11:魔法の心臓:パーティクルコア
──ファウヌスの樹海。正午前後。
眩い太陽の下、その光は私たちのいる地上には届かない。
枝葉が幾重にも絡み合い、この樹海を薄暗い緑へと閉じ込めているからだ。
精霊因子の核を採集するべく、すでに樹海の奥地までやって来ていた私たちは、足を止める。
「……!──ッ!」
隣で落ち着きなく、クルクルと視線を撒き散らす男が一人。
左、右、背後──上に下まで。
ときに首を早く回しすぎて、ねじ切れそうになったのか、
首元を押さえて痛がる様子も見せる。
首を振るたび、空気を切り裂く音が聞こえるのは
この男が初めてだ。
「……カエサル」
「うお!!──って、ゲビルか」
「…………」
振り返った拍子に、今度は飛び上がった。
「驚きすぎです。武器を下ろしてください。
パーティクルコアに逃げられます」
「それは、そうだが……ッ」
その手に握られた銀長剣を、
依然として下ろすのを止めないカエサル。
「……気持ちは分かります。
ですが、今は魔物の気配を感じません。
剣を収めても問題ありませんよ」
私は彼を宥めるように状況を伝える。
言葉で理解出来ることと、身体が従うことは別だ。
これは一種の性質。
兵士として染み付いた、本能に近い反応。
特にこのファウヌスの樹海のような、
全方位が死角となる場所では、敵への警戒が強くなるのはなおさらだろう。
私がポンポンと腕に触れてさすってあげると、
ようやく気持ちが伝わったのか、
カエサルはその剣を収め始めた。
「それでいいのです……って、ほら──」
「言ったそばから“来てくれた”見たいですよ」
私は視線を一点に固定する。
「え、どこだ?」
「あの木の木陰です」
指し示した先。
木の幹の影に、わずかに揺らぐ光。
「──ッほら、今の、私の拳くらいの粒子が舞いましたよ」
あれで隠れているつもりだろうか。
精霊粒子が溢れているのでバレバレだ。
まさに頭隠して尻隠さず。
「い……見えない」
「敵意を消してください。ここに入る前に伝えた通りに」
カエサルは大きく息を吸い、そして吐く。
その呼吸法を数回繰り返し、
再び木の幹へと視線を集中させる。
「……ゲビル、ダメだ。俺には木しか見えない」
「……本当ですか?」
「視力はいい方なんだが……」
その表情は少しガッカリとした様子だった。
──嘘をついてる様子はない。
私は内心で、静かに拳を握った。
──パーティクルコアは人間には視認できない。
この事実が欲しかった。
いくつか候補として考えていた核の中でも、
この特性は極めて有用で都合がいいと思った。
資料本頼りの情報が、今ここで裏付けられて、
少しホッとする。
「分かりました。では、私一人で行ってきますので、カエサルはここで待機を」
「え、ちょっゲビル!……」
制止の声を背に、私は木陰へと歩み寄る。
──視線の先に見えてきた、
手のひらサイズの白い球体。
雪のように柔らかな粒子を周囲にまとい、
キラキラと淡い光を放ちながら、フワりと宙に浮かんでいる。
だが、この球体は仮の姿らしい。
パーティクルコアは警戒心がとても強い。
白い球体でいるのは、翼でその本来の姿を覆い隠している──極度の恥ずかしがり屋さん。
それがパーティクルコアの本質。
それ故に、少しの敵意を感じ取ればすぐにでも姿を消してしまう。
だが、
裏を返せば、その警戒心が解けて──翼を広げたとき、それは精霊ではない──
契約的存在へと変わる。
別名、守護の天使と呼ばれる所以はそこから。
「……ん」
……大丈夫。
私なら懐柔するのは難しくない。
何せこの鞄には、
とっておきの秘策があるのだから……!
…………。
「…………ゲビル、遅えな。
──あ!」
しばらくの後、私はカエサルの元へ戻ってきた。
「“パルコちゃん”、着いてきてくれるそうです」
「え、マジで?
──え、パルコ?」
「パーティクルコアのパルコちゃんです」
さも当然のように答える。
「ええ……でも一体、どうやって?」
「あなたの家にあった、乾パンをあげたら承諾してくれました」
「あ、そうなんだ……」
どこか納得してるような、していないような。
そんな表情を浮かべるカエサル。
パルコちゃんの姿が見えていないから、それも当然か。
──ともあれ。
美しい白の二枚の翼を広げて、私の肩口で淡く光る小さな存在。
精霊因子──パーティクルコア。
一つ目の素材(本体)を無事に確保し、
私たちは次なる目的地、憑依霊のいる
──テネブラエ羨道へと向かう。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
【業魔の書】
魔女の国で普及されている魔物の教科書です。
魔女たちは先ず、この本を読み切ることを課題とされ、国の脅威となる情報を全て叩き込まれます。
この本は、新米魔女時代の私の細腕では抱えきれないほど分厚く、4000ページを超える羊皮紙には
魔物たちが流した血で書かれたような、
赤黒い文字が這いずっているようで気持ちが悪かったです。




