15話 フィオ・シジョウ
――遺跡の道案内はご入用ですか?
当初、彼女が光たちに接近したのは、打算だった。
◇
隔世の感がありますネ。
フィオは心中で呟き、微笑んだ。
殿堂。目の前には、試しの場へと繋がる扉。
騎士の聖地、その中で最も騎士が憧れ、そして最も恐れる場所。
一度くぐれば、ある者には栄誉が。
そして、ある者には、未熟の現実が与えられる。
期待を背負い聖地を訪れ、銘を得られず、失意に自死を選んだ騎士は、決して少なくはない。
自分とて、例外ではないのだが……少女は不思議と重荷を感じてはいなかった。
銘を軽んじている、というわけではない。
むしろ、表には出さなかったが、心から欲しているものでさえある。
「……父上、母上、お見守りください。兄様達、姉様、シュリ……私、頑張るからね」
小さな声は、周囲に待機する騎士達のざわめきに紛れる。
あの時、自分にその力がもしあったなら。
銘を受けるに足る、力が。
「ディード・ファルツ殿」
「おう!」
呼び出しに、まさに豪傑といった出で立ちの騎士が応え、扉をくぐっていく。
聞き覚えのある名だった。
確か――。
「ディンズウェイ王国の珊瑚騎士団、だったかな?」
「おお、首都イビス・ヨーの護りの要ですね!」
言いながら隣りに座った女性騎士へ、フィオはパッと答えた。
「あそこは団長も銘持ちだから、2人目となれば箔が付く……といったところだろう。捕らぬ狸にならなければ良いね」
「珊瑚の騎士、ロン・ファンジン殿でしたか」
「ふふ、コーラル王家自慢の珊瑚の騎士。出来過ぎとも思うが……。おっと、ルディオ・メッサーだ」
「フィオ・シジョウと申します」
差し出された手を、少女は握り返す。
「かくいう私も、騎士団の使いっ走りでね。イラーフのしがない団なんだが、銘持ちの有無で評判が……と目の色を変えてるんだ」
「あはは……。お察しします」
やれやれと嘆息してみせるルディオに、フィオも苦笑した。
中小の騎士団で、銘持ちが出た途端に入団希望者がひっきりなしに、という話は、珍しくはない。
「それで、君の出身は? もちろん、言いたくなければ遠慮せず」
「ご配慮、ありがとうございます。私はマーディン王国です。今は、ある方にお仕えしておりまして、騎士団には所属しておりません」
「へぇ……。見る目のある主のようだね」
女騎士はそこでニッと笑う。
言葉の割に、気負った様子もない。
緊張を紛らわすでもなく、単に目に入ったから話しかけた……という感じだろう。
(こんな方が、きっと銘を受けるんでしょうね)
あくまでも、自然体でこの場にいられること。
それが一つの条件のように、フィオには思えた。
しばらく、他愛のない雑談を2人は続ける。
「ルディオ・メッサー殿」
「おっと、私の番だね。では、フィオ殿」
「はい、ご武運を」
「ありがとう。君もね。縁があれば、また会おう」
颯爽と、ルディオは扉をくぐっていく。
その背を見送り、少女は微笑んだ。
◇
試しの場。
扉を抜けた先は、思った以上に広大な空間だった。
目測で、おおよそ4~50メートルはあろうかという円形の、闘技場というべきか。
(いえ、楕円形……)
フィオは目を細める。
ふと、対面の壁上に誰かが現れた。祭司。
「かつて、ここでは多くの騎士が業を競い、力を磨きました」
不思議と通る声が、離れた少女の耳にも朗々と響く。
「フィオ・シジョウ殿。貴女も、そうした誇り高い先達に並ぶことを願います」
頭を下げた祭司が、柱の陰へと戻っていく。
合わせて、対面の壁が開き、誰かが闘技場へと入ってきた。
長身だが、まだあどけなさの残る少女。
その特徴的なおさげは、見覚えがある。
「……私?」
疑問の声に応じるよう、「自分」が構えた。
フィオもまた、切り替えるように瞬きし、構える。
同時に、両者が駆けた。
速さは互角。
剣筋のキレも、間合いの見切りも、互角だった。
数合切り結び、フィオが跳び退く。
追っては来ない。
「……」
スッと構え直し、少女は「自分」を見つめる。
そこに、戸惑いの色は最早なかった。
トン、と「自分」を中心とした円を描くように、跳ねる。
トントン、と音が速くなる。
あっという間に途切れのないほどに速まったリズムが、闘技場に渦を描いた。
