斧形の杖
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西門近くでの採取を終え、私とガウルは昼過ぎにディートムの街へと戻ってきた。
太陽はまだ高く、街は活気に満ちている。
私のカバンは軽く揺れているが、アイテムボックスに大量の毒消し草が収められている。
「ガウルおにーちゃん、セリア、これからバルカスおにーちゃんのところに行きたい!さっき、ガウルおにーちゃんが言ってくれた、杖の相談をしたいでしゅ!」
私が期待に胸を膨らませてお願いすると、ガウルは優しく目を細めた。
「『斧の形をした杖』ですね。私も斧のメンテナンス状況が気になりますし、一緒に行きましょう」
カン、カン、とリズミカルに響く重い音。
バルカスおにーちゃんの鍛冶場だ。
扉を開けると、昼の熱気と火花の匂いが混じり合って鼻をくすぐった。
そこには、逞しい腕を振るって真っ赤に焼けた鉄を打つバルカスの姿があった。
「バルカスおにーちゃん、こんにちわー!」
「……ん?セリアお嬢ちゃんか。ガウルも一緒か。ガウル、悪いが斧の研ぎ出しはまだ途中だぞ。明日にはきっちり仕上げてやるから、今日は大人しく待ってな」
バルカスは手を止め、額の汗を拭いながらこちらを向いた。
「ガウルおにーちゃんの斧は明日で大丈夫でしゅ。今日はね、バルカスおにーちゃんに大事な相談があるの!」
私は意を決して、平原でガウルおにーちゃんが提案してくれた「最高の名案」を切り出した。
「セリアね、将来作ってほしいものがあるんでしゅ!……斧の形をした『杖』がほしいの!」
バルカスは一瞬、きょとんとして金槌を持ったまま固まった。
「……はあ?杖を、斧の形にする……だと?」
「そうでしゅ!セリア、斧がかっくいーから好きなんでしゅ!でも、近くで戦うのは怖いの。だから、杖を見た目がかっくいー斧にしたいんでしゅ!」
バルカスは眉間に皺を寄せて考え込んだが、隣でガウルが補足するように口を開いた。
「バルカスさん。私が提案したんです。セリアさんは斧に憧れを持っているようです。それなら、杖の機能を斧の形状に落とし込めば、彼女の夢も実利も両立できるのではないかと考えまして」
バルカスはガウルを一瞥し、それからニヤリと不敵に口角を上げた。
「……なるほどな。杖を斧に見せかけるか。帝都の気取った魔導師どもが聞いたら腰を抜かしそうな注文だが……面白いじゃねぇか。ただの木を削った杖じゃ芸がねぇ。いざって時に相手の攻撃を受け流せる、本物の武器としての強度も持たせなきゃならねぇな」
「それ、とってもステキでしゅ!バルカスおにーちゃん将来セリアの杖を作ってくれる!?」
私は期待に目を輝かせてバルカスのエプロンを掴んだ。
「ああ、将来の話だがな。冒険者登録ができる十歳くらいになれば、今より体も大きくなる。だが、それでも大人が使う斧は重すぎるし、杖としての魔力伝導率も考えなきゃならねぇ。普通の鉄じゃ重すぎるし、木じゃ強度が足りねぇ」
バルカスは腕組みをして、鍛冶場の奥にある素材の棚を見つめた。
「十歳そこらのガキが扱える軽さと、実戦に耐えうる頑丈さ。……この二つを両立させるなら、材料はミスリル一択だな」
「みすりる?」
「ああ。魔法との親和性が良くて、鋼鉄よりも硬く、それでいて驚くほど軽い。それを使えば、斧の形をしていても、十歳のお前が軽々と振れる重さにできるだろうな」
ガウルが横で小さく吐息をもらした。
「バルカスさん、ミスリルとなると……金貨が何枚あっても足りないような、とんでもない額になりますよ」
「わかってる。だが、セリアが本気で世界を旅する冒険者になりたいってんなら、そのぐらい持てるような冒険者になってもらいたいからな。もっとも、代金は十歳になったセリアでは払うのは厳しいだろうがな」
バルカスは笑いながら、私の頭をくしゃりと撫でた。
「だから、これは約束だ。お前が冒険者になって、その杖を扱えるだけの魔導師になった時、俺が最高の斧形の杖を打ってやる。それまでに俺も腕を磨いて、材料を探しておく。……どうだ、セリア?」
