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本日もカイセイなり  作者: モカの木
19/19

エピローグ 本日もカイセイなり

 あれからまた幾日かが経ち、光達は、勝利に沸くヨウゲツへと戻っていた。

 都市を守りきり、更にウプアットまで奪還する。

 そんな大戦果によるお祭り騒ぎは、少年一行が帰還してからもまだ続くほどだった。

 それもようやく一段落した頃、光はレラと司令部の一室で面会していた。

 何でも、彼女は勇者の2人とマーディンの王都、ディーチへと向かうのだという。

 そこでも凱旋パレードがあるのだ、と。


「ヒカル、貴方はどうする?」

「あー……俺はいいよ」

 レラからのパレード参加の誘いを、光は苦笑して断った。

 彼女もわかっていたようで、そうよね、と頷く。

「肩書は内緒、だったものね」

 頬をかいた少年にレラは微笑むと、そこで姿勢を正した。

「……ありがとう、ヒカル」

「礼なんて……あ、いや」

 光は思わず、いらない、と言いかけてから、今のなし、と手を振る。

「……こちらこそ、ありがとう」

「ふふ」

 くす、と笑うレラの表情は、年相応の少女のようだ。

 それが何か気恥ずかしく、少年は誤魔化すように話題を探す。

「にしても、何だ、レラは『ありがとう』ってしっかり言うタイプなんだな?」

 我ながらこの話題はどうなんだ。

 光は内心で頭を抱えた。

 知ってか知らずか、彼女は笑みを浮かべたまま応じる。

「そうね。私、感謝している人には、思い立った時に言うことにしているの」

「へえ。いい心がけ、じゃないか?」

 何様だ、と内心の自分が更に頭を抱えるのがわかった。

「何度か、後悔したの。あの時、言っておけば……ってね」

「それは……」

 レラの立場を考えれば、それはあり得ることだった。

 少女は、だからね、と続ける。

「これは、心の健康法なの」

「……そっか」

 そこで、お互いに何となく言葉が途切れた。

 少しして、レラが口を開く。

「そういえば、王女殿下の件、王都から返答が来ていたわ」

「ナインの?」

「ええ。ウプアット、いえ、もうソリッドステートね。正式にはまだだけど、殿下の直轄地になると」

 王家の、ではなく、ナインの直轄地。

 返書にあったその表現に、レラは若干の引っ掛かりを覚えていたが、そこは口に出さなかった。

「それで、合わせて殿下にも王都への凱旋が求められていてね、お尋ねしてきたのだけど……」

「断られた?」

「そうなの。『面倒事はお互いに嫌でしょう』、って」

 お互いに。

 その意味するところを察して、光は小さく唸った。

 ナインにとって、家族とはそういうものなのだろう。

 だが、家族から見てのナインは、本当にそうなのだろうか?