その渦の縁から、4つの影が中央へ跳ぶ。
それが重なったと見えるや、甲高い音が遅れて場に響いた。
フィオの刃を、辛うじて「自分」が防いでいる。
未練を見せずに、そのまま少女はすれ違い、残心した。
「なるほど」
呟き、振り向く。
「私の力と、私の速さ。しかし……私の業ではない。念の為、お聞きします。何者ですか」
返答はない。
予想通り、というようにフィオは体を開くと、真っ直ぐに剣を突きつける。
「お覚悟」
ゆら、と切っ先が弧を描いた直後、少女の踏み込みが地を揺らした。
ごうと逆巻いた風を裂く一閃が相手の剣を飛ばし、返す刃がその喉元紙一重でピタリと止まった。
「そこまで」
いつの間にか現れた祭司が告げる。
フィオが剣を納めると、「自分」の姿も薄まり、消えた。
「私の魔法で作り出した、貴女自身の写し身です。月並みですが、自分自身を乗り越える、ということですね」
「偽身……? いえ、まさか」
「おや、ご存知でしたか」
そう言って、祭司は頷く。
「そう、私の術は、対象の力量を正確に再現します。その水準の騎士ならば備えて然るべき業、と共に。本人との違いは、その程度です」
恐ろしいことを、とフィオは戦慄する。
「当然、積み上げた業が及ばなければ、勝てない。珍しくないのですよ。業を持たぬ騎士は」
「……恐れ入ります」
「もちろん、この術を使うのは、数ある試しのうちの一つではありますが。貴女には、この内容が相応しいと判断しました」
朗らかに笑う目の前の人物に、少女は違和感を覚える。
どこかで、この感覚は味わったような。
「さて、お喋りはここまでとしましょう。フィオ・シジョウ殿」
「はい」
「汝は、銘に足る資格を示した。望むならば、受け取るべし。その銘、葵の騎士」
「……謹んで、拝銘いたします」
「おめでとうございます」
にこりと、祭司は笑みを浮かべた。
◇
「フィオ!」
殿堂から出た少女を、光たちが迎えた。
「ただいま戻りました! 我が主!」
ぴょこんと手を挙げ、少女は応える。
「怪我とかはない? その、試しっていうくらいだから……危なかったりとか?」
「いえいえ、全然へっちゃらでしたヨ! 内容は極秘なので、ちょっとお伝えできないんデスが……」
「そっか。大丈夫ならいいんだ。それで、えっと……」
ホッとしたように息をついてから、おずおずと少年は伺う。
それが、フィオにはやけに微笑ましく思えた。
「はい。無事、銘を受けることができました」
貴方のおかげだ、とは声には出さなかった。
言えば、きっと彼は恥ずかしがるから。
「……良かったぁ。フィオなら、きっと大丈夫と思ってたけど……うん、良かった」
心底安心したというように、光は脱力する。
その背後に少女が視線を送ると、ティスもまた目礼する。
思えば、出会った時から、不思議な主従だった。
今では、そこに自分も加わっていると思えば、他人事のように言う資格はないのだろうけれど。
――だってさ、そうしないと進めないなら……仕方ないじゃないか。
いつかの言葉が、耳の奥で蘇る。
誰しもが、止めろと言っていた。
いつまでも塞がらない傷を、そのままにしろと。
――でもさ、それが終わったら、多分……ほら、すごい陳腐なこと言うけど、君の家族はさ、君には幸せになってほしいって、思うんじゃないかな。
そのセリフを、自分と同じく、帰る場所を無くした人が、言ったのだ。
「我が主」
「うん?」
「改めて、我が名をお受けください。葵の騎士、フィオ・シジョウの名を」
少しだけ、光は呆気にとられたようだった。
それでも、しっかりとフィオに向き合い、頷いた。
「……うん。頼りない俺だけど」
恥ずかしげに頭をかき、少年はあーっと話題を逸らす。
「そう言えばさ、葵ってどういうんだっけ。花?」
「はい。立葵が有名で、茎は地面から真っ直ぐに伸び、初夏から夏にかけて、美しい花をいくつも咲かせます」
「真っ直ぐに、美しい花か……」
ティスの説明に、光は感心したように頷く。
そう言葉にして説明されると、フィオは何か気恥ずかしく思えて、てへへと笑った。
「良かった、まだいらっしゃいましたね」
そこへ、声がかかる。
振り向けば、そこには祭司が立っていた。
「よろしければ、お茶などいかがですか? アマト・ヒカル殿」




