バルカスおにーちゃんと、もう一人のおにーちゃん
今日も楽しんで頂けたら嬉しいです。
もらった5本の串焼きを手に、少し悩んだあと、私は武器屋へ向かうことにした。
(バルカスおにーちゃんにも、この美味しい串焼きを食べさせてあげたいな!)
私は勢いよく武器屋の戸を開けた。
「バルカスおにーちゃん、きたよー!」
店に入ってすぐ、まるで壁のように立ちはだかる、背中に巨大な斧を背負った男性の後ろ姿が目に飛び込んできた。
バルカスは、ちょうどその男性と話し込んでいる最中だったようだ。
男性の背中からひょっこりとバルカスが顔を出した。
「おお、セリアお嬢ちゃんか。ちょっと待ってろ」
「はーい!」
バルカス自身も大柄であるが、そのバルカスをすっぽり隠してしまうほど、目の前の男性はとても背が高い。
私の声で会話が途切れたため、背を向けていた男性が振り返った。
しかし、キョロキョロと周囲を見回して声の主を探しているようだが、私のことは見つけられないようだ。
「おにーちゃん、セリアは下でしゅよ」
私が下から声をかけると、まさか自分の足元に子供がいたと思わなかったのだろう、その大柄な男性は「ビクッ」と肩を震わせて驚いた。
そして、恐る恐る視線を下げた。
私は首を思いっきり上に向けて、その大きな男性の顔を見つめた。
目が合うと、男性はすぐに居心地悪そうに視線をそらし、店内の天井を見上げた。
そしてバルカスの方を向くと、男性は急ぐように
「では、よろしくお願いします」
と言い残し、まるで逃げるように店を出ようとする。
「おい、待て待て!まだ注文聞き終わってないぞ!」
バルカスが思わず、その男性にツッコミを入れた。
よく分からないが、なんだが私を避けているみたいだ。
バルカスは私を見て、少し考えてから、男性に声をかける。
「ああ、このセリアお嬢ちゃんなら、たぶん大丈夫だ。泣いたりしねーよ」
と伝えると、大きな男性は私に背を向けたまま足を止めた。
私が「泣く?」と話が見えず、きょとんとしていると、バルカスが事情を説明してくれた。
「こいつは体が大きいし、でかい斧持ってるだろう?だから、すぐに子供が泣きだすんだよ。それがトラウマなんだ」
私は前世の記憶があり中身は成人女性だから気にならなかったが、たしかに子どもにとっては巨漢の戦士は恐怖の対象だろう。
だが、私と目が合ってもすぐに逸らしたり、怖がって逃げようとしたりする様子から、この男性が本当は優しい人物だとわかった。
私は改めて男性の正面に立ち、見上げて問いかけた。
「私はセリアだよ!おにーちゃん、名前はなんていうの?」
まだ少しびくびくしている男性は、私の真っ直ぐな瞳に観念したように小さな声で答えてくれた。
「……ガウル、と言います」
ガウルの持っている斧が、真っ黒ですごく大きく、私はきっと目をキラキラさせていたと思う。
「ガウルおにーちゃんって戦士?私も将来、斧持ちたいの。そのかっくいー斧見せて!」
まったく自分を怖がらない私の無邪気さに、ガウルは戸惑いながらも、そっと背負っていた大きな斧を下ろして見せてくれた。
そして、硬い床に膝をつき、少しでも私の視線に合わせようと体をかがめた。
「セリアさんには、この斧は少し重そうですね」
その大きな体からは想像できないほど、彼の声と話し方は優しかった。
(あっ、そういえば串焼き!)