「……いずれにせよ、私は一度ディーチに向かうわ。その後は、きっとソリッドステートでしょう」

「それは……出世、なのか?」

 今ひとつ断言できず、光は首を傾げる。

 レラは少しだけ困ったように視線をそらし、言葉を選んだ。

「……実力を認めてもらったのは確かだ、と思いたいわね」

 その逡巡に、彼女の立場が表れているようだった。

 少ない兵力で最前線を守りきり、あまつさえ要地奪還の契機を作った若き俊英。

 歓迎する勢力ばかりではないだろう。

「――明日の未明には出発するの。シュージとイイコも一緒よ。伝えることはある?」

 切り替えるように、レラの声音が明るくなる。

 光も特に追求はせず、そうだな、と相槌を打つ。

「祝勝会でもそれなりに話したし……また会おう、くらいで」

「ええ、伝えておくわ」

 勇者の2人は、カイセイの各地をそれこそ飛び回っている。

 嫌でも顔を合わせる機会はあるはずだった。

「そういえば、ヒカル、貴方はこの後どうするの?」

 ふと、レラが問うた。

「うん、イオタに行こうかなと」

 イオタ皇国。

 カイセイにおいて最古の歴史を持つ、とされる国だ。

 ヨウゲツからだと、シャナンという港町に出て、船で向かうことになる。

「そう……。少し、遠くなるわね」

 レラは窓の外へ目を向けた。

 思えば、この数ヶ月で光と彼女の関係も、随分と変わっていた。

 見知らぬ他人から、善意の協力者、相談相手……。

 そして今、もしかしたら、これを戦友というのか、と少年は思った。

「……そろそろ、お暇するよ。準備もあるだろうし」

 意識して、光は話を切り上げようとし、立ち上がる。

 それは未練なのかもしれない。

 その背に、レラは呼びかけた。

「ヒカル」

 振り向いた少年に、少女は微笑んだ。

「……ありがとう。またね」

「……ああ、また」


 ◇


 夕方。

 光は、ナインの離宮へと呼び出されていた。

 ゴーレムに通された応接室には、珍しく先客の姿。

 ロンドだ。

「バルクマンさん?」

「やあ、少年。君も呼び出された口かな?」

 そうです、と返答しつつ、光は首を傾げる。

 ナインがロンドを呼び出した理由を、推測できなかった。

「私の用事は終わったところだが……すまないけど、この後こちらに寄ってくれるかな?」

「ええ、わかりました」

「ありがとう。君にも、関わる話になってしまったのでね」

 また後で。

 そう言って辞した騎士と、入れ替わるようにナインが入ってきた。

「いらっしゃい、ヒカル」

「ああ、用事ってのは?」

「そうね、お茶を飲みながら話しましょう」

 王女が指を鳴らすと、数体のゴーレムが茶器や菓子を運んでくる。

 断る理由もなく、光は促されるままに席についた。

「……さて、どう話したものかしら」

 湯気の立つティーカップを眺めながら、ナインは軽く息をついた。

「ヒカル、貴方はイオタに向かうのだったわね」

「そのつもりだけど」

「出発、早めたほうが良いかもしれないわ」

 王女の言葉は、僅かに性急さがあった。

「えっと……それはどういう……」

「そうね……ソリッドステートの解放、知ってのとおり、これは私の功績になった。そこはいいわね?」

 少年は頷く。

「そこに、協力者がいた……と嗅ぎつけられたの。しかも、有力な。それを踏まえて、ここ数ヶ月のヨウゲツの様子を調べれば、簡単に貴方の存在が浮かび上がる」

「そう、かもな?」

 今ひとつ、光には要領が掴めない。

 滞在を隠しているわけでもないし、それはそうだろう、くらいの感覚だ。

「ロンドの騎士団は問題ないの。腕の立つ傭兵を雇った、としかならない。でもね、貴方は違う。在野の、言ってしまえばただの旅人に過ぎない」

「まぁ事実だし……その何が問題なんだ?」

「つまり、貴方を囲い込んでしまおうとする人が出てくる、ということよ。多少強引でもね」

「俺を……?」

 ナインはローブの下で、くすくすと笑った。

「ええ、貴方を」

 王女はカップを手に取ると、香りを楽しむように口元で揺らした。

「あの手この手で、お招きが来るでしょう。遠からず、断れないような何かを添えて……。その先の『お話』を、上手く躱せる自信が貴方にあるなら、いらぬ世話でしょうけど」

 光も、そこで茶に口をつけた。

 独特の香気が鼻孔を抜け、少しだけ思考をクリアにする。

「……面倒なんだな、政治って」

「ふふ、そうなのよ。だから、そんな話が表に出てくる前に、ここを離れたほうがいいの」

 ナインはカップを戻すと、姿勢を崩す。

「まぁ、この程度で騒ぎ出す連中の興味なんて……七十五日もてば上々でしょうけれどね」

 気だるげに頬杖をつきながら、王女は悪戯っぽく続けた。

「仮に、貴方の名前を売るにしても……売り方ってものがあるでしょう?」

 少年は降参するように両手を挙げる。

 鈴のような笑い声が響いた。


「……それで、もう一つはね。フィオに関することよ」

「フィオ?」

 不意に出た名前に、光は思わず眉根を寄せた。

「伝言で良いわ。貴女が望むなら、いつでもソリッドステートにいらっしゃい、と」

「仕官の誘い……ってやつか」

「そうね。彼女の事情を深く知っているわけではないけれど、選択肢は与えられるべきでしょう」

 少年は腕を組む。

 実際、フィオが光の仲間となる紆余曲折の中で、その事情を聞かされたことはあった。

 簡単に言えば、お家再興。

 そのためには、自分に同行するより、ナインという権力者の下にいるべきかもしれない。

 そう思える。

「ヒカル」

 その思考をせき止めるように、ナインの声が耳に入った。

「判断するのは、フィオよ。あの子の人生なのだから」

「……わかった、わかったよ」

 どうも、今日のナインに勝てる気がせず、光はもう一度手を挙げた。

(いや、勝てた例もないか……)

