四歳児、大金を手にする
翌朝、窓の外が白み始めるよりもずっと早く、私はパチリと目を覚ました。
使い込まれた木のベッドから滑り降りると、ひんやりとした朝の空気が肌をなでる。
四歳の小さな体には少しこたえる寒さだけれど、ガウルとの約束があるから頑張ってベッドから抜け出す。
(今日は、お弁当を少し作ってから行こう!ガウルお兄ちゃん、喜んでくれるかな)
昨晩のうちに、父にはあるお願いしていた。
一階の厨房へトコトコと階段を下りていくと、そこには既に薪に火を入れ、朝の準備を始めている父の姿があった。
「おはよう、パパ!ママ!」
「おはよう、セリア」
「おはよう、セリア。早いな。約束のじゃがいも、ちゃんと蒸し上がってるぞ」
父が指さした先には、大きなボウルに入れられたホクホクのじゃがいもがあった。
皮が弾け、中から黄色い身が覗いている。
これだけで甘い香りが厨房いっぱいに広がっていた。
「ありがとう、パパ!」
「ガウルさんとお昼に食べるんだろう?ガウルさんは体格がいいから、じゃがいもだけじゃ腹は膨らまないだろう。これも持っていきなさい」
父はそう言って、表面がこんがりと狐色に焼けた、美味しそうな鶏肉を二枚出してくれた。
「わあ、いいの?ありがとう!」
「ガウルさんの言うことをしっかり守って、迷惑かけないようにな」
「はーい!」
父の優しい言葉に甘えて、私はじゃがいもと鶏肉を受け取った。
部屋に戻る前に、私は裏庭へと足を運び、大きく育ったきゅうりを一本と、レタス、彩り用のパセリを少しだけ調達する。
父が手入れをしているこの庭の野菜は、どれも味が濃くて美味しいのだ。
部屋に戻ると、さっそくお弁当の準備をする。
まず、まだ温かいじゃがいも三つの皮を丁寧につるりと剥いていく。
蒸したてのじゃがいもは皮離れがよく、指先に伝わる熱が心地よい。
ボウルの中で木べらを使って、形が少し残る程度に粗く潰していく。
そこに、薄く輪切りにして塩揉みしたきゅうりを投入した。
マヨネーズと塩、粗挽き胡椒で、しっかりと味付けをする。
(そして、隠し味の粒マスタード……!)
ハムはないけれど、素材の味を活かしたポテトサラダの完成だ。
ねっとりとしたマヨネーズがじゃがいもと絡み合い、食欲をそそる香りが鼻をくすぐる。
一口味見をしてみると、じゃがいもの甘みときゅうりのシャキシャキ感、粗挽き胡椒と粒マスタードのピリッとした刺激がマヨネーズのコクと絶妙にマッチしていた。
(よし、完璧!これをパンに挟んで……)
パンの横にナイフで深く切り込みを入れ、そこに溢れんばかりのポテトサラダを詰め込んでいく。ボリューム満点のポテトサラダサンドイッチの完成だ。
さらに、以前ガウルに作って好評だった、タルタルソースをたっぷりのチキンサンドイッチも手早く用意した。
私は出来上がった二種類のサンドイッチを丁寧に包み、アイテムボックスへ大事にしまった。
準備を整えて一階の受付へ下りていくと、そこには既にガウルが背筋を伸ばして立っていた。
朝の光を浴びた彼は、昨日よりも心なしか凛々しく見える。
「おはよう、ガウルお兄ちゃん!早いね」
「おはようございます、セリアさん。私も今来たところですよ。今日もいい天気になりそうですね」
ガウルは優しく微笑み、私の小さな頭を軽く撫でた。
「今日はですね、昨日の西門ではなく東門の方へ行ってみませんか?」
「東門?うん、もちろんいいよ!でも、どうして今日は東門なの?」
私たちは連れだって、まだ人通りの少ない街の通りを東へと歩き出した。
東門へ向かう道すがら、ガウルが昨日の夜の出来事を詳しく話し始めてくれた。
「実は……昨日の地竜の鱗の件ですが、冒険者ギルドに報告したところ、案の定ひっくり返るような大騒ぎになってしまいました。冒険者ギルドとしては、念のために鱗が見つかった場所……つまり昨日の大きな岩の周辺に、今日から調査員を派遣して緊急点検を行うことに決めたそうなんです」
「ええっ、そんなに大事になっちゃったんだ」
「何しろ竜ですからね。目撃情報がない以上、新たな鱗が見つかる可能性は低いと踏んでいるようですが、万が一ということもあります。西門側はギルド職員や冒険者で騒がしくなっているはずなので、今日は静かな東門側の方が、セリアさんの練習には都合が良いかと思いまして...」
なるほど、ガウルの判断はいつも的確だ。
西門側ではギルドの息がかかった調査員たちが目を光らせているだろう。
そこで私がまた規格外な魔法を使用してしまえば、言い逃れができなくなる。
しばらく歩き東門を抜けると、そこには西門側とはまた違った景色が広がっている。
西門側が比較的なだらかな丘陵地帯だったのに対し、東門側は街道から少し離れた場所に森が広がっている。
私たちはしばらく街道を進んだ後、脇道へと逸れた。
人目が完全に遮られる大きな巨樹の根元まで移動したところで、私たちは足を止めた。
「さて、セリアさん。改めて、昨日のギルドでの報告を詳しくさせていただきますね」
ガウルは周囲を一度鋭い視線で確認し、誰もいないことを確かめると、腰を下ろして低い声で語り始めた。
