ガウルおにーちゃんを守れ
本日も、お楽しみ頂ければ幸いです。
自分のステータスの確認という、あまりに衝撃的な時間を過ごした後、私はベッドに大の字になって天井を仰いだ。
頭の中ではまだ、先ほどのステータス画面がチカチカと残像を残している。
(……魔力カンストに地球調味料セット。それに防御スキル。……うん、もう笑うしかないよね)
自分の規格外さに乾いた笑いが出そうになるのをこらえ、私はむくりと起き上がった。
今は異世界のチート能力に酔いしれている場合ではない。
(明日の準備をしないと!)
私は枕元に置いていた小さな革の巾着袋を取り出し、中身をベッドの上にぶちまけた。
チャリン、と硬質な音が響く。
「……一、二、三……。全部で銅貨二十七枚かぁ」
これは、ここ一週間で、町中に生えていたグリーンリーフをこつこつと見つけては、薬屋へ売って貯めたものだ。
三歳の子供が持つ金額としては、なかなかの大金と言えるだろう。
(明日はガウルお兄ちゃんに、護衛として町の外までついてきてもらうんだもん。ただでさえBランクの冒険者を格安で拘束しちゃうんだから、せめて美味しいお昼ご飯くらいは私が用意しなきゃ)
ガウルとの夕食の約束までは、まだ二時間ほどある。
私は気合を入れ直すと、巾着を腰に括り付け、足取りも軽く部屋を飛び出した。
宿を出て少し歩くと、香ばしい小麦の焼ける匂いが漂ってきた。
私がまず向かったのは、近所でも評判のパン屋だ。
ここは宿の朝食用に両親がパンを仕入れている店でもあり、私も幼い頃からよく顔を出している。
「こんにちはー!おねーさん、いるー?」
「あら、セリアちゃんじゃない。いらっしゃい。今日はお使い?」
パン屋の看板娘であるお姉さんが、小麦粉のついた手で腰を折って笑いかけてくれる。
私は背伸びをして、並んでいるパンを覗き込んだ。
「ううん、今日はセリアの買い物! あのね、いつもパパたちが買ってる黒パンじゃなくて、それより柔らかいパンってないかな?」
この世界の一般的な主食である黒パンは、保存性は高いがとにかく硬い。
スープに浸して食べるのが前提のような食べ物だ。
けれど、明日のピクニック気分なお昼ご飯には、もう少し「サンドイッチ」に向いたパンが欲しかった。
「柔らかいパン?それならこれかしらね。茶色のパンだけど」
お姉さんが差し出したのは、大人の拳よりも一回り大きな、ふっくらとした形のパンだった。
「これは一つ銅貨四枚もするから、普段使いには少し高いわよ。でも、黒パンより柔らかくて、水気がなくても食べやすいから、日帰りで討伐に行く冒険者たちがよく買っていくの」
(一つ銅貨四枚……。三つで十二枚か。予算の半分近くいっちゃうけど……、背に腹は代えられない!)
「これにする!三つください!あとね、おねーさん、お願いがあるんだけど……このパンの真ん中に、こう、横に切れ込みを入れてもらえるかな?」
「切れ込み?ええ、いいわよ。何か挟んで食べるのかしら」
お姉さんは手際よくナイフでパンに切り目を入れ、紙袋に包んでくれた。
温かいパンの感触が、袋越しに伝わってくる。
次に私は、隣の肉屋へと足を向けた。
今朝食べたコカトリスの肉が理想的だったが、さすがに魔物のお肉はちょっと高い。
「おにーさん、鶏肉を三枚ください!」
「はいよっ!」
私は予算内で買える、新鮮で弾力のある鶏肉を手に入れた。
買い物袋を抱えて宿に戻ると、ちょうど父が厨房で夕食の下ごしらえを始めていた。
「パパ、ただいま!これね、明日のためにお肉買ってきたの。焼いてほしいな!」
「おかえり。……お、いい肉じゃないか。自分で買ったのか?」
「うん!それでね、明日持っていくから、できれば明日の朝、焼いてほしいんでしゅ」
「わかった、朝一番で焼いておくよ。その方が傷みにくいし、美味しいからな」
パパは快く引き受けてくれた。私はさらに付け加える。
「あと、裏庭の野菜も少しもらっていい?」
「ああ、好きなだけ持っていきなさい。……セリアは本当に、ガウルさんのことが気に入ったんだな」
パパにからかわれ、私は少し頬を赤くしながら
「だって優しいんだもん!」
と返して厨房を後にした。
自室に戻ると、私はドアに鍵をかけ、ベッドの上にパンを並べた。
「アイテムボックス、収納」
誰もいない室内で、私は小声で唱えた。
アイテムボックスの中は時間停止機能がついてるから、明日の朝まで乾燥することもなく、焼き立てのように保存できる。
準備は完璧。私は満足げに頷くと、ガウルとの夕食のために食堂へ向かった。
一階の食堂に降りると、夕食のピーク前ということもあり、程よく活気づいていた。
窓際の席には、すでにあの大きな背中――ガウルが座っていた。
「ガウルおにーちゃん、お待たせ!」
「セリアさん。いえ、私も今来たところです」
ガウルは私を見ると、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