私は手に持っている串焼きを思い出し、右手で串焼きの入っている袋を自慢げに高く持ち上げた。
「そうだ!この串焼き、すごく美味しいんだよ!バルカスおにーちゃんとガウルおにーちゃん、みんなで一緒に食べよ!」
「お?ちょっと小腹がすいてたんだ。セリア嬢ちゃん、ありがとな」
バルカスは店の隅に置いてあるテーブルの上を綺麗にし、リンゴジュースとお茶を2つ持ってきてくれた。
「バルカスおにーちゃん、ありがとー!」
全員席に着くと、私は持っていた串焼きの袋を開いた。
その瞬間、コカトリスの濃厚なスパイスの香りが店内に広がった。
「おお、こりゃ美味そうだな。セリアお嬢ちゃん、悪いな」
バルカスは遠慮なく一本取り、豪快にかぶりついた。
「うん!うまい!」
ガウルはまだ戸惑っていたが、バルカスに勧められて恐る恐る手を伸ばした。
「ガウルおにーちゃんも、早く食べよ!」
私の無邪気な笑顔に絆されたのだろう。
ガウルは串焼きを受け取ると、ゆっくりと食べ始めた。
その大きな瞳が、肉の味に驚き、少し潤んだように見えたのは、気のせいではないだろう。
(ふふ、やっぱり美味しいよね!)
「セリアは、さっき1本食べてきたから、バルカスおにーちゃんと、ガウルおにーちゃんは2本どうじょー」
「お?いいのか?ありがとな」
「セリアさん、ありがとうございます」
二人は、あっという間に2本食べ終わってしまい、お茶を飲んで私が食べ終わるのを待ってくれているようだ。
改めてガウルおにーちゃんを見ると、その巨体は、まさに壁のようだった。
だが、顔は決して怖くない。
長く伸びた紺色の髪は、左目を覆い隠していたが、露わになっている右目は深い紺色をしていた。
その瞳は、威圧感とは無縁の、どこか寂しげで可愛らしい丸い目をしている。
まるで、身体は大きいけれど、心は優しい大型犬みたいだ。
串焼きを頬張りながら、私はガウルに尋ねた。
「ガウルおにーちゃんは、どこに住んでるの?普段はこの町で活動してる?」
ガウルは、今度はしっかり私のほうを見て、優しく答えてくれた。
「私は、辺境都市ディナで活動することが多いです。この町には、武器の購入や修理をするために来るぐらいですね」
バルカスが、にやにやとガウルを見ながら口を挟んだ。
「こいつはずっとソロで活動していてな。それでBランクまで行ったんだ。ここらへんじゃ有名な『一匹狼の戦士』よ」
「Bランク!? すごーい!」
冒険者のランクはEからA、さらにSとあるのを宿泊客の会話から知っていた。
Bランクということは、冒険者になってから長いのだろうか。
「Bランクってことは、ガウルおにーちゃんは冒険者になって長いの?いくつでしゅか?」
ガウルは少し俯き、困ったように笑った。
「私は、16歳です」
その言葉に、私は串焼きを持つ手を止めて、驚きで目を見開いた。
(え、16歳!?日本だと、まだ高校生ぐらいってこと!?)
その体躯や醸し出す雰囲気から、てっきり二十台後半かと思っていた。
「16歳でBランクって、結構すごいんだぜ」
バルカスが、まるで自分の家族のように自慢する。
バルカスに褒められて、ガウルは少し恥ずかしそうに、自分の過去を教えてくれた。
「私は孤児で、小さいときは食べられない日も多く、冒険者登録ができる十歳までは、本当に小さくてガリガリだったんです」
その大きな体からは想像もつかない過去だ。
「十歳になり冒険者登録ができると、自分で稼ぐことが出来るようになったので、すいぶん生活が楽になりました。食事がまともにとれるようになってからは、体が急成長して、今ではどこへ行っても驚かれますよ」
彼はなんでもないことのように淡々と話しをしていたが、とても苦労したのだろう。
バルカスが懐かしそうな目をして、ガウルの話を聞いていた。
「初めてあったときは、まだカウルは小さくてな。それなのに自分の背丈より大きい斧をずっと見つめてたな」
「はい。初めてバルカスさんのところに武器を買いに来た時、ある程度お金は溜めていましたが、欲しい武器には足りませんでした。そしたら、バルカスさんが『代金は後からでいい』と言ってくれて、その斧を売ってくれたんです」
ガウルはバルカスに深々と頭を下げた。
「それから、ずっとバルカスさんのところで武器を新調したり、メンテナンスをしてもらっています。普段は辺境都市ディナを中心に活動していますが、定期的にこちらに通っているんですよ」
わざわざ自分のところまで来てくれるのが嬉しいのだろう。
バルカスは照れくさそうに頭をポリポリとかいた。
バルカスは見た目は怖いが、とても優しく照れ屋である。
「バルカスおにーちゃんは、やさしくてかっこいーです!」
「はい、間違いありません」
ガウルと見つめあってニコニコしていると、横からバルカスの手が伸びてきた。
その手には、薄い水色の素敵なハンカチが握られていた。
「まったくセリアお嬢ちゃんは、口の周りが大変なことになってるぞ」
と優しく、ハンカチで口の周りを拭いてくれ、最後に手まで拭いてくれた。
完全にギャップ萌え...