「昨夜、私が二枚の鱗を持って受付に行ったところ、受付嬢が騒いでしまったことで、直ちにギルドマスターまで飛び出してくる事態になりました。マスターは鱗を手に取ると、震える声で『これは……間違いなく地竜だ。しかし、なんて状態の良さだ……。傷一つなく、まるで今さっき剥がれ落ちたばかりのような輝きではないか』と驚愕していました」
「ギルドマスターまで出てきたんだ……」
「ええ。ですが安心してください。セリアさんの名前は一切出していません。『蹴りの練習をするのにちょうどいい大きさの岩があったから、蹴っていたら、岩が割れて下から出てきた』と説明しました。マスターは、鱗の状態がとても良いことに驚いていましたが、最近この辺りに地竜が現れた形跡がないこともあり、岩の下で奇跡的に変質せず保存されていたのだろう、という結論に落ち着きました。……もっとも、そんな硬い岩を足で砕くなんて相変わらずの馬鹿力だな、と呆れられてしまいましたが……」
ガウルは頬をポリポリとかきながら、苦笑いした。
戦士の彼らしい豪快な説明に、私は思わず笑ってしまった。
「そして、その鱗のうち一枚を冒険者ギルドで買い取ってほしいと伝えたところ、マスターは文字通り泣いて喜んでくれました。実は竜の素材というのは、討伐した冒険者が専属契約をしている商会や、王都のオークションに流れてしまうもので、冒険者ギルドが手に入れることが滅多にないそうなんです。特に防具の素材として最高級の価値を持つ地竜の鱗は、騎士団や有力な冒険者が喉から手が出るほど欲しがりますから、オークションでも手に入れるのが難しいそうです。結果として、買取額をかなり頑張ってくれました」
ガウルが差し出した手のひらの上。
そこには、木漏れ日を受けて眩いばかりに輝く、大判のコインが鎮座していた。
「……大金貨、一枚です」
私はその輝きに、思わず息を呑んだ。
大金貨。金貨十枚分、小金貨百枚分……日本円に換算すれば、およそ100万円に相当する。
「うわあ……。鱗一枚で大金貨一枚になっちゃうんだ……」
私は一度それを手に取り、ずっしりとした重みを感じてから、ふと疑問に思ってガウルを見上げた。
「ガウルお兄ちゃん。これ、セリアが持ってお買い物に使ってもいいのかな?」
「お買い物、ですか?」
「うん。お昼ご飯の材料を買ったり、美味しい調味料を探したりしたいんだけど……市場でこれを出してもいいの?」
私の問いに、ガウルお兄ちゃんは苦笑いしながら首を振った。
「いえ、それはお勧めしませんね。そもそも、一般的な食材を売っている市場や商店では、大金貨のお釣りなど用意していませんよ。大金貨を四歳の女の子が取り出せば、お釣りがないどころか、悪い大人に目をつけられてしまいます」
「うーん、困ったな。これじゃあ、せっかくのお金が使えないよ……」
「ははは、そうですね。では、こうしましょう。私の手持ちの硬貨と両替をしませんか? ちょうど私も、金貨を多めに持ち歩いていたところなんです」
そう言うと、ガウルは手際よく革袋からジャラジャラと重々しい音を立てて金貨を取り出した。
その量に、私は思わず目を丸くした。
「ガウルお兄ちゃん、そんなにいっぱいお金を持ち歩いてるの!? 」
「驚かせてしまいましたか。普段はギルドに預けているのですが、今回は斧を修理に出すついでに、予備の剣も新調しようと思っていまして...高価な買い物になるので、多めに持ってきただけですよ」
なるほど、ガウルは斧を普段は使用しているがメンテナンスの時などは剣を使っている。
恐らく、斧を二本持ち歩くのはアイテムボックスの容量からしても難しいのだろう。
そんなことを考えていると、ガウルは慣れた手つきで自分の硬貨から、金貨九枚、小金貨十枚を交換してくれた。
「大金貨一枚は金貨十枚分ですが、小金貨のほうが市場でも使いやすいはずですよ」
「いいの? ありがとう、ガウルお兄ちゃん!」
私は金貨と小金貨を受け取り、それらをアイテムボックスへと収納した。
これなら必要な分だけ取り出して、お買い物も自由自在だ。
「ガウルお兄ちゃん、両替までしてくれて本当にありがとう!」
「お役に立てて光栄です」
ガウルは、大金を手にしてホクホク顔の私を見て、まるで自分のことのように嬉しそうに、優しく目を細めて微笑んだ。
だが、私の次の言葉でその表情は一変する。
「じゃあ、今日もセリアのこと、いっぱい叩いてね!」
「………………はい」
私は、攻撃魔法の練習だけじゃなくて、体力をつけたり防御スキルを上げたりする修行も大事だと思っている。
だから今日も、ガウルにしっかり叩いてもらって、防御スキルのレベル上げもするつもりなんだけど……。
返事をしたガウルの声は、今にも消えてしまいそうなほど小さかった。
さっきまでの頼もしい姿はどこへやら、彼は自分の大きな手と、まだ小さな私の体を交互に見て、何かすごく重大な悩み事でも抱えたみたいに、深く、深ーく項垂れてしまった。
(あれ? やっぱり女の子を叩くのって、そんなに嫌なのかな……?)
なんだか悪いことを頼んじゃったかなって、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになったけれど。
(これもセリアのためだと思って、ガウルお兄ちゃん頑張って!!)




