歴代転生者アンケート第7位
澄んだ朝の光が、辺境の宿の一室に差し込んだ。
(ふふ、パパとママより早く起きれた!)
ベッドの中で、私はそっと目を開ける。
今日、一歳になった。
体はまだ小さいが、前世の記憶があるので変な感じがする。
≪セリア様、一歳の誕生日おめでとうございます。無事にこの世界で一年を過ごされましたね≫
ナビが静かに祝福の言葉を贈った。
(ナビ、ありがとう!これからも、よろしくね!)
私は既に日課となった魔力操作を始めた。
半年前、魔力を集めることに成功したあと、集めた膨大な魔力をさらに小さく圧縮し、今や私の思い通りに体内を巡らせることが出来るようになった。
≪完璧です。魔力集中、魔力操作ともに、これ以上の上昇は見込めません。現在のセリア様の魔力操作能力は、熟練の成人魔導士を遥かに超えています。また、セリア様の魔力は、歴代転生者アンケート第2位「魔力が足りなくて、思ったより魔法が使えなかった」との声により実装されました魔力カンストが備わっています。そのため、鑑定能力で計測可能な上限値999,999に達しております。実際に魔法を使用するのは、体がもう少し成長するまで待つ必要がありますが、基礎は完成しました≫
ナビの評価に、私は心の中で満面の笑みを浮かべたが、何かとんでもないことを言われたような気がして、ナビの発言を思い返してみた。
(ん?魔力カンスト?999,999?え?)
≪はい。成人魔導士の平均魔力は、50,000程度になりますので、セリア様の魔力は約20倍になります。魔法を十分に楽しんで頂ける魔力量となっております≫
ナビが何を言っているのか、理解するのを頭が拒否している。
初心者に魔力カンストって、やりすぎでは?
いや、初心者だからいるのかな?
え?どういうこと?
なんだか、自分が思っていた初心者安心パックとは違うような気がして、理解が追い付かなかった。
混乱していると、父のバルトと母のエリーナが目を覚まし、魔力については考えるのを止めた。
「セリア、お誕生日おめでとう!」
「私たちの可愛いセリア。生まれてきてくれて、本当にありがとう」
「ありあとー!」
温かい抱擁とキスを受けながら、私はここまでの道のりを振り返った。
(パパもママも優しくて美人だし、ほとんどの時間を魔力操作に費やして大変だったけど、なんだかんだ楽しかったな)
私は既に、よちよちとした足取りながら、部屋の中を歩くことができるようになっていた。
そして、「パパ」「ママ」といった簡単な言葉も話せるようになっていた。
「バルト、見て。セリアがもうあんなにしっかり歩けているわ。言葉も早いし」
「ああ、エリーナ。うちの子はやっぱり天才だ!全然手もかからないし、夜もよく眠るし、本当にいい子だ」
両親は、私が他の子よりも発育が早いことを、「うちの子は天才だ」と心底嬉しそうに自慢していた。
(そりゃ、中身は成人してるんだからね!)
と心の中で両親につっこみながらも、もう少し子供らしくしたほうがよかっただろうかと少し悩む。
両親の邪魔をせず、あまり泣かない「手のかからないよい子」という評判は、逆に子供らしくないとして変に目立ってしまわないだろうか...
(まぁ、なるようにしかならないかな)
私が静かに遊んでいれば、彼らも私に集中しすぎることはないだろう。
一家団らんの最中、母が父に真面目な顔で話しかけた。
「バルト、セリアも一歳になったわ。私もそろそろ本格的に宿の仕事に戻るわね」
「そうだな、エリーナ。セリアが目を離せない時期は過ぎたしな。セリアも目の届く場所、一階の食事処の隅に遊ぶ場所を作って、そこで面倒をみるようにしよう」
両親が経営している宿は、近くの大きな辺境都市への中継地点となっており、また町に1軒しかない宿だ。
そのため、宿泊客の出入りが多く、いつも賑わっている。
今までは、子供部屋か、受付の奥の部屋で過ごすことが多く、両親と近所に店を構えている夫婦や、その子供としか、ほとんど会ったことがなかった。
両親の話を聞いていると獣人やエルフ、ドワーフもいるようだし、沢山の人に会えることにワクワクしていた。
その時、ナビが重要な提案をしてきた。
≪セリア様。宿屋での生活が始まるこの機会に、次のスキル訓練を始めましょう。初心者安心パックには、歴代転生者アンケート第7位「ネットで調べられないなら、鑑定スキルはほしかった」との声により実装された『鑑定スキル』があります≫
(鑑定スキル!すごく便利!)
