本と借金
宿に戻ると、母が昼食の準備をしているところだった。
父はすぐに母の手伝いのため、キッチンに向かった。
私は食堂のテーブルを拭いたりして、自分が出来ることでお手伝いをする。
手伝いをしながらも、私の頭の中は、さっきの不思議な卵のことでいっぱいだった。
(ねえ、ナビ。アイテムボックスに卵が入ったってことは、卵は死んでるのかな?)
≪セリア様の魔力を吸収したという事象から、卵が生きている可能性は高いと推測されます。しかし、アイテムボックスに生きたものが収納できないという法則との矛盾が生じてしまいます≫
(うーん…じゃあ、なんでアイテムボックスに入っちゃったの?)
≪考えられる可能性として、卵が何らかの仮死状態、または休眠状態にあり、システム側がそれを『生きたもの』と認識しなかった可能性があります≫
(仮死状態…)
私は、あの白く輝く卵の美しさと、触れた瞬間の恐ろしさを思い出した。
≪いずれにせよ、あの卵はセリア様の魔力を吸収しました。セリア様は魔力カンストスキルをお持ちのため大事に至りませんでしたが、通常の魔導師であれば、気絶や死に至っていた可能性はあります。むやみに触るのは控えてください≫
(うん、分かった)
伝説ランクの卵。
売れば本が何冊買えるか分からないほどの価値があるかもしれないが、ナビが情報を持っていない以上、扱いは慎重になったほうがいい。
お昼時になり、食堂は冒険者や商人達でにぎわっていた。
常連客の一人が、私を呼んだ。
「セリアちゃーん、ランチセット二つと、ビール二つ!」
「はーい!」
私は、キッチンにいる父に注文を通す。
「ランチふたちゅー、ビールふたちゅー」
(早く大きくなりたい。噛むの恥ずかしい...)
心の中で思っていると、注文を受けた常連客にからかわれてしまった。
「セリアちゃんの噛みオーダーは癒されるなぁ。『ふたちゅ』可愛えぇ」
私はぷくっと頬を膨らませた。
「そんなこと言ういじわるなおにーちゃんには、ビール泡だらけにしましゅよ!」
そして、すたすたとキッチンに向っていき、父に告げた。
「ビールひとちゅは、泡おおめで!」
父は笑いながら、「はいよっ!」とビールをジョッキに注いだが、半分は泡になったビールだった。
ビールが入ったジョッキを、母に渡す。
そして、母がニッコリスマイルで、セリアをからかった冒険者の元へ。
「あんまりセリアをいじめちゃだめよ」
そう言いながら、半分が泡のビールを渡した。
冒険者は苦笑しながらも、楽しそうに受け取った。
「セリアちゃん、ごめんね。セリアちゃんが可愛くていじわる言っちゃったね。許してくれない?」
困った顔をしている常連の冒険者の顔をチラッと見る。
キッチンにいる父の元に行き、父を手招きする。
父が私の背に合わせて腰をかがめてくれた。
冒険者に聞こえないように父に耳打ちした。
父はセリアに笑顔を向けるとキッチンへ消えていった。
さきほどの冒険者はセリアに嫌われてしまったのかと、肩を落としたまま仲間に励まされtながら食事をしていた。
しばらくすると、キッチンから父が顔を出した。
「セリア、できたぞー!」
私は父から受け取ると、さきほどの冒険者の元へ行く。
突然、テーブルに私が来たことに驚く冒険者二人を無視して、私はテーブルにコップを2つ置いた。
「もう、セリアは噛むの恥ずかしいんだよ。セリアに聞こえないように言ってほしいでしゅね」
「悪かったよ、セリアちゃん」
「こっちのコップは泡が多すぎたから、その分のビールでしゅ。こっちのコップは、セリアからのおごり」
それだけ言うと、テーブルを後にした。
「えっ?おごり?」
何が起こったのか分からないのか、呆然としている冒険者のほうを振り返って、私は一言告げた。
「セリアからのおごりは、リンゴジュースでしゅよ。気になる女の子にいじわるしちゃうようなお子ちゃまには、それがお似合いでしゅよ」
その瞬間、食堂はドッと冒険者や商人達の笑い声に包まれた。
その後は、食堂で一部始終を見てた人達から、「素敵なセリアちゃんにリンゴジュースを」と奢ってもらったり、「セリアちゃんは将来が楽しみだな」とチップを貰ったりした。
貰ったチップを母に渡すと、「セリアのために貯金しておくわね」と、ずっと前からセリアが貰ったチップは別で貯めてくれている。
食堂では、セリアにリンゴジュースを奢られてしまった冒険者を中心に、まだまだセリアの話題で盛り上がっていた。
「パパ、あっちだとご飯食べにくいから、キッチンで食べていい?」
「あはは。いいよ。椅子を持ってきてあげるから待ってなさい」
父が椅子をキッチンに運んでくれ、作業台にお昼ご飯のスープを置いてくれた。
「いただきまーす」
父の背中を見つめながらスープを飲む。
貴族が食事を作る?
貧乏貴族で没落して、家がもうないとか?
