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本日もカイセイなり  作者: モカの木
9/19

9話 決戦前夜

 山中5日目。

 昨日の行程は、結果としては多少の遅れを残すこととなった。

 そのため、この日も早くから動き始めていた一行だったが、幸いにも順調に進んでいた。

 昼前には尾根へと辿り着き、再び見えたウプアットの尖塔は、明らかに大きさを増している。

「ここまで来れば、もう平気だ」

 小休止の最中、ジェイクが笑顔で光に告げた。

「こっからは、ずっと尾根沿いだからな。魔力溜まりは気にしなくて良い」

「そーそー。この先は平気だよ」

 イネスも同意すると、通りすがりのニナが小首を傾げる。

「あれ? でも、モーフィアスさんは、尾根でも出ることはあるって言ってましたけど」

 その言葉に、悪戯好きな騎士は大げさに頷いて見せた。

「おー、勉強してるねぇ。先輩感激しちゃう。そうだよ。でも、ここからは平気なんだ。何ででしょう?」

「えっ? ……な、何でですか?」

 目を白黒させる後輩に、イネスはちちちと速いテンポを刻む。

「ぶぶー、時間切れ。団長に連絡させてもらうね?」

「何でですか!?」

 じゃれ合い始めた2人に苦笑しながら、光はジェイクの方を向く。

「それで……何で平気なんですか?」

「はは。まぁ種は簡単でな。地面の下の魔力が濃くなると、それが地上に出てきて『溜まる』んだが」

 そう言って、ジェイクは足元の地面をつま先でコツコツと示した。

「出てくるには、『濃さ』だけじゃなくて、それなりに広い『平らな地面』も必要なのさ。で、こっからの尾根沿いの道は……ってね」

「なるほど、地形によっては、安全かどうかを読めるんですね」

「そういうことだ」

 わかってきたな、というように青年は光の肩をポンと叩くと、そこで黙り込んだ。

 どうしたのかと見る少年に、彼は躊躇いがちに口を開いた。

「あの、ナインって子だが」

「……何でしょう」

「……この際、素性はどうでも良いんだ。ただ、昨日の魔力溜まりでローブを脱いだ途端に、彼女の魔力が……」

 ジェイクは、そこで再び沈黙する。

 光はじっと待った。

「――彼女の魔力が、魔力溜まりを押しのけるみたいだった。ヒカル、お前は何ともないんだな?」

 そう問う青年の目に、恐れとも危惧とも見える色が宿っている。

 それを認めながらも、少年はしっかりと頷いた。

「はい。平気です」

「……そっか。なら良いんだ」

 光にとって、昨日のナインの行動が、周囲にとってどれだけの衝撃だったのかを正確に知る術はない。

 今しがたのジェイクの感想も、過剰な反応であるとも思えるほどだ。

 だが、あの時のナインの声に見えた感情の色と、目の前の青年が見せた色には、明確な相関があると考えるのが自然だろう。

 翻ってみれば出発してからの数日、ハモニカの中で、明確な会話をナインと交わしていたのはロンドだけではないだろうか。

 やや重くなった空気に、姦しい声が飛び込んでくる。

「ジェイク先輩! 先輩からも言ってくださいよ!」

「えー、ジェイクは私の味方だよねぇ?」

「何の話だよ……」

 呆れながらも、どこかホッとしたような表情を浮かべて、ジェイクは歩き出した。

 肩越しに振り返り、手を振った青年に、光もまた手を振り返す。

 賑やかな声が遠ざかり、人気が疎らになった。

 尾根を渡る風が雲を運び、日が足元の影を伸ばし始めていた。


 ◇


 夕闇に、ウプアットの尖塔が、黒々とした影を浮かび上がらせている。

 これ以上近づけば、あの鉱山都市の哨戒に引っかかるだろう距離。

 そんな目と鼻の先で、息を潜めるようにして一行は野営をしていた。

「見張りに注意する必要はあるが、それでも城門まで2時間はかからない。幸い、天気も持った。長雨の時期でなくて良かったよ」

 天幕内で、ロンドは軽く笑った。

 対する光は、やや緊張しつつも頷く。

 その顔色を見て、騎士は仮面の下で微笑んだ。

 どうやら、少年も峠を超えたらしい。それを声には出さず、アレクに手で合図を送る。

 副団長が進み出て卓上に広げたのは、地図のようだ。

「ソリッドステート時代の、都市内の見取り図です」

 そう言いながら、彼はいくつかの駒を図の上に置いていく。

「多少古いが、大きく配置は変わっていないはずだ。元々、岩山をくり抜いたような都市だからね。そう簡単に変更は効かない」

 ロンドがすっと駒の操作を引き取った。

「入口がここ。まず押さえるべきは監視塔と、兵舎だ。速度が肝心になる。ジェイク、ニナが監視塔。兵舎はアレク、ジル、ユーフィ」

 呼ばれた面々が、それぞれに返事をする。

「バルカとイネス、モーフィアスは大通りを鉱山方面へ。兵舎以外で魔物が屯するなら、そこだ。終わり次第、アレク達と合流」

「鉱山の中はどうします?」

 モーフィアスが手を挙げた。

「坑道内は広いが……入口は少ない」

「崩せ、と。了解です」

「頼んだ。私は、少年のチームとともに王城へ向かう。分かれた後の指揮はアレクに任せる」

「了解」

「私からは、これくらいかな。……少年、何かあるかい?」

 ロンドが光に水を向けた。

「まず、フィオから報告です。フィオ」

「はい。マカリア要塞を見てきましたが、魔物の軍勢がちょうど進発していました。事前の見立て通り、明日、ヨウゲツに着くでしょう」

 天幕内に緊張が走る。

 光もまた、少しだけ目を閉じ、開く。

「何とか、皆さんのお陰で……間に合いました。向こうのことは、もうレラ、いえ、リヴォフ将軍と勇者2人に任せるしかないです。こちらはこちらで、やるべきことを」

 そこで言葉を区切り、少年は深々と頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「ああ、任されたとも」

