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18/23

18:ウルク魔境巣窟前夜──ゲビルの過去 その2


「ズィーラ・ヴェルキュリスは、魔術機能障害と診断された」


部屋に響いた声。


机の向こうに座る女性は、椅子を静かに回し

ゲビルの方へ向きなおす。


演習場で起きた事故の後。ゲビル・クニャージは、

事情聴取という名目でここ──軍学校の最高責任者がいる執務室へと通されていた。


同じ場にいた教官は、監督官と共に別部屋へ移り指導を受けている。



「神経回路の断裂、とくに右腕は損傷が酷い。

後遺症として、一部麻痺が残るそうだ」

「ッ……」


その言葉に、ゲビルは唇を噛みしめた。



「魔術が使えない以上──ヴェルキュリスには退学してもらう他ない」


静かに告げられた通達。

そこで沈黙を守っていたゲビルが、

初めて口を開く。


「……ヴェルキュリスさんは、なんと言ってるんですか?」


対面にいる女性の視線が、一瞬だけ揺れた。


「……何も。

あの傷を受け入れるには、時間が掛かる──」





──魔女を食らった魔女。




その歪められた噂は、すでに校内で知らない者はいなかった。


執務室を出た後、ゲビルにはしばらくの謹慎処分が下された。

重い足取りのまま、自室に戻ろうと通路を歩いているその途中──


「お前か。演習場で仲間を食い散らかした裏切り者は」


知らない声が、彼女の背中に突き刺さる。

振り返ると、見覚えのない生徒たちが立っていた。



「ちょっとレベッカったらやめなよ〜」

「そうそう、構う価値ないよ」


軽い調子で笑う二人。だがその目は冷たい。


「お前らも言ってやんな。この仲間殺しの裏切りもんによ」


その二人の間に立つ、レベッカと呼ばれた赤髪長身の女性がゲビルを責める。

それを見ていた、周囲の生徒たちの視線が集まる。


彼女に逃げ場はない。



「?なんだ、そのツラ。殺る気か?」


レベッカの挑発。それに対してゲビルは、


「──私は……助けたかった」


本心だった。

だがら心の内を吐露する彼女を踏み潰すように、それは続いた。


「あ?なんだって?殺したかった?」


「私は──!ヴェルキュリスさんを助けたかっただけ!」


感情に任せた叫びだった。


「助ける?……お前が?」


その言葉に、嘲るような声で笑うレベッカ。


「どの口が言ってんだ。結局その行いが、アイツの未来を潰してんじゃねえか。

魔術の使えない魔女は、ここでは必要とされねえ」


彼女の言うことは間違っていない。だからこそ、

ゲビルの心に深く突き刺さる。


そして、レベッカは断罪の言葉を告げる。


「魔女として──アイツはすでに死んだんだ」

「ッ!──」


──その瞬間、ゲビルの手が彼女の胸ぐらを掴んでいた。

そして赤く晴れた目で、レベッカを睨みつける。



──しかし、レベッカは怯まない。


「ま、元々成績はドベの落ちこぼれだったらしいからな。あの術式の暴走が良い例だ」


彼女との体格差は歴然。

ゲビルの抵抗はあまりにも小さくて、



「早かれ遅かれ、勝手に死ぬ運命にあった。

それにトドメをさしたのはお前だ──」


直後、パンッと乾いた音が響く。


ゲビルの手を叩き弾き、言い放つ。



「“悪魔(デビル)”のクセに、人様の真似すんなよ」


そう吐き捨てた言葉に、蔑みが色濃く映る。


「ねえレベッカ?こんなヤツほっといて、行きましょう」

「ああ。──それと」


踵を返したレベッカ。立ち去る直前、

ゲビルを睥睨して呟く。


「居なくなって欲しいと思ってるのは、生徒たちだけじゃねえからな。

人を助けたかったら──さっさと辞めろ」


足音が遠ざかる。

その言葉は、ゲビルの耳にはたしかに届いていた。