≪これから鑑定スキルを使用するにあたり注意が必要です。この世界では、他者に対して許可を得ずに鑑定を行うことは、マナー違反とされています。マナー違反という言い方ではありますが、相手によっては、その場で処刑されることもあります。そのため、絶対に人に対して鑑定を使用しないでください≫
(え?死ぬこともあるの...わかった。それは絶対に守るよ)
≪そしてもう一つ、セリア様の安全に関わる重要な情報です。この世界では、六歳になると教会でスキルの有無を鑑定する「鑑定の儀」というのが行われています。セリア様のスキルが鑑定されてしまうと、その鑑定結果から騒ぎになることが予想されます≫
ナビの警告に、私の背筋が凍った。
(鑑定スキルだけで、そんなに騒ぎになるの?)
≪セリア様がお持ちのスキルは、他にも複数あります。まだ使用できないスキルも多いため、お伝え出来ていませんが、中には転生者と判明してしまう可能性のあるスキルも含まれています≫
(え?転生者ってばれると面倒ごとに巻き込まれそう!絶対にいや!スキルを複数もってるっていうのも、もしかしてやばい?)
≪6歳の鑑定の儀では、生まれ持ったスキルを鑑定しているといってもいいでしょう。通常は、スキルを1つも持たないか、多くても3つ程度になります。ほとんどの場合は、スキルを1つ持って産まれます。成長過程で、新しくスキルを覚えることはありますが、生まれもったスキルのほうが成長スピードが速く、重要視されています≫
(生まれ持った才能っていうやつなのかな?とにかく、ばれないためには、どうしたらいい?)
≪鑑定スキルをレベル6まで上げることで、『カモフラージュ』を取得することができます。このスキルは、自身の鑑定結果を意図的に偽装することが出来ます。「カモフラージュ」を習得することで、表面上は平凡な結果しか出ないようにすることができます。そのため、鑑定スキルを今から上げ始めたほうがいいでしょう≫
(鑑定結果を偽装!? よし、ナビやるよ!六歳まであと五年か、時間はないね!)
≪承知いたしました。鑑定スキルは、とにかく使用することが大切です。まずは、身近にあるものから鑑定していきましょう。鑑定スキルレベル1では、対象の名前しか表示されません≫
(名前だけか。でも、異世界の物を鑑定するって楽しみ!)
ナビとしばらく今後について話していたら、朝食が運ばれてきた。
黒パンと、温かいシチュー、そして牛乳だ。
(よし、まずはここからスタートだ!)
私はテーブルに並べられた朝食のパンに視線を向け、心の中でナビに問いかけた。
(ナビ、鑑定ってどうやるの?)
≪鑑定したい対象の物を視界にいれ、「鑑定」と唱えてください。声に出さず、心の中で唱えるだけで鑑定ができます≫
黒パンを見つめ、
(鑑定!)
と心の中で唱えた。
『鑑定結果:ライ麦パン』
(名前しか表示されないって言ってたけど、本当に名前だけだ!)
≪現在の鑑定スキルレベル1では、これが限界です。スキルレベルが上がれば、製造者や品質など、複数の情報が読み取れるようになります≫
(パン一つ鑑定しただけで、なんだかワクワクするね!)
次に、自分のシチューの入った木製ボウルを鑑定する。
『鑑定結果:木のボウル』
(うん、見たまんまだね。むしろ鑑定した意味あるのかなって思うレベルだけど、楽しいな)
続けて、牛乳の入ったマグカップ、テーブルと鑑定していく。
ただ名前を知るだけという地道な作業だが、私にとっては全てがこの異世界への理解を深める一歩だった。
朝食が終ると、母のエリーナが約束通り、宿の仕事に戻る準備を始めた。
宿の一階は、宿泊客が食事をとる食事処になっている。
父が食事処の隅、窓際の明るい場所に、布を敷き詰め、小さな木製の柵を立ててくれた。
私専用の遊び場の完成だ。
「セリア、ここで遊んでな。パパとママはすぐそばで仕事しているからな」
「はぁーい」
よちよちと新しい遊び場に入った私は、持ってきたおもちゃの木馬で遊び始めた。
しかし、私の本当の目的は遊びではない。
(ナビ、宿泊客がいるうちに、どんどん鑑定していくよ!)
