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本日もカイセイなり  作者: モカの木
6/6

6話 凶星

 ウプアット。

 かつての王城の玉座の間、その奥の空間に「鋼喰い」ゴーズが座していた。

 絢爛な装飾の面影が残る玉座の間とは対照的に、暗く、無骨な部屋だった。

 いや、無骨というよりは、機械然とした、というべきか。

 ファンタジーとは似つかわしくない、鉄とコードで覆われた装置に、ゴーズは腰掛けているのだ。

 そのコード類の隙間から、何かの光が漏れる。

 合わせて、妙に耳障りなノイズ音、とでもいうべきものが響いた。

「ふむ……」

 不意に、ゴーズが立ち上がる。

 ごきり、と肩を鳴らしながら、対面の装置を見つめる。

「クナッズめ、この表示が満ちるまで……とは、気楽に言ってくれたものだ」

 低い笑い声が漏れる。

 魔王クナッズ。

 時折彼が口にする名前、その正体だ。

「さて、あやつの妄言でなくば良いが」

 悪態のように言いつつ、その声音には信頼が滲んでいた。

 「力」の信奉者ともいえるゴーズが、魔族を統べるという魔王、その力に心服するという構図はわからないではない。

 だが、その様子はどちらかといえば、古い友人に対するそれだった。

 「鋼喰い」。

 この名は、決して伊達ではない。

 勇者を除いた人間の最高戦力と、互角に渡り合える個の存在。

 その力は、数多の魔族の中でも屈指のものだ。

 そんな彼を、ソリッドステート攻略のみに投入し、その後のマカリア、そしてヨウゲツに用いなかったのは何故か。

 単なる攻略以上の価値が、ここにあるということだ。

 より具体的には、この王城に。

凶星(ネメシス)……」

 呟く声は硬い。

 滅びの星、と魔族の伝承には伝わる。

 かつて、魔族の祖たる太祖が人間と相争ったという古の時代に、人間側の切り札として大いに魔族を苦しめたという。

「滅びの星光りて、勇士尽く空に帰りぬ。太祖は嘆き、その血を以て、忌々しき星見の櫓を遂に奈落の底へ埋めたり……」

 伝承の一説を諳んじる魔将は、そこで一瞬瞑目する。

「古の大戦……単なる神話と思っておったが」

 ふ、と自嘲気味な笑いが漏れた。

「『これ』が真となれば、確かに、(オレ)の力など意味を成すまい」

 足音を立てながら、ゴーズはその空間を抜けて玉座の間へと向かう。

 かつてドワーフの王が座していたその玉座には、今は斧とも大剣ともつかぬ巨大な刃が横たえられている。

 その柄を無造作に握り、一度、二度、とゴーズが振るう。

 空間が軋む。

 耳鳴りのような余韻を残して、再びの静寂。

「……サビ落としには遠い、か」

 斧剣、とでも言うべき得物を肩に担ぎ直し、歴戦の魔人は呟いた。

 ――クナッズの言は、正しい。

 ゴーズはそれを理解する。してしまった。

 いくら個としての力を誇ろうとも、それが人間との戦いで決定的な差を生んだことはない。

 魔族に突出したものが現れたとしても、人間からは皇帝が、今は勇者が現れて押し戻されてしまう。

 神話における、伝説の太祖の力でさえ、結局は滅びの星のような「神器」には及ばなかった。

 であるならば。

「あやつめが固執するのも、道理よな」

 くぐもった笑いが響く。

「己の力を求めた果てに、それが届かぬ彼方の一端に触れる、か。……ふ、クナッズよ、感謝すべきか?」

 魔将の脳裏に、旧友との会話が思い浮かぶ。


 ◇


 魔王の居城。

「改まって話などと、どうした」

 クナッズの私室に呼ばれたゴーズは、入るなり問う。

 直截な物言いを気にするでもなく、魔王は答えた。

「……以前に話した『星』、覚えているか?」

「太祖を苦しめた神器か?」

「見つけた」