「バルカスおにーちゃん、ありがとー。やっぱり、セリアはバルカスおにーちゃんが大好き!」
「ぬおっ!だ、だい...す...」
バルカスは、顔を真っ赤にしロボットのようにぎこちない動きで、お茶を片付けるために店の奥に逃げてしまった。
バルカスが、しばらく戻りそうにないので、私は店内の武器を鑑定することにした。
(あ、そういえばガウルおにーちゃんの武器鑑定してみよう!鑑定!)
『鑑定結果:鉄の斧、ランク:B、製作:バルカス』
と鑑定結果が表示された瞬間、頭の中に久しぶりに聞くアナウンスが流れた。
『鑑定スキルがレベル5になりました』
(ナ、ナビ!鑑定スキルがレベル5になった!!)
≪セリア様、おめでとうございます。想定より、早くレベルアップいたしました≫
ナビとこっそり、鑑定スキルがレベル5になったことを喜んでいるとバルカスが戻ってきた。
私と一緒に静かにバルカスを待っていたガウルは、斧を見ながら尋ねた。
「バルカスさん、今回のメンテナンスはどれぐらいで終わりそうですか?」
「ああ、今回は刃こぼれがひどいからな。研ぎと調整で丸2日はかかるなー」
「そうですか。では、2日後に改めて来ます」
ガウルがそう言うと、バルカスは呆れた顔をした。
「まさか、またお前は野宿でもしようと思ってるんじゃねーだろーな」
「はい、町の外で野宿をしようかと」
「なんで宿に泊まらないの?セリアの家、宿でしゅよ!」
私が宿を経営していることを伝えると、ガウルは困ったように大きな体を縮めた。
「実は、体が大きいため、一人部屋だと窮屈で、かえって眠れない時があるんです。野宿の方が気が楽で...」
それを聞いた私は、頭の中で算段を始めた。
(なるほど。広い部屋なら泊まってくれるかもしれない)
「ねえ、ガウルおにーちゃん!」
私は両手を胸の前で組んで、ガウルを見上げた。
「パパにお願いして一人部屋の料金で、広い二人部屋に泊まれないか聞いてみるでしゅよ。その代わり、お願いがあるの!」
ガウルは驚きながらも、私の真剣な眼差しに頷いた。
「もし交渉が成立したら、明日1時間だけでもいいから、町の外に一緒に行ってほしいの」
「町の外、ですか。それは少し危ないのでは?」
ガウルは私の小さな体を心配して、眉をひそめた。
「大丈夫!セリアが行きたいのは町の外といっても、門のすぐ近くなの。薬草を採取したいんでしゅ」
ガウルは少し考えた後、優しく微笑んだ。
「宿に泊まれなくても、護衛としてついていくのは構いません。ですが、まずはご両親が了承してくれたらの話ですよ」
そのやり取りを聞いていたバルカスが、面白そうに声を上げた。
「セリアお嬢ちゃん、Bランクの戦士に護衛を頼むと、一日で最低でも小金貨3枚はかかるんだぜ?」
その言葉を聞いた瞬間、私の興奮は一気にしぼむ。
「さ、30...30分でもいいでしゅ......」
私は勢いを失い、蚊の鳴くような声で呟いた。