 この王女とも、短い、とはいえない付き合いになった。

 当初は面倒事という認識しかなかったが、果たして、今でもそうだろうか。

「……この街に来た頃は、ローブ越しでも、人と話すことなんてできなかった」

 ふと、ナインが呟く。

 その目は、窓の外へと向けられている。

 私室と異なり、応接室の窓からは夕日に染まる空が見えた。

「部屋の扉越しに話す、なら良いほうでね。殆どは、ゴーレム経由での筆談だったの」

「……」

 改めて考えれば、年端のいかぬ少女にとって、それはどれだけの孤独だっただろうか。

 その経験がナインの危うさの源泉であり……それでもなお、失われなかったものを、光は眩しいと思った。

「今はね、ローブさえあれば多少の会話はできるの。やっと、身体が魔力に追いついてきてるのね。うふふ、才能も罪だわ」

「……じゃあ、そのうち、皆とも普通に話せるようになるな」

 少年の相槌に、王女は穏やかに笑う。

「ええ。でも、きっとそうなっても、私はローブを脱がないわ」

「何でまた……いやまぁ、好きにすればいいけどさ」

 いつもの冗談かと、光は呆れたように笑った。

 おもむろに、ナインがフード部分を外す。

 白金の髪が夕日を纏い、燃える黄金のように煌めく。

「私の素顔を知る人は、ヒカル、貴方だけでいいの」

「……あ、えっと……あ、ありがとう?」

 予想外の変化球、いや、豪速球を受けた少年は、カチコチとしたまま残りの茶を飲み干す。

 再び顔を隠した王女の笑い声が、ころころと響いた。


 ◇


 街灯が灯り始めた通りを、涼風が吹き抜けていく。

 その冷たさが、今の光にはありがたかった。

 ハモニカの詰所である宿屋へ着く前に、頬の赤みに取れてほしかったからだ。

 からかわれているのだ、と思い込もうとして、少年は首を振る。

 そんな様子を、ティスが静かに見守っていた。


「せっかく来てもらったのに、慌ただしくてすまないね」

 詰所につくと、ハモニカのメンバーが忙しなく動いていた。

 ロンドの部屋も、荷物の整理中のような様相だ。

「どうかしたんですか?」

「うん。君との依頼期間はまだあるんだが、申し訳ない。ちょっと事情があってね、すぐに国へ戻る必要が出てきてしまった」

「……え」

 一瞬、飲み込むことができず、光は固まった。

「こちらの都合で依頼を切り上げるわけだから、当然契約金もお返しする。例の商会経由になるだろうけど……」

「あ、すいません、あの……」

 混乱して、少年はロンドの言葉を遮る。

 ハモニカとの契約には、期限があった。

 当然、いずれ別れることはわかっていたが、それがまさか今、急に訪れるとは考えもしていなかった。

「……いや、重ねてすまないね。私も、少し焦っていたようだ」

 そこで、騎士はようやく落ち着いた口調に戻った。

 手近な椅子を引くと、光に勧める。

 促されるまま座った少年と向かい合うように、ロンドも座った。

「君が来る前に、王女様と話をしていただろう。そこで、私の故郷……トゥーズ王国にも関わる情報をもらった」

「ご出身、トゥーズ王国だったんですね」

 そうなんだ、と騎士は応じ、続ける。

「実は、今のトゥーズは、国王が不在なんだ。代替わりの途中で、大公が国務を代行している」

 代替わり。

 その単語に、光の脳裏にかつての若きドワーフ王、アフリッドの逸話がよぎった。

「その大公に問題がある、というわけじゃない。出来た人だよ。ただ……ネメシスの件があっただろう? 少しでも早く、国を安定させたいんだ」

 少年は察する。