「わぁ……!絶対、絶対お願いしましゅ!セリア、頑張ってたくさん薬草見つけてお金貯める!」
「はは、いい返事だ。……おい、お前ら。このアイディアは三人だけの秘密だぞ。他の奴に知られて、面倒なことに巻き込まれたくねーからな」
ガウルは深く頷き、拳を胸に当てた。
「承知いたしました。セリアさんの夢の設計図、大切に預かっておきましょう」
熱気に満ちた鍛冶場の中で、私たちは小さな、けれど熱い約束を交わした。
翌朝。
朝の光が街を爽やかに照らす中、ガウルの斧のメンテナンスが完了した。
受け取った斧は、バルカスの手によって以前よりも鋭く、力強い輝きを放っている。
ガウルはそれを慣れた手つきで背負うと、辺境都市ディナへと戻る旅支度を整えた。
宿の玄関先で、ガウルは私の前に跪き、視線を合わせた。
「セリアさん。短い間でしたが、あなたのおかげでとても有意義な滞在になりました。私はこれから一度ディナに戻ります」
「ガウルおにーちゃん、もう行っちゃうの?」
「ええ。ですが、数ヶ月に一度はこうしてバルカスさんのところに斧のメンテナンスにきます。その時はまた一緒に採取に行きましょう」
「本当!?じゃあ、またすぐに会えるね!」
「もちろんです。ですから、寂しそうな顔をしないでください」
ガウルは優しく微笑んだが、すぐに少し心配そうな顔をして声を潜めた。
「……最後にもう一度言いますが、セリアさん。あなたの持っている『アイテムボックス』は、決して不用意に他人に見せてはいけませんよ。周りにバレないよう、細心の注意を払ってください。いいですね?」
「わかったでしゅ。ガウルおにーちゃん以外の前では、絶対に気をつけるね」
私が元気に返事をして、一歩後ろに下がった……ふりをした。
そして、周囲に誰もいないことを確認してから、カバンの奥に手を伸ばした。
(アイテムボックスオープン、……リスト、コーラ4本!)
鞄から取り出した冷たい缶を、ガウルの手に押し付ける。
「おにーちゃん、これ!ディナまで遠いんでしょ?喉が渇いたら飲んで。これ飲むと、元気が出るから!」
ガウルは受け取った缶の冷たさに、それが昨日飲んだあの不思議な飲み物だと気づいた。
そして、慌てて缶を隠すように抱え込んだ。
「セリアさん!……あぁ、もう。今注意したばかりなのに。こういうのもダメですよ。貴重なものをそう簡単に渡しては……」
ガウルはお礼を言いながらも、困ったように眉を下げて私を見つめた。
「ですが、あなたのその優しさが、私には一番の贈り物です。……大切に、隠して飲みますね。では、また数ヶ月後に」
彼は立ち上がり、何度も振り返り、心配そうにセリアを見つめながら、西門へと向かっていった。
ガウルが見えなくなるまで、私はずっと手を振り続けた。
ガウルが去った後のディートムの街は、いつも通り穏やかに時間が流れている。
けれど、私の中には確かな変化があった。
今の私はまだ三歳。
パパとママの作る美味しいご飯を食べて、時々お使いに行って、夜はふかふかのベッドで眠るだけの小さな子供だ。
けれど、私の瞳に映る景色は、昨日までとは少し違って見えた。
(いつか必ず。十歳になったら、あの門を自分の足で踏み出して、ミスリルの斧形の杖を持って世界を旅する!)
私は空を見上げた。
テラリスの空はどこまでも高く、私の知らない冒険がそこら中に転がっているはずだ。
私には、鑑定スキルがある。
魔力もカンストしている。
そして、優しい両親や友人もできた。
恵まれいるなぁ。
神様ありがとうございます。
「セリアー!いつまで外にいるんだ?もうすぐお昼ごはんだよ!」
宿の中から、パパの呼ぶ声が聞こえる。
「はーい!今いくー!」
私は元気に返事をして、石畳を蹴って宿の中へと駆け込んだ。
やりたいことが多すぎて、毎日あっという間に過ぎていく。
(ナビ!今日も頑張るよ!)
≪はい、セリア様。今日も一日頑張りましょう≫