そのギャップのある笑顔を見るたび、なんだかとても嬉しくなる。
私たちは運ばれてきたスープとパンをつつきながら、明日の計画を話し合った。
「パパとは前、東門の方で採取したから、明日は西門の方に行きたいな。西門の方は広い平原があるって聞いたし、珍しい物が見つかるかもしれないでしゅ」
「西門ですね。あそこは見通しが良いですが、稀にウルフが出ます。ただ、人通りも多いですので安全に採取できると思いますし、もちろん何かあれば守ります」
ガウルは頼もしく頷いた。
「あとね、おにーちゃん。明日、もし時間があれば、一緒にお昼ご飯食べない?セリアが用意するから!」
「えっ……。私が、いただいても良いのですか?」
「もちろんでしゅ!美味しいの作るから、楽しみにしててね」
ガウルが「それは楽しみです」と本当に嬉しそうに目を細めた、その時だった。
「――おいおい、何だぁ? その締まらねぇツラはよぉ」
背後から、酒の臭いと共に下品な声が割り込んできた。
振り返ると、そこにはいかにも素行の悪そうな三人組の冒険者が立っていた。
彼らはガウルを囲むように立ち、あざ笑うような視線を向ける。
「これは有名な『一匹狼の戦士』様じゃねぇか。一匹狼ってカッコつけてるけどよ、実はただのガキ好きなだけだったのか?俺たちの誘いを断り続けてる理由はこれかよ、ガハハハ!」
ガウルの肩が、ぴくりと震えた。
彼は反論することなく、ただ静かに視線を落とす。
私が、冒険者に何か言おうとした時だった。
「いいんです、セリアさん……。いつものことですから」
ガウルのその寂しげな横顔を見て、私の胸の中に、ふつふつと熱い怒りが湧き上がってきた。
(いつものこと……?こんなに優しいガウルお兄ちゃんが、ずっとこんな奴らにバカにされてきたっていうの!?)
冒険者たちは止まらない。
「おいおい、明日はそのガキとデートか?微笑ましいねぇ。どこが一匹狼なんだよ、一匹狼なんて笑わせるなよ」
――ぷつん、と。私の中で何かが切れる音がした。
私は椅子の上に立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちになった。
「ガウルおにーちゃんに相手にされなかったからって、見苦しいでしゅよ!」
子供特有の高い、けれどよく通る声が食堂中に響き渡った。
ガウルが驚いて私を見上げる。
男たちも予想外の反撃に、一瞬言葉を失った。
「あぁ? 何だこのガキ。……子供だからって、優しくしてもらえると思うなよ?」
「そっちこそ、大人だからって、セリアが怖がると思わないことでしゅね!だいたい、セリアとガウルおにーちゃんがデートして、何が悪いでしゅか?セリアは、ちゃんと相手を選んでデートしてましゅ!」
私の物言いに、周囲のテーブルで食事をしていた常連の冒険者たちが、ニヤニヤと笑いながら加勢し始めた。
「そうだぜ。セリアちゃんはあのAランクパーティ『ランド・エッジ』のロイドに求婚するほど、見る目があるからな!」
「この前もCランクの冒険者を『おこちゃま』扱いしてたし。兄ちゃんら、格下だと思われてるぜぇ?」
食堂全体にワハハハ、と大きな笑い声が広がる。
男たちの顔が屈辱で赤黒く染まっていく。
「相手にされないからって、格好悪いことしないでくだしゃい!」
私が最後の一押しをすると、リーダー格の男が激昂し、机を叩いた。
「このクソガキがぁっ!調子に乗りやがって!」
男が大きな手を振り上げ、私に向かって振り下ろそうとした、その瞬間。
――ドンッ!!
目にも止まらぬ速さで、ガウルが動いた。
気がつくと、ガウルの太い腕が男の胸ぐらを掴んでおり、そのまま床へと叩き伏せていた。
ガウルの背中から、今まで見たこともないような、冷たくて鋭い殺気が放たれる。
「……セリアさんには、指一本触れさせません」
その低い、地を這うような声に、食堂が一瞬で静まり返った。
Bランク戦士としての実力が、一瞬で場の空気を支配したのだ。
男たちはガウルの威圧感に腰を抜かし、這うようにして食堂から逃げ出していった。
「……セリアさん、お怪我はありませんか?」
ガウルが慌てて私の方を向き、心配そうな顔に戻る。
そのあまりの変わりように、私は思わず噴き出してしまった。
「大丈夫!ガウルおにーちゃん、かっこよすぎでしゅ!」
私の言葉に、ガウルは耳まで真っ赤にして俯いた。
「……いえ。セリアさんが、あんな風に私のことを庇ってくれて……。本当に、嬉しかったんです」
そう言って、彼は照れくさそうに、けれど今までにないほど深く、心からの笑顔を見せた。
(……わぁ、なに今の笑顔。反則だよぉ……)
胸が少しだけ熱くなり、ドキドキするのを感じながら、私は「もう一回スープ飲も!」と照れ隠しに声を上げた。
その夜、私たちは楽しく話し続け、翌朝の冒険へと想いを馳せた。