 ロンドは、ナインから聞いたのだ。O兵装がまだある、ということを。

 そしておそらく、ロンドはトゥーズの貴族なのだろう。

 ナインが王族としての責務を見据えているように、目の前の騎士もまた、背負うべきものがあるのだ。

「……わかりました。そういうご事情なら」

「……ありがとう。本当なら、イオタにも同行したかった。うちの団員も、楽しみにしてたからね」

 そのセリフが少しだけ寂しそうに聞こえ、光は、思わず込み上げるものがあった。

 それを何とか飲み込み、切り出す。

「契約金も、別にお返しいただかなくても……」

「ああ、少年、それはいけないよ」

 鉄仮面の奥で、騎士は苦笑したようだった。

「気持ちはありがたい。でも、これはケジメなんだ。当初の契約を、こちらの勝手な都合で変えてしまうのだからね」

「勝手な都合だなんて……」

 言い募ろうとする光を、ロンドは手で制する。

「私はね、君とは対等でいたいんだ。そのためには、負い目を作りたくない。……わかってくれるかい?」

 そこまで言われてしまっては、少年も受け入れるしかなかった。

 納得できたわけではなかったが、これ以上困らせるのも本意ではない。

「……はい」

 光の返事に、ロンドは安心したように頷いた。

 若干重くなった雰囲気を変えようと、少年は口を開く。

「えっと、確か、イオタの途中の寄港地がトゥーズでしたよね? そこまでならご一緒できるんじゃ?」

「それなんだが、明日、シャナンからちょうど直行便が出港するんだ。大きな荷物はまとめて、後から追わせる手筈で……私達は、今夜出発して強行軍さ」

「……間に合うんですか?」

「間に合わせる、って感じかな」

 おどけた様子のロンドに、光は苦笑する。

 この方針を聞かされたとき、きっと、ニナ辺りが悲鳴を上げたに違いない。

 心中で彼女に合掌しつつ、少年はふと気づく。

「あ、じゃあ、逆に俺達がトゥーズに寄ったときは、会えますか?」

「もちろん、盛大に歓迎させてもらうよ。皆と一緒にね」

 その時は、とロンドは鉄仮面に手を当てた。

「これを外して話そう」

「……そういえば、ずっと着けてましたっけ」

 初めて会ったときからそうだった故か、光にとってはこの仮面の姿こそがロンドだった。

 ある意味で、それは呑気な話ではあったが……。

 くつくつと、仮面の下で騎士が笑う。

「ふふふ。警戒心がなさすぎる、と叱るべきかな?」

「あはは……」

 恥ずかしげに、光は頬をかいた。

「でも、それも信頼の表れだと思えば、悪くないものだ。……少年、いや、ヒカル」

 ロンドは立ち上がると、少年の傍らへと近づき、膝をつく。

「君の未来に幸あらんことを、私も、ハモニカの皆も願っている。忘れないでくれ」

「……はい。ありがとうございます」


 ロンドの部屋を辞したところで、光はジェイクとニナ、そしてイネスに捕まった。

 3人がそれぞれに、何か渡したいのだという。

「ヒカル! シャナンへの街道は凸凹してて、馬車はお尻が痛くなるわ。だからこれ! 私のお手製!」

 ニナからは、小さいながらしっかりとしたクッションが。

「私からはこれ。ヒカルは船での長旅は初めてでしょ? じゃーん、ラーベルミントの種。酔ってからでも覿面に効くよ」

 イネスが手渡してきたのは、白っぽい種が入った袋だった。

 それを見たニナが、うんうんとしたり顔で頭を縦に振る。

「効果は私も保証するわ。何度もお世話になったし、今でも常備してるの」

「そうだよ。だから、ニナはそろそろ卒業しましょうね~」

