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本日もカイセイなり  作者: モカの木
2/6

2話 軍議を終えて

「ウプアットか。元鉱山都市、天然の要害……だっけ?」

 司令部からの帰途、光は記憶を確かめるよう声にする。

「ハーイ! 旧名はソリッドステート。ドワーフたちの小王国があったとこですネー。マカリアは、元をただせばウプアット攻略のための基地でした」

 影からフィオが滑り出てきた。

 この少女は、情報収集に抜け出る以外では、常に光の傍にいる。

「ソリッドステート?」

「はい。ミスリルの産地として、人間側の工廠となっていました。周囲の険しい山々と、王国と街道を固める歴戦の『鋼の騎士団』によって、10万からの魔物の侵攻を幾たびも跳ね返した、と記録にはあります」

 続く少年の問いにティスが答える。

 この美貌の侍女は、例外なく傍にいる。

 ミスリル。

 ゲームやらでよく聞く単語のそれは、ここカイセイでも重要な鉱物だ。

 加工こそ難しいが、軽くて頑丈という、武器防具として理想的な性質を有する上に、魔力をよく伝導する。

 要するにすごい物質であって、その産出地を守護する騎士団とあれば、それは大国の精鋭騎士団にも引けを取らない凄腕、だった。

「そして、単騎でその騎士団を蹂躙し、国を事実上陥落させたのが、『鋼喰い』ゴーズ。……噂じゃ、オーガの王だのベルセルクだの言われてますネ」

 フィオがそう付け加えると、光は少しだけ考える。

 ゴーズ。

 名前は軍議で聞いているが、不思議なことに、ウプアットのほかに最近の逸話を聞かない。

 例えば、単騎でそこまで落としたのであれば、その勢いでヨウゲツを落とすのも不可能ではなかっただろう。

 だが、少なくとも、これまで近くの戦線に姿を現した記録はないのだ。

「……まぁ、いいか。バルクマンさんは?」

「呼んだかい、少年」

 折よく現れたのは、全身甲冑、表情さえも鉄仮面で覆った武人。

 その装甲の裏から聞こえるのは、男にしては高いが、女にしては低いハスキーな声。

 ロンド・バルクマン。

 性別不詳。

 光は素顔さえ知らない。

 知っているのは、名前とその実力、そして率いる傭兵団の力量だ。

「仕事かな」

「はい。……今回は少し、危ない橋を渡ります」

「……ふふ、今回も、だろう?」

 仮面の奥で、紅を差した唇が三日月に曲がった。

 実際のところ、ロンドは女性だ。

 この世界では、女性の武人・軍人は珍しくない。

 それは魔法への適性によるものだそうだが、光も具体的なことを知っているわけではない。

「それで、少年の計画は?」

「本陣を、とだけ考えてます」

「へぇ……。わかった。詳細は後で」

 二つ返事で頷くと、ロンドは踵を返す。

 計画に頓着しないのは、彼女に限って言えば、確たる自信の表れでもある。

 その向かう先に、幾人かの影が見えた。

 彼女が率いる傭兵団のメンバーで、いずれも騎士だ。

「騎士、ねぇ」

 光は呟く。

 騎士。

 一定以上の実力を持つ個人に許される称号。

 不思議なことに、どうもナイトではなく、ライダーの方であるらしい。

 つまり、地位ではなく、能力を保証する称号。

 ということは、昔は何かに乗っていたのではなかろうか、と光は思っているが、ここで大事なのは、べらぼうに強い、という事実。

 訓練された兵士100人よりも、騎士1人の方が強い、というのがこの世界での常識だし、実際にそうだ。

 その意味では、ロンドの傭兵団、10人足らずの『ハモニカ』でさえ、無視できない戦力となる。

 雇用主が光でなければ、レラは間違いなく防衛戦力に組み込んでいただろう。

「でも、いいんです? 鋼の騎士団だって、騎士は揃っていたんですよ?」

 フィオが問う。

 いいのか、とは、レラの依頼を請け負って、ということだ。

 騎士団とはいえ、中核となる騎士の数を揃えるのに難渋する国も珍しくない。