食事処には、朝食をとる宿泊客が数組いた。
皆、辺境の宿に泊まる旅人や商人のようだ。
私が遊び場で木馬に揺られていると、中年の女性の旅人がこちらを見て微笑みかけてきた。
私はとっさに、よちよちと柵に近寄り、満面の笑顔を向けて、片言で挨拶をした。
「こんにゃちわ!」
その可愛らしい仕草に、周囲の宿泊客全員の視線が集まるのが分かった。
皆、顔を緩ませて、微笑ましげに私の様子を眺めている。
あちらこちらから、「かわいい」という声が聞こえる。
両親譲りの金色の髪とサファイアブルーの瞳は、自分でもとても可愛いと思ってしまう。
そんな可愛い子供の無邪気な笑顔は、その場にいた人たちを虜にしてしまったようだった。
(ふふ、子供は警戒されにくいから、愛想を振りまいて鑑定しまくるぞー!)
声をかけた女性客が
「可愛いねぇ」
と声をかけながら、私の柵のそばまで来てくれた。
(しめた!ペンダントやピアスのアクセサリーもよく見える!鑑定!)
私は女性客の耳に光る小さなピアスを鑑定した。
『鑑定結果:ルビーのピアス』
(よし、成功!)
次に、女性客が身につけている洋服の生地を鑑定する。
『鑑定結果:リネン生地の旅装』
女性客は嬉しそうに私を眺めている。
私は人懐っこく手を振って愛嬌を振りまきながら、女性客の周囲のものを次々と鑑定していく。
『鑑定結果:革袋』
『鑑定結果:携帯用ナイフ』
私の行動は、人見知りしない可愛い赤ん坊が、好奇心旺盛に遊んでいるようにしか見えないはずだ。
その女性客が席に戻ると、今度は筋骨隆々の男性の冒険者が、私の前に腰を下ろした。
「嬢ちゃん、一人で遊んでるのか。偉いな!」
「こんにゃちわ!」
笑顔で挨拶をする。
(挨拶は大事だよね!)
男性は、私の笑顔にやられてしまったのか、目じりを思いっきり下げて、デレデレしてしまっている。
その間に彼の腰にある剣に鑑定をする。
『鑑定結果:鉄製の長剣』
次に、男性のブーツに。
『鑑定結果:登山用ブーツ』
『鑑定結果:布製のマント』
持ち物を鑑定していると、目の前の冒険者がジッと私のことを見ていることに気が付いた。
不思議に思い、冒険者を私も見つめる。
「それにしても濃いサファイヤブルーの瞳だな。珍しいな。将来が楽しみだな」
そういうと、男性は大きな手で私の頭をワシャワシャと撫でた。
(将来が楽しみって、どういうことだろう?可愛いってことかな!えへへ)
そのあと、彼の持ち物の鑑定が終ると、私は笑顔で「ばいばーい」と手を振り、目の前を通る宿泊客の持ち物を次々と鑑定していった。
そうして、鑑定を続けること2週間。夕食の時だった。
「セリアご飯食べましょうね」
ママがスープとパンを用意してくれた。
「はぁーい!」
(とりあえず、ご飯も鑑定!)
『鑑定結果:野菜たっぷりスープ』
と鑑定結果が表示された瞬間、頭の中にアナウンスが流れた。
『鑑定スキルがレベル2になりました』
(やったー!レベル2に上がった!)
≪素晴らしいです、セリア様。2週間で鑑定スキルの経験値が上限に達しました≫
(毎日頑張ったけど、そんなにすぐレベルってあがるの?)
≪レベルが上がるたびに必要な経験値は増えるため、レベル2に上がるのは、比較的簡単だといえます。しかし、セリア様には初心者安心パックの歴代転生者アンケート第5位「レベル上げばっかりしていて、気が付いたら人生終わってた」との声より実装された経験値増加スキルをお持ちです。そのため、短期間でレベルアップしたと考えられます≫
(おおー!レベル上げが楽になるのは、本当に助かる!)
レベルアップの喜びを感じながら、私は目の前のおもちゃを鑑定した。
『鑑定結果:木馬、ランク:E』
(わあ!名前だけじゃなくて、ランクまで表示されるようになった!)
≪このペースならば、六歳までに鑑定スキルレベル6に到達し、『カモフラージュ』の習得は確実です≫
ナビの言葉に、私は静かに決意を固める。
(よし!少しでも早くレベル6になるように頑張るぞー!)
私は、一歳の誕生日を機に、すごいスピードで鑑定スキルのレベルを上げていくことになる。