レベッカが言った言葉、それがいつまでもゲビルの中で反響していた。




──助けたかった。ただ、それだけなのに。


握りしめた手は酷く震えていた。




♢♢♢♢♢




それからゲビルは、一歩も部屋を出ることはなかった。

謹慎部屋に隔離され、そこで生きることも死ぬこともせず、ボーッと椅子に腰掛けて虚空を見つめていた。


──コンコン。


そのとき、扉を叩く音。


──コンコン。


その音は、酷く遠慮がちで、


──コンコン


三度目のそれで、ようやくゲビルは気付く。



「……開いてます」


水を飲むことさえ忘れていたその声は、酷く乾いていた。

時が止まったように長く滞留していた重い空気も、ゲビルのその一言で塵が舞う。



扉が軋む。


入ってきたのは、彼女が助けたかった少女──ズィーラ・ヴェルキュリスだった。



「……失礼、します」


ブロンドのサイドテールに大きな黄緑のリボンは、彼女のトレードマークでありよく覚えている。


しかし以前より、少しだけ痩せた気がした。

──いや、そう見えただけだった。


なぜなら……彼女の右腕が、力無く垂れていたから。



「……どうされましたか?」


ゲビルは彼女から視線を外して答える。

部屋の隅を見つめる瞳は、恐怖で揺れていた。



「あの、今日、ここを出るので……その」


たどたどしく紡ぐ言葉。

煮え切らない言葉に、ゲビルはたしなめるように聞き直す。


「……なんの用ですか?」

「!あ、な、なので!その前にどうしても、

お礼を言いたくて……来ました」



その言葉を聞いて、彼女は思わず視線を動かした。


ズィーラは真っ直ぐとゲビルを見ていた。

視線が合う。逃げ場のない目をして。


「ゲビルさん、こんな私を助けてくれて、ありがとうございました」

「……何を、言ってるんですか」


乾いた声が漏れる。


「あなたは……魔術を失ったんですよ?

腕だって……まともに動くことさえ、もうない……」


言葉にするたび、彼女はまるで自分の事のように、胸の奥が締め付けられていた。


「あのとき、私なんかじゃなく、教官が止めていれば」


「死んでいましたよ、私」


そんな思いを知ってか知らずか、

ズィーラはあっさりと言った。



「術式が暴走して、自分がなにをしているのかも分からなくて……あのままだったら、きっと」


そこで言葉を切ると、

ズィーラは小さく息を吐いた。


「怖かったです」


「でも──止めてくれたのが、ゲビルさんで良かった」

「……やめてください」


彼女の真っ直ぐな言葉を、

ゲビルは、これ以上聞きたくなかった。


「私は、あなたから全てを奪った」


魔術、腕、学校、未来──



「それは違います。奪われたなんて思ってません」


ズィーラは一歩、踏み出す。


「確かに、魔術は使えなくなりました。それに腕も……もう元には戻らないと思います」


そう言い、動かない右手をそっと左手で支える。


その仕草はゲビルが見たかった光景ではなく──

気付けば涙が頬を伝っていた。



「でも、それでも良いんです」

「……どうして」


掠れた声の後、

ズィーラは笑ってみせた。


「だって私……生きてますから」



視界が歪む先で見えたのは、

少しだけ、不器用な笑顔だった。


「魔女としては失格かもしれません。

でも、人としてまだ生き続けられる」


その言葉に、何も返せない。


適切な返答が思い浮かばないゲビル。

しばらくの沈黙が流れた後──


「ゲビルさん」


名前を呼ばれてビクリと肩が揺れる。


「助けてくれて、本当にありがとうございました」


深く頭を下げるズィーラ。

その姿は、あまりにも真っ直ぐで


「……やめてください」


(そんな顔で、言われたら……)