「え? ……あれ!? まさかそれ私の……! ヒカル、かえ……」

 ニヤニヤ笑っている先輩の姿に、後輩の少女はぐっと言葉を飲み込んだ。

「さなくていいわ! ありがたく使いなさいよね!」

「だってさ。ニナからの贈り物、大事にしてね、ヒカル」

「……はい。どっちも、大事に使います」

 偉いぞ、とニナをかいぐり始めたイネスの様子に、光は苦笑して礼を言う。

 この光景も見納めだろうか。

「俺からはこれだ」

 ジェイクからは、金属製の蓋がついた方位磁針のようなもの。

 手のひらに収まるサイズのそれは、見た目よりもずっしりとしている。

「マナ磁針ってやつで、設定した場所に針が向き続ける。意外と使えるぞ」

「わあ……これ、蓋の紋章は」

「そう、ハモニカのエンブレムだ。後輩に渡すつもりで用意してたんだが、ニナはイネスに取られちまったからな」

 そう言って青年は笑う。

「実は、副団長や姉御、酒飲みコンビにユーフィまで、あれこれ渡そうとしてたんだ。ただ、流石にそれだとかさばるから、俺等3人が代表でね。皆、よろしくってさ」

「他の皆さんも……」

 胸の奥がくすぐったくなるような感覚に、光は手にしたマナ磁針を心臓の辺りに押し当てる。

 その背後から、ニナを構い終えたイネスが、少年の頭に手を伸ばした。

「こんじょーの別れでもなし、どうせトゥーズで会えるってのにねぇ。みぃーんな大げさなんだから」

 ことさら間延びした口調で光の髪をもてあそび、この髪型のほうがイケてるよ、とのたまうイネスに、少年の表情が味わい深いものに変わる。

 感動に水を差されたような、平常運転に安心したような……。

 いや、やはり、また会えるのだと何の衒いもなく言ってくれたことが、光には嬉しかったのだ。


 ◇


 光が自分の宿へ戻った頃には、すっかり夜だった。

 部屋に入ると、今後の旅程を調べに出かけていたフィオが戻ってきていた。

 シャナンから船で出港し、いくつかの寄港地を経てイオタまで。

 流石に、前情報もなくふらっと行ける距離ではない。

「ヨウゲツからシャナンまでは、陸路で2~3日デス。そこからイオタまでの定期便で、次の出港は1週間後ですネ。天候次第で前後するようですが、まず間に合うかと」

「えっと、イオタまでは寄港地をいくつか経由する、んだよな?」

 光の確認に、フィオが首肯した。

「はい。マーディンの主要港を巡りつつ、サーズ王国、トゥーズ王国、そしてイオタ皇国ですネ」

「各国で、2~3の港へ寄港します。荷役がありますから、それぞれで1日停泊。正味で10日程度でしょう」

 ティスが補足する。

「とすると」

 少年はトゥーズまでの日数を軽く数えた。

「トゥーズまでは2週間くらいか」

「何かご用事が?」

 フィオの問いに、ああ、と光はハモニカとのやり取りについて話した。

「そうでしたか……。気持ちの良い方々でしたから、寂しくなりますネ」

「うん。でも、今生の別れってわけじゃないからな」

 イネスの受け売りだと気づいて、少年は笑った。

 突然ではあったが、その別れは良い思い出となりつつある、ということだろう。

 それを察してフィオは笑い、ティスも静かに瞑目する。

「そうだ、これも忘れないうちに伝えておくよ」

 ついで、とするにはやや重い話題だったが、光はここがタイミングだと思った。

 ナインからフィオへの、仕官の誘い。

「ナイン様が、そんなことを……」

 内容を聞き、少女が呟くように応える。

「多分、いや、間違いなく、悪いようにはならないと思う。……どうする?」