 その中にあって、鋼の騎士団は大国に劣らぬ質の騎士達を揃えていた。

 つまり、負けたのは、単純に「強さ」の問題だ。

 レラの依頼とは、言ってしまえば、敵のボスを相手取れということに等しい。

「まぁ、何とかなる、と思う……」

 光はそこで、長く息を吐いた。

 実際のところ、後悔とまではいかないが、安請け合いしすぎたかもしれない、とは思っていた。

「とはいえこのままじゃ、いずれ大軍にすり潰されるだろうし」

 言い訳のようにぼやきながら、少年は空を仰ぐ。

「……ここまで手伝ってきて、残念負けました、じゃあ、流石に寝覚めが悪すぎるからなぁ」

 脳裏に、ここしばらくのヨウゲツでの生活が浮かぶ。

 袖擦り合うも、で流すには、光にとっては時間が経ちすぎてしまっていた。

 確かめるように、ちらりとティスに視線を送ると、彼女は静かに頷く。

 そんな2人の様子に、フィオは何か納得したように笑った。

 疑問というよりは、主人の考えを確認したかったのかもしれない。


「しかし、『鋼喰い』……ねぇ。またぞろ氏族か?」

 気を取り直すように光が言う。

 基本的には、魔物というだけで人間の脅威ではあるのだが、それでも軍隊、あるいは騎士で対処は可能だ。

 だが、時折現れる、魔物側の騎士とでも言うべき存在が、氏族。

 中には、件のゴーズのように、騎士が束になっても敵わないものさえいる。

 一説には、魔物を統率する支配者階級とも。

「なんの! いかな氏族とて私だけで十分です! と、言いたいところですが……」

 フィオが、てへへと頬をかく。

「当時の鋼には、(めい)持ちが3人いました。そんな猛者達を単騎で討ったとなれば、私だけでは少し足りないですネ」

 銘とは、騎士の中でも強者に与えられる二つ名のようなもので、単純に実力を表す指標としても機能する。

 色や金属、宝石等の単語、もしくはその組み合わせからなり、どういった銘となるかは騎士の力による、らしい。

 最も古い歴史を持つというイオタ皇国には騎士の聖地があり、そこを管理する『祭司』は騎士の力量を測り、一定以上の者に銘を与えるのだ、という。

 よって、それを得るにはまず皇国に巡礼する必要があるため、実際には無銘の強者も多いのだとか。

「銘持ち……鋼、か」

「お察しのとおり。鋼、鉄、銅、の三騎士。位階としては鋼が上の下、鉄と銅は並、ではありますが……銘持ち、というだけで、一線を画します」

 銘の意味するところは、つまり、彼らが騎士の中の騎士であった、ということ。

 裏を返せば、それを蹂躙したゴーズの実力は如何ばかりか。

「とはいえ、ティス殿がおります。私では届かずとも、我が主の勝ちは揺るぎますまい」

 それでも、フィオは言い切った。

 光は少女に視線を向ける。

 冗談を言っているようには、見えない。

 ティスは強い。それは事実だ。

 今までの戦いを振り返っても、その侍女服に返り血の一滴さえ付いたことはない。

 それ故に、戦いの重さを見誤ったこともあったが……さておき。

 だが、光の目では、フィオの強さもそう劣るものとは映らない。

 そういえば、と、少年は以前ティスとフィオに聞いたことを思い出した。

 どちらが強いのか、と。

 その時、ティスは瞑目して佇んだままだったが、フィオは快活に笑ってこう答えた。

 三度ほど死ねば、一太刀は。

「以前に、お答えしたと思います。『三度ほど死ねば』、と」

 かつて聞いたその答えを、再びフィオの口が紡ぐ。

 少女の声から日頃の明るさが失せ、冷たい金属にも似た色が覗いている。

 その目は、死線を幾たびも潜った武人のそれだ。

「あれは、額面通りの意味ではありません。三度ほど私が死ねば、ティス殿もその体面を慮り、一太刀程度は許容してくれるだろう、といった程度のものです」

「……」

 ティスは何も言わない。

「『鋼喰い』がどれほどのものか、正確にはわかりません。しかし、仮に彼奴がティス殿に迫る力量を持っているならば、既に我々はこの地を失っているでしょう」