「……何?」

 ゴーズの声が低くなる。

「ありえん。仮に神話が事実としても、太祖が封じたはずだ」

「封印しただけだ。『星』そのものを破壊したわけではない」

「それは、そうだが……」

 腕を組む魔将に、魔王は淡々と続ける。

「ドワーフの国、ソリッドステート。その地下深くに、星見の櫓がある」

「……」

「それさえ押さえれば、『星』は我らの手の内……ということだ」

 ゴーズは唸る。

 仮にそれが事実として、では何故それが今、ドワーフや人間の手にないのか?

 その疑念を見透かしたように、クナッズは笑う。

「ドワーフがそこに国を築いたのは、単なる偶然だ。太祖の魔力の名残がミスリルを生むなど、誰も想像しなかっただろうな」

「何も知らず、奈落の上に城を築いた……と?」

 頷く魔王に、ゴーズは尚も渋面を作る。

「それを信じたとして、我らが『星』を手に入れられる道理にはなるまい」

「はは、だから君を呼んだのさ。……星見の櫓を乗っ取る装置を用意してある。これを託し得るのは、君だけだ」

「よく言う……」

 半ばはぐらかすような言ではあったが、ゴーズはそこで腕組みを解いた。

「手に入るならば良し、入らぬならば、ひとまずソリッドステートを落としたことを成果とする。こうだな?」

「話が早い。そのとおり」

 そこで、クナッズは居住まいを正した。

「ゴーズよ、ソリッドステートを落とせ。……これより、『星』を『凶星(ネメシス)』とする。ドワーフどもの国を奪い、ネメシスを我が魔族の手に」

「……御意」

「……頼んだぞ、我が友よ」


 ◇


「事は、クナッズの見立て通りに進んでいる。……いっそ呆れるほどだが」

 クナッズは過去の魔王と比較して、特段「強い」と言えるものではなかった。

 だが、本質はそこではない、とゴーズは思っている。

 魔族の常識を超えた知識、というよりは、それを求め続ける精神性、というべきものだ。

 クナッズは、その知性によって何かしらの大義を実現しようとしている。

 ネメシスの掌握は、その始まりに過ぎない、と魔王は嘯く。

「……然り。この戦、神器を握った側が勝つ。その端緒こそ、凶星」

 一人頷くそれは、あるいは、自身を納得させようとしているのかもしれない。

 事ここに及んで、ゴーズにクナッズの言を疑う余地はなかった。

 あの恐るべき友の導いた結論がそうであるならば、ネメシスは、勇者をヨウゲツもろとも焼き尽くすに足る。

 仮にその目論見が全くの期待外れとしても、ヨウゲツに人間を押し込め、魔族がこの地域でのフリーハンドを握ることは確実だ。

 それは、わかる。

 斧剣の柄が微かに悲鳴を上げる。

「……アドラー、血気に逸るなよ」

 ゴーズにとっては、この地でアドラーという逸材を見出だせたことは僥倖だった。

 才能と熱意は、魔族の中でも抜きん出ている。

 惜しむらくは、これまでの境遇故か、やや視野が狭いことではあるが。

 そこまで考えたところで、ふっと肩の力が抜ける。

「皮肉なものよ」

 魔人は笑い、斧剣を玉座に横たえた。

 硬く、重々しい音が鳴る。

 程なく、奥の空間から漏れ出す光が明滅し、消えた。

 ここに、魔王の執念が結実する。

 ゴーズの魔力を吸い上げながら、年単位の時間をかけて「星」の制御を書き換えたのだ。

 それは、戦場の様相そのものを変える契機となりかねない、まさに凶兆の星。

「戦場で、神器に滅ぼされるか、(つわもの)に討たれるか……。後者でありたいものだがな」

 憐れむような、自嘲するような呟きが、虚空へと溶けた。


 ◇


 同刻。

 山中を進む光。その後ろで、ティスが僅かに目を細めた。


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