何か視線を感じたのか父が振り返る。
「ん?セリアどうした?食べられない物でもあったか?」
(パパ、イケメン。たしかに、貴族っぽく品がある顔をしている気がするわね)
「んーん、パパが、かっこいーなと思ってただけだよ!」
「急にどうしたんだい?セリアは世界一かわいいぞ!」
「えへへー、ありがとー!」
娘に褒められて嬉しいのか、そのあとも父はずっとご機嫌だった。
お昼ご飯を食べ終わると、父にあとで薬屋に行くと告げ、部屋に戻る。
(リスト!)
視界にアイテムボックスのリストが浮かび上がる。
≪リスト≫
グリーンリーフ×80
毒消し草×100
治癒の胞子茸×11
▲◆の卵×1
(すごい!2時間だったけど、たくさん採取できた!)
そして、やっぱりリストには「▲◆の卵×1」としっかり収納されていることが分かる。
鞄に手を入れて、頭の中で唱える。
(とりあえず卵以外の物は全部売ってみよう。リスト、グリーンリーフ80本、毒消し草100本、治癒の胞子茸11本!)
鞄の中で、薬草が現れた感触を確認すると、私はすぐに薬屋へと向かった。
薬屋には、昨日と同じ白髪の老婦人がいた。
「おばあちゃん、こんにちはー!」
「あら、セリアちゃん。今日も元気がいいね。今日はたくさん持ってきたようだね」
老婦人の目が、私のパンパンに膨らんだ鞄に向けられた。
私は鞄の中から、治癒の胞子茸と毒消し草、そしてグリーンリーフをすべてカウンターの上に出した。
「パパと町のお外で採ってきたでしゅ!たくさんあったよ!」
老婦人は、驚きに目を見開いた。
「こ、これは…!毒消し草はまだしも、この治癒の胞子茸まで持ってきたのかい!?」
老婦人は治癒の胞子茸を手に取り、その品質を丁寧に確かめた。
「どれも新鮮で、最高の品質だね。特にこの胞子茸は、体力回復薬に使われて冒険者からの需要は高いのに、見つけるのが難しくて、採取してくれる人が少ないんだよ。本当にすごい子だね、セリアちゃん。とっても助かるよ」
そのあとも老婦人は、次々と品質を確認いていく。
そして、計算を終えると、満面の笑みで私に告げた。
「では、グリーンリーフ80本で銀貨7枚と銅貨2枚、毒消し草100本で小金貨2枚と銀貨5枚、治癒の胞子茸11本で銀貨6枚と銅貨6枚、合計で小金貨3枚と銀貨8枚と銅貨8枚だね。これほど新鮮な治癒の胞子茸は久しぶりだ。また見つけたらもってきておくれ、セリアちゃん」
(さすがに小金貨5枚には、足りないか...)
昨日までに持っていた貨幣と合わせると、私は今、小金貨3枚と銀貨8枚と銅貨17枚を持っていることになる。
本に必要な小金貨5枚まで、あと小金貨1枚と銅貨3枚か...
それでも三歳の子供が、一日にこれだけ稼いだのは異例である。
気を取り直して、老婦人にお礼を言う。
「おばあちゃん、ありがとうでしゅ!」
老婦人に深々とお礼を言うと、私は急いで雑貨屋へ向かった。
雑貨屋のおじさんは、昨日と同じく店の奥に座っていた。
「おにーさん、こんにちはー!」
「おお、嬢ちゃん。また来てくれたのかい。今日もあの本を見に来たのかい?」
私はカウンターの上に、今もっているすべての貨幣を並べた。
「おにーさん!セリア、あの本を買いたいの。今、小金貨3枚と銀貨8枚と銅貨17枚持っているでしゅ!足りない分は、また持ってくるから、その本を予約したいんでしゅ」
三歳の子供が小金貨まで持っていたことに、おじさんは目を丸くした。
「ほほう…昨日来たばかりだというのに、こんなに稼いだのか。正直、その本を欲しがる子がいるとは思わなかったよ」
おじさんは、貨幣を数え、少し考えてから、優しく笑って言った。
「分かったよ、嬢ちゃん。今日のそのお金で、譲ってあげよう。その本は、わしが店を継ぐ前からずっと売れずに埃をかぶっていたものだ。どうせなら、そんなに熱心な嬢ちゃんのところにあった方が、本も喜ぶだろう」
「え…本当に!?」
私は、自分の耳を疑った。
「ああ、本当さ。だが、約束だ。残りの小金貨1枚と銅貨3枚分の代金は、いつでもいいから、持ってきておくれ」
「はい!もちろんでしゅ!」
やったー!本が手に入ったよ!
でも三歳にして、借金が...
ううん、これは先行投資だから、仕方ない!
(早く、家に帰って本が読みたいな)
私は涙が出そうなほど嬉しかった。
おじさんは、店の奥の隅から分厚い本を取り出して、本の上から埃を払うと、そっと私の手のひらに乗せてくれた。
三歳には、ちょっと重たいぐらいの分厚い本は、昨日鑑定した通り『歴代の聖女』。
(やった!やったよー!ナビ、本を手に入れたよ!)
≪セリア様、おめでとうございます≫
「おにーさん、本当にありがとうでしゅ!」
いつも応援ありがとうございます!