 ロンドが大げさに胸を叩いて見せた。


 天幕を出ると、すっかり夜の帳が降りていた。

 星々の輝きというのは、こんなにも明るいものなのかと知れたのは、光にとってカイセイでの数少ない収穫の一つだった。

 見知らぬ星座と、その間に横たわる天の川をぼんやりと眺める。

 あの煌めきのどこかに、地球があるのだろうか。それとも……。

「……ふぅ」

 空に向けた視線を戻し、少年は首を振った。

 間に合ったという事実に、少しだけ緊張の糸が緩んでいることを自覚する。

 だが、ここまではいわば前座。

 明日こそが、本当の正念場なのだ。

 ヨウゲツでは、レラと勇者2人が、そして3000人の兵士達が魔物の軍勢を迎え撃つ。

 そして自分たちは、その間にウプアットを制圧する。

 決戦。

 その実感があるかと言われれば、乏しかった。

「ティス」

 光が声を掛ける。

 ずっと控えていた侍女が、僅かに進み出た。

「……力を、借りるかもしれない」

「御心のままに」

 いつもと変わらぬ、静謐な応答。

 光はそれに小さく頷き、懐のロックガンを確かめる。

 冷たい銃把を、少年はぐっと握りしめた。


 ◇


 少しだけ時は遡る。

 マカリア。

 集結した11万の魔族の軍勢を会議室の窓から眺め、若き将、アドラーが不敵な笑みを浮かべていた。

「いよいよだな」

 呟いた青年の背後には、副将や部隊長と思しき魔族が集まっている。

 詰めの作戦会議中、といった体だ。

 しかし、彼らがアドラーに送る視線には、指揮官に向けるには相応しくない、侮蔑とでも言うべきものが混じっていた。

「今更ではありますが」

 そのうちの1人が、大げさにため息をつきながら口を開いた。

「この作戦、果たして成るものですかな? 如何な閣下の肝いりとはいえ、あのような胡乱なものを頼るなどと……」

 胡乱なもの。ゴーズがネメシスと呼ぶそれと、目の前の若き将。

 その二つをまとめて揶揄する言葉に、くぐもった笑い声がいくつか重なった。

「この軍勢とて、揃えるのにどれほどの労苦ガッ!?」

 ある程度手練れであるはずの、指揮官クラスの面々が、全く反応できない速度。

 アドラーが、不平を述べていた魔族の首を片手で釣り上げていた。潰れたような呻きが、その口から漏れる。

「ベスチェフ」

 青年の声音は、不気味なほど穏やかだった。

「貴様は、どうやら体調が良くないようだ。妄言との区別もつかぬとは」

 ベスチェフと呼ばれた魔族が、必死で青年の腕を掴んでもがくが、小揺るぎもしない。

 彼は涙を浮かべながら、何度も頷くように頭を振る。

 アドラーは、そのまま魔族を床に叩きつけた。石造りの床が、重々しい音を立てる。

「ここで、ゆっくり休んでいると良い」

 泡を吹いて、ピクリとも動かないベスチェフ。

 それを一顧だにせず、青年は残った諸将を見渡した。

「それで……他に異論は?」

 先程まで、アドラーを嘲笑っていたはずの面々は、俯いて押し黙ったままだ。

 青年は鼻を鳴らす。

「ここには、念の為5000を守備に残す。選定はネグン、貴様が行え。それ以外は、全てヨウゲツへ向かう。前軍、中軍、後軍の三段陣形。配置は事前の決定通り。出発は2時間後」

 以上だ。

 アドラーはそう言うなり、反応を待たずに会議室から出ると、その足で大軍勢を見下ろす観閲台へと向かった。


 威容を誇るマカリアを、なお埋め尽くさんばかりの魔族が犇めいている。

 粛々、とはお世辞にも言い難い騒然さが、逆に集められた魔族の凶暴さを表しているかのようだった。

「者共! ついに時が来た!」

 観閲台から、アドラーの声が要塞内に響き渡る。

「陛下の知略! 閣下の秘策! そして貴様らの力! その全てが、ヨウゲツを消し去るに十分であることは疑いがない!」

 歓声が上がる。

 要塞全体がビリビリと震えた。

 それが収まるのを少し待ち、青年は再び口を開く。

「我らは第一の矢である! だが、その矢は間違いなく忌々しき結界門を突き破るだろう! 閣下の秘策を待つことなく、尽くを打ち砕くのだ!」

 高々とアドラーが手を挙げると、城壁の先頭で大柄の魔族が、これまた大型の銅鑼を力任せに鳴らした。

 もはや怒号にも似た、要塞そのものが声を上げるかのような咆哮がそれに続く。

「そうだ。閣下のお手を煩わせる必要はない」

 呟き、青年は城外を指し示す。

「全軍、出撃せよ!」

 マカリアの門が、開かれた。


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