 光の言葉に、フィオは僅かに逡巡した。

「とても、ありがたいお話です。ナイン様に、そこまで評価していただいたことも含めて。ですが……」

 それでも、はっきりと言葉にする。

「その件は、お断りします」

「……そっか、わかった。ナインには伝えておくよ」

「いえ、明日、私が直接伺ってお話しします。礼儀、というよりは、私なりの筋目ですね」

 常の快活な表情ではなく、大人びた風格を感じさせる顔だった。

 ナインやロンドにも通じる、高貴さとでもいうべきだろうか。

 ――フィオもまた、多くを背負っているのだ。

 今ごろになって、光はそれを実感する。

 そんな彼女に「主」と呼ばれる価値が、自分にあるのかと、悩まないわけではない。

 それでも、少なくとも今の自分には、これまでフィオがそう呼んでくれていたことに対して、応える義務があるのではないか。

「フィオ」

「はい?」

 小首を傾げた少女に、光は改めて頭を下げた。

「これからも、よろしく」

「……はい!」


 夜も更け、街も寝静まったようだった。

 ハモニカの面々は、無事に出立できただろうか。

 そんなことを思いながら、光はふと手を止めた。

 久々に、日誌を書いている。

「イオタ、か」

 最古の国というそこならば、あるいは、魔法より魔法じみたO兵装の、失われた超技術への手がかりがあるのではないか。

 ……地球への帰還を実現できるかもしれない、手がかりが。

 それは、少年にとって久方ぶりに得られた「希望」だった。

 カイセイ。

 ここで出会った人々との繋がりは、光にとっても、かけがえのないものになりつつある。

 それでも、この願いこそが、少年がこの異世界を歩き続ける原動力だった。

「ティス」

 傍らに控える侍女の名を呼ぶ。

 すっと進み出たティスへ、光は視線を向ける。

 少年に絶対の忠誠を誓う彼女は、O兵装を知っていた。

 であるならば。

「O兵装を調べれば……」

 思わず出たその問いかけは、途中で止まった。

 問えば、答えが返ってくる。

 返ってきてしまう。

 その確信が光に口を閉ざさせ、俯かせた。

 ティスは、そんな少年の様子を訝しむでもなく、静かに見つめている。

「……いや、やっぱり、なんでもない」

 この問いに、彼女が是と答えてくれたなら、これ以上に心強いことはないだろう。

 だが、もしも答えが否であったならば?

 ティスを信じればこそ、光は問えなかった。

 絶対であるが故の、不安。

 矛盾しているようだが、それが少年の本心でもあった。

「マスター」

 ティスが呼びかける。

 驚いたように、光は顔を上げる。

 彼女が自発的に少年を呼ぶのは、もしかしたら、初めてかもしれなかった。

「お助けいたします。私が、必ず」

 それは、すべてが整った彼女にしては、ぎこちない宣言だった。

 光の不安に寄り添うようでもあり、ティス自身の決意を愚直に伝えるようでもあり……。

 ただ、それを聞いた少年は、ふっと表情を和らげた。

「……そっか。ありがとう」

 不安が消えたわけではない。

 直接問う勇気が生じたわけでもない。

 しかし、そんな自分でも支えてくれる人々がいるのだ、ということが、光を励ましてくれた。

 少年は改めて、ページに向き合う。

 紙の上をペンが滑る音だけがしばらく響き――。

「――本日もカイセイなり、と」

 定型句を書き込まれた日誌が、ぱたんと閉じられた。


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