出ない言葉を絞り出してゲビルは伝える。


「私は、あなたを救えていない……」



ゲビルはこの空気に耐えられずに、逃げるように俯いた。

そして長い沈黙の後、


聞こえてきたのは、柔らかい声だった。



「いいえ」


顔を上げると、すぐ近くにはズィーラがいた。



「私は救われました──誰がなんと言おうと、です」


迷いのない目をして、ゲビルを見つめていた。


「……ゲビルさん。どうか、自分を責めすぎないでください」


それだけ言うと、彼女は一歩引いた。

扉へと向かうズィーラ。


返す言葉は、出なかった。



そしてドアノブに手を掛けた彼女は、

少しだけ振り返って、


「それじゃあ……行きますね」


優しくそう言うと、扉が閉まった。



──その部屋には、静寂だけが残された。


部屋には、ページの捲られていない本と、行き場を失った感情。


ゲビルは手で顔を覆う。


涙として溢れる感情を抑えるために。



──助けたかった!それだけなのに!


胸の奥に残るのは、消えない痛みだけ。





「──助けたいのなら、最後までその責任を持て」


不意に声が聞こえた。


閉まっていた扉。それが今は開いている。


差し込む陽の光を背に、その人影は入口に立っていた。


「私には、救えなかったから」


逆光で表情は見えない。

だが、その声は聞き覚えがあった。


「……あの場で唯一、ズィーラ・ヴェルキュリスを救うことが出来たのは──お前だ。

冷静な判断力と自分を信じて疑わない心。

そしてそれを実行出来る強い意志は、

あの勇気ある行動に繋がったんだ」


それは、とても静かな声だった。

責めるでもなく、慰めるでもない。


ただ、真実を述べる声だった。



「……私は、教官という立場でありながら、彼女を救えなかった。

──ゲビル・クニャージ。まだ間に合うぞ」



その言葉に、ゲビルの肩が揺れた。



「アイツを──助けなくていいのか?」


迷いは──ない。

ゲビルを顔を上げて、何も言わずに、ただ一直線に。

教官の横をすり抜けて、部屋を飛び出した。



廊下を全速力で駆ける。

走り慣れてない足音が辺りに響く。

息を吸うのも忘れて、呼吸が荒くなる。


それでも彼女は止まらなかった。


「……私は、教官失格だな」


その背後で、ポツリと声がした。

だがゲビルには、振り向く余裕はなかった。



階段を駆け降りて、校舎を抜ける。

視界が広がったと同時に、それに追い付いた。


正門前で、その背中を見つける──


「ヴェルキュリスさん!」


声が裂けるように飛んでいく。

それに気付いたズィーラは、足を止めた。


息が切れて、呼吸も乱れる中で、

ゲビルはそれでも、言葉を絞り出して伝える。


「私に!もう一度だけ!」


「あなたを助けるチャンスをください!」



♢♢♢♢♢


「もう一度だけ、ズィーラ・ヴェルキュリスに憲兵魔女(ソーサレス)になる資格があるかどうか、

リベンジさせてください」



あの日、教官に言ったその言葉が、運命を変えた。



あの後、ゲビルたちは教官を巻き込んで、

一日限りの猶予をもらえた。


捧げるのは──全員の除籍処分。


職場であるこの軍学校を辞めて一番苦しいであろう教官は、

「まあ……仕事は、探し直せるから……」と、

心のどこかですでに諦めてる声をして言った。


その背中にかつての威厳はなく、士気を下げられた気分だった。


(……それでも教官ですか!)


