は前のめりに倒れる。

「大丈夫……ですか……?」

「うおおおおおおおおお! 痛いの痛いのとんでいけーっ!」

 それで治るのか。

 ツッコミしたい気持ちを、必死になって呑み込む。

 ナナとしてはどうしていいか分からず、がれきの中から救急箱を探す事にした。

 だが、こんな状態の中では救急箱など見つかるはずもない。

 ただ、先ほどの爆発に巻き込まれてもほぼ無事な事から考えて、人間ではないだろう。

 きっと大丈夫に違いない。

 とりあえず大丈夫。

 たぶん平気。

 そう思う事にして、彼女に話し掛ける。

「ところで、今降ってきたのはあなたですか?」

「降ってきたんじゃなーい! 降臨し損なっただけ!」

 それ、降ってきたのと同じですから。

 思っても言わない方がいい気がして、黙っておく。

「私は地獄界を治める閻魔大王の娘、六道炎夜。

 あなたはサンタクロースのところに居候している、ナナさんかしら」

「あ、はい、ナナです」

「よーし、私の勘は当たってたわ!

 こっちの方からサンタの匂いがすると思ったのよね!

 やったー、万歳! 私すごい! きゃっほう!」

 ガッツポーズ、さらにターン。

 そのまま太陽に向かって飛び上がる。

 全身で喜びを表す炎夜だが、ナナの目は極めて冷静に周囲を見渡し、もう一度炎夜に注がれる。

「ところで炎夜さん、大変申し上げにくいんですが」

「何かしら? 何でも言って」

「家、弁償して下さいね♪」

「そんなこと、できるわけないでしょう♪」

 満面の笑みで語りかけるナナ。

 それに対し、空っぽの財布を見せながら、眩しい笑顔で返す炎夜。

 その日、ナナは初めて他人に対し、力一杯コブラツイストを掛けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