心配
夕食を食べ終わり、部屋で寛いでいると、ドアがノックされた。
「セリア、下に降りてこれるか?」
「パパ? うん」
ルクを肩に乗せて私は部屋を出ると、父と一緒に一階へ降りた。
食堂へ向かうと、そのまま父についてキッチンへ入り、その横の休憩室として使われている小さな部屋に入る。
「あれ? ガウルお兄ちゃん、ここでどうしたの?」
「こんばんは、セリアさん」
その部屋にはガウルがいた。父はガウルの向かいに座ると、私に隣に座るように促した。
「実は、ガウルと今後のレベル上げについて話をしていたんだ」
父とガウルは真剣な表情で私を見つめた。二人の表情から私も緊張して姿勢を正した。
「正直なところ、パパはセリアがレベル上げをするのは反対だ」
「うん……」
「だけど、今日のセリアを見てると早めに魔法の練習をしたほうがいいと思った。それにルクの問題もある。セリアはルクと契約したんだろう? それなら、お互い身を守る術は持っていたほうがいいだろう」
「じゃあ、レベル上げや魔法の練習してもいいの?」
「いや、条件がある」
「条件?」
「ママにもちゃんと話して許可を貰うことだ」
「え……」
「そら、大変そうやな」
父から条件を聞いたルクも、難しそうな顔をしている。
母から許可をもらう。
そう考えると、少し不安になる。
でも、私が本当にやりたいことなら、ちゃんと自分から母に伝えないといけない。
「ママ、心配するかな……」
「するだろうな」
父は苦笑する。
「今は食堂でお客さんと話しているから、今日は無理に話さなくていい。明日、ちゃんと話してみなさい」
「うん」
食堂のほうから、母の楽しそうな声が聞こえてくる。
「じゃあ、今日はもう遅いから寝なさい」
「パパ、ガウルお兄ちゃん、おやすみなさい」
ルクと一緒に私は自分の部屋へ戻った。
ベッドに腰を下ろすと、ルクが心配そうにこちらを見る。
「……ママさんの説得、大変そうやなぁ」
「そうだよねぇ。うーん……」
母から許可をもらうのは難しそうだ。
でも、逃げてもどうしようもない。
「上手に説明できるかな。……頑張ってみる」
「ワイも一緒に説得したるから、まかせとき」
「ルクも?」
「当たり前やろ」
ルクが胸を張る。
いつのまにかこの小さな相棒は、私にとって大きな存在になりつつあるみたいだ。
「ルク、ありがとう」
ベッドに入り、私は目を閉じた。
ママは、きっと心配する。
そう思うと、不思議な気持ちになった。
――心配。
その言葉に、なぜか胸が温かくなる。
どうして、そんなふうに思うんだろう。
そして、いつの間にか寝てしまっていた。
◇◇◇
「本当に愛ちゃんは可愛いわ! 私たちの宝物よ!」
目の前の親子三人は楽しそうに笑っている。
私は、その光景を少し離れたところから見ていた。
(これは……前世)
私の本当の両親は、私が三歳のときに事故で亡くなった。
二人の顔は、もうはっきりとは思い出せない。
それでも、私が愛されていたことだけは覚えている。
両親が亡くなったあと、私は親戚の家に引き取られた。
そこには、私と同じ年齢の女の子がいた。
名前は、愛ちゃん。
愛ちゃんは、いつも明るくて、よく笑う子だった。
甘え上手で、何かをお願いするときも、可愛らしくお願いする。
愛ちゃんが笑えば、みんなも笑う。
愛ちゃんが何かをすれば、みんなが声をかける。
危ないことをすれば、すぐに心配して止めてもらえる。
でも、私と二人きりになると少し違った。
「パパとママは私のだよ。あんたのじゃないからね」
愛ちゃんは、そう言って笑った。
私は何も言えなかった。
親戚の家ではご飯は食べさせてもらえたし、服も買ってもらえた。
だけど、私が学校から帰ってきても、「おかえり」と声をかけてもらうことはなかった。
学校で何があったのか、聞かれることもない。
具合が悪くなっても、「大丈夫?」と言われることはなかった。
どんなに寂しくても、お世話になっていることに感謝して、家族団欒を邪魔しないように小さな部屋に籠っていた。
学校に逃げ場を求めた時もあったが、私と仲良しの子も、いつの間にか愛ちゃんと仲良くなっていて、気がつけば私は一人になっていた。
初めの頃は、愛ちゃんみたいになれば、みんなと仲良くなれると思った。
いつも笑顔でいる。
大人の前では、少し甘えてみる。
そうすれば、私のことも好きになってもらえる。
私のことを見てもらえる。
そう信じて頑張っていた。
だけど、頑張っても結果は変わらなかった。
家の中でも学校の中でも、私はいつも一人だった。
いつの間にか、笑うことに疲れ、努力することにすら疲れた。
何をやっても無駄。
どうせ私のことなんて、誰も気にしない。
そう思うようになっていた。
結局、親戚の家を出るまで、私は一人だった。
家を出てからは、やっと自由に息が吸えた気がする。
愛ちゃんと比べられることもない。
誰かの顔色を気にして、自分を変える必要もない。
少しずつ、周囲と話せるようになって、やっと友達も一人できた。
職場でも、まるで母親のように親身になってくれる先輩ができた。
私は少しずつ、本来の自分を取り戻していったのだと思う。
そんなとき、事故で亡くなった。
◇◇◇
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。
「……夢か」
私はぼんやりと天井を見つめる。
さっきまで見ていた夢を思い出す。
「私……生まれ変わってからも、愛ちゃんの真似を少ししていたのかもしれない」
誰かに好かれたい、嫌われたくないという気持ちから、生まれ変わったあとも無意識にみんなに愛される愛ちゃんの姿を真似していた部分もあったのかもしれない。
今は、優しい人に囲まれている。
気が付くと、私は本来の自分に戻っている気がする。
「……うん、もう一人じゃない」
友達と呼べる大切な人に囲まれている。
私を愛してくれる両親もいる。
何より、私が大切にしたいと思える人たちがたくさんできた。
「ママに伝えたら、きっと心配するよね」
そう考えると、不思議と嬉しくなって笑みがこぼれた。
「ふふ。心配されるって……嬉しいな」
もし、ママに駄目だと言われたら――そのときは、諦めよう。
レベル上げも魔法の練習もしたい気持ちはある。
でも、ママを悲しませてまでしたいわけじゃない。
「うん。それでいい」
そう呟いて、私は布団から起き上がった。
最後までお読みいただきありがとうございます。