ゲビルは心の中で噛み付く。

だが、それでも教官は、ゲビルたちを見捨てることはしなかった。



──憲兵魔女(ソーサレス)を志す者として、この国を護れる魔女ズィーラ・ヴェルキュリスに、

私が証明してみせます──


一日だけの猶予。時間は二十四時間。


迷っている暇はない。

ゲビルは、自分の脳内で練った構想を要約して、

手短に二人に伝える。



魔術を失えば、別の形で再現すればいい。

──呪印による再構築。

術式を直接身体に刻むのを利用して、再び魔術と同等のモノを扱えるようにしようという計画。


だが、


「ゲビル・クニャージ。それでは足りないぞ。

呪印では魔術を越えられない」


その通りだ。

既存技術として、魔術の核──大罪欲(マナディザイア)を呪印構成に組み込み、擬似的に魔術を扱える方法は存在している。


ズィーラのマナディザイアは、私と同じ《色欲(ラスト)》。

構造も性質も理解している。


だがそれでは、ただの代替魔術。

国を護るソーサレスとしては、とても戦力不足だ。


だから私は別口からアプローチする。




「──現世階級(げんせかいきゅう)を術式に組み込む」

「げんせ、かい?」

「……ゲビル・クニャージ、マジで言ってるのか?」


現世階級──それは魔女の奥義。


属性の境界が存在しない未分化の魔術概念──“原素混沌(げんしこんとん)”を体系化した、

純粋な攻撃特化魔術。


大罪欲(マナディザイア)を基盤とする魔術が“応用”ならば、

現世階級は原素混沌を基盤とした”破壊“。



魔術の一括りで語られる事が多い現世階級だが、その役割は異なり、



「術者の素質(センス)頼りの不安定な魔術だが……」

「ヴェルキュリスさんなら大丈夫です。私の術式構築は、その人に合わせたモノですから」



構築に組み込むのは、一発限りの必殺技。


ズィーラ・ヴェルキュリスを、固定砲台にしようというトチ狂った計画だった。


敵を一網打尽にする固定砲台──大技使いの魔女として生まれ変わらせる。


それは、ズィーラの本質を見抜いた上での選択だった。


ゲビルは、あの術式の暴走を見て気付いた。

ズィーラ・ヴェルキュリスの素質──”莫大な欲“を秘めていることに。


ズィーラは不器用で、技術や要領の悪さが影響して成績は最下位。

座学の点は悪くなかったが、それでも効率の良い勉強は出来ていないため、赤点ギリギリではあった。


だが、彼女が優れているのは、目には見えない。


「ヴェルキュリスさんってエッチですよね」

「えっ?!」


実はゲビルは知っている。

彼女がいつも猥書を隠し持って、時間があればそれを読んでること。それと自作の作品を発表していることに。


「な、なななんでそんなこと、知ってるんですか!

──ハッ!」


彼女の顔は一瞬にして真っ赤なり、それからしばらくの間、バタバタとそれを否定していた。




そして、呪印構築を行う部位を決めるとき。


「このとてつもない術式の量だ。

……やはり右腕か」


教官は、ズィーラに対して申し訳なさそうに告げる。


動かなくなったズィーラの右腕だが、

静脈の具現化(アイビス)による補助により、

日常生活に支障のない程度まで戻れる、リハビリが存在する。


この右腕は、完全には死んでいない。


……のだが、ズィーラ本人の執拗なお願いにより、右腕を代償に、手首から肩まで埋め尽くされるほど刻まれた呪印の術式。


これほどまでの呪印を刻む魔女は、過去一人として存在はしない。

何故なら、呪印構築の際の、神経断裂のデメリットがとても高いため。


しかしゲビルは完成させる。


それはもはや人の腕ですらない、

──”悪魔の右腕(デーモン)“を。



そして──悪魔(デビル)その右腕(デーモン)


二人の異名は、校内に広まっていく。


異端


異質


異常


──だが、確かな力を持つ存在として、


この日を境に、彼女たちは生まれ変わる。



そして、卒業してから二人の活躍が語り継がれるのは──



また別のお話。



博識!ゲビルちゃんの一口メモ。


【ズィーラ・ヴェルキュリス】

私の同期であり、唯一親友と呼べる魔女です。

猥書を持ち歩く変態さんであり、とても気弱な性格をしています。


現在は、夜間哨戒班のヴェルキュリス班を率いている隊長さんで、破壊の魔女と呼ばれている有名人。


愛称はズラちゃんですが、何故かこの呼び方に本人はモヤモヤしてるそうです。


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