「……そんなにか」

 光は腕を組んだ。

 フィオは、これで下手な軍人よりも実戦経験は多い。

 少なくとも、自分のような素人の分析などとは、比較にもならない。

 その見立てを、今は信じるべきだろう。

 とすれば、今回の作戦における懸念はウプアットではなく、ヨウゲツを守り通せるか、にある。

「勇者ペアは間に合うと思うか?」

 魔物側が、今回の侵攻を絶対に成功させるつもりであれば、勇者というジョーカーは押さえ込む必要がある。

 あるいは、それも含めて叩き潰す心算なのかもしれないが、仮にそうだとすれば勇者への認識が甘い、と光は考える。

 勇者というのは、言ってみればチートであって、概ねの場合は無敵の存在だ。

 どんな相手であろうと、一対一なら負ける要素はほぼ無い。

 タイマンで勇者を倒せる可能性があるとすれば、おそらく噂の魔王くらいのものであろう。

 要するに、魔物側がこちらを完全に轢き潰すつもりなのだとしたら、勇者との合流は避けるべきシナリオのはずだ。

 そう考えれば、足止め程度は図って然るべき、となるが。

「迎えの騎馬小隊が出ていたはずですネ。シャンシー街道沿いと聞いてますから、勇者のお二人を足止めできるほどの魔物は出ないでしょう。出てきたとしたら、そっちの方が問題なくらいデス」

 フィオの補足に、光は頷いた。

 最前線はともかく、主要都市をつなぐ街道はゴブリン程度の魔物しか出ない。

 その程度なら、いくら集まっても足止めにすらならない。

「結界門様々、か」

 勇者とともに、人間の戦線を支えるのが結界門だ。

 魔物の力を著しく減退させる力場、まさに結界を発生させるもので、主要都市それぞれの門が連動して人間の生存領域をカバーしている。

 そのため、好んで侵入してくるのは知性も力も大したことのないゴブリン程度なのだが……。

 それでも単なる害獣以上に厄介なのが、魔物の魔物たる所以とでも言うべきか。

 そこまで考えて、光は少し首を傾げる。

「何か気になります?」

「いや、あいつらが勇者を舐めてるだけなら楽なんだが……」

 先日の防衛戦で見かけた、魔物側の将。

 若く、血気盛んに見えたあの青年は、おそらく今回も出てくるだろう。

 単に、自信過剰なだけであれば良いが、もしも、勇者を何とかする手段があっての攻勢だとすれば?

「探りますか?」

 フィオの声が低くなる。

「……いや、流石にその時間は無いだろ。杞憂だよ、多分ね」

 内心の不安を押し流すように、少年はため息をついた。

「そういや、ヘンシェルさんが呼んでたな」

 ふと、軍議終了時のことを思い出し、光は腰に手を当てる。

 カール・ヘンシェル。

 ヨウゲツ出身の軍人で騎士。

 かつてはこの街の守将を務めたこともある実力者だったが、既に隠居の身だった。

 しかし、マカリア要塞が陥落し、ヨウゲツが前線となってしまったことから現役に復帰し、レラたち若き軍人をサポートしている。

 光にも目をかけており、時々自身の家に招くこともあった。

 それ自体は、少年もありがたく受けてはいるのだが、一つだけ問題がある。

「ナインか?」

 心当たりを口にし、光はもう一度ため息をつく。

 ナイン・アステリズム。

 ヨウゲツが属する国家、マーディン王国の王家、アステリズム家の末の王女。

 その肩書きだけならば大したものだが、実際はそれほど大人しいものではない。

 ナインは、いわば王家の忌み子だった。

 故に、彼女はヨウゲツにいる。一応の後見人が、ヘンシェルだ。

 そして、光は彼女に気に入られていた。

「……ま、決めつけるのは早いが」

 老人の用件が何であれ、話を聞くだけの義理はある。

「しかしまぁ」

 少年は、足をヘンシェル邸へと向けつつ、呟く。

「長い寄り道になってるな」


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