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本日もカイセイなり  作者: モカの木
17/19

17話 漣のように

「突然王城の一角が崩れて、何だと思ったらあの怪しげな星だろう? 流石に焦ったよ」

 疲れたような光に水筒を渡しながら、ジェイクがその肩をポンと叩く。

 ハモニカとの合流後、メンバーから労いの名の下で揉みくちゃにされた少年は、ようやく解放されたところだった。

「すいません、ご心配おかけしたみたいで……」

「団長が一緒なんだから、滅多なことは無いと信じちゃいたんだがね。皆もそうだったんだろうな。まさか、副団長までとは思わなかったが」

 そう言って青年は笑う。

 何度も頷きながら光の頭をわしゃわしゃと撫でたアレクの姿を思い出し、少年も笑う。

「ま、一番はその後の……マカリアの爆発だがね。俺はてっきりヨウゲツかと、血の気が引いた」

 ふぅ、とジェイクは一つ息をつく。

「……あ」

 そこで光は、ようやく気づいたように口に拳を当てる。

「マカリア、だったんですか?」

「ああ、すぐにニナが『視て』くれたからな。間違いないだろう。……まったく、大した後輩だよ」

 ティスが何とかしたのだから、ヨウゲツではないだろうとは思っていた。

 だが、代わりになったのがどこだったかを、今の今まで、自分は意識さえしなかった。

 それこそ、傍らの侍女本人に聞くことさえも。

 自らの視野の狭さに僅かな憤りを覚えながら、光は口を開く。

「……とすると、ヨウゲツは……魔物の軍勢はどうなったでしょう?」

「そうだな、後方の自分たちの拠点が爆発しちまったら……少なくとも、呑気に攻めてる場合じゃなくなるだろう」

 ヨウゲツの守備隊も随分戸惑ったろうがね、と、どこか呆れたようにジェイクは続けた。

 思いついたことを説明する、というよりは、既にあった思考を噛み砕いているような口調。

 ふと、光は思い至った。

 自分以外は、こうしてヨウゲツの状況もある程度想定していたのだ、と。

 だというのに。

「……おいおい、顔が暗いぞ。どうした?」

 青年の穏やかな声が耳を打つ。

 ――自分は、他人を気遣うこともできない。

 少年の目から、光るものが零れた。

「す、すいませ……俺……ぜんぜ、かんがえ……及んで……な、くて……」

「ど、どうしたヒカル? なんだ、どっか痛いのか? 実は怪我でもしてたか!?」

 慌てて光のあちこちを確認するジェイクに、嗚咽だけが答える。

 そこで、青年は察したように姿勢を戻すと、困ったような笑顔を浮かべる。

「あーもう……何だよ、今ごろ実感が出てきちまったのか?」

 ジェイクは、そう言って光の背中をぽんぽんと叩く。

「……皆そうさ。初陣が終わるとな、だいたい、時間が経ってから、そうなる」

 青年の手の温かさを感じながら、少年は小さく頭を縦に振る。

 弟がいれば、こんな気分なのかね。

 心中で呟きながら、ジェイクはその後ろに控えるティスへ視線を送る。

 そっちの役目じゃないのか、と。

 その問いに、侍女は静かに礼を返すのみだ。

 だが、その目は常とは違い、何かの色が混じっている。

 まるで、この場では自分はふさわしくない、とでも言いたげな所作に、青年は鼻をかいた。

「……頑張ったんだな、ヒカル」

 もう一度背中を叩いてから、ジェイクはぐっと光の肩を抱く。

 小さな礼の言葉と、謝罪が繰り返される。

 そんな少年の背を見つめるティスの瞳が揺れる。

 今この場では、自らの手よりも、頼りがいのある「兄」の腕こそが、光の支えとなるはずだ。

 理屈としては理解できるその考えに、それでも、と不思議なうねりが混ざり……美しい侍女は、そっと目を伏せた。


 ◇


 日が落ちた頃、フィオが帰還した。

 報告を聞くために、光達は仮拠である宿屋のロビーへと集まっている。

 ハモニカの面々とも軽く挨拶を交わし、その中で、ジェイクがいつも通りに軽く声をかけてくれたことが、少年には嬉しかった。

「フィオ、お疲れ様」

「ただいま戻りました! 我が主!」

 光が労うと、フィオはぴょこんと手を挙げて答える。

 軽やかなその様子は、激戦を終えて間もなくヨウゲツへと長駆し、たった今戻ってきたのだと説明しても、信じるものはいないだろう。

「それで、ヨウゲツの状況はどうだった?」

 ロンドの問いに、少女の雰囲気が変わる。

 とはいえ、それは剣呑なものではない。

「はい。魔物の軍勢は、リヴォフ将軍と勇者殿のご尽力で見事撃退されました」

 おお、とロビーに声が木霊する。

 予期していたことではあっても、事実と確定したことで、皆安堵の表情を浮かべていた。

 そしてそれは、光も。

「良かった……」

 万感の思いが、その一語に宿る。

 ようやく、本当に肩の荷が下りたような、そんな心地だった。

「それと、将軍からの伝言を預かっておりますので、読み上げます」

 報告が続けられる。

 曰く、壊走した魔物の群れを掃討すべく、追撃部隊を組織している。

 数は1000。勇者が率いて、明日には出発する。

 そちらに到着次第、兵士たちと交代してヨウゲツへと戻ってほしい。

「これはありがたい」

 ロンドが笑って頷いた。

「ハモニカだけでは、ここを長期間は維持できないからね。この対応の早さ、流石はリヴォフ将軍だ」

「そうか……これからは、ここを守らないといけないんですね」

 光も、得心したように頷く。

「……だから、ナインの名前で」

 そこで、おや、とロンドが少年の方を向いた。

「君もわかってきたね、少年」

「あ、いえ……さっき、そんな話を本人としただけで……」

「ふふ、実感として理解できる、というのが大事なのさ」

 歴戦の騎士は、そういって鉄仮面の口元へと手を当てる。

 笑う、というよりは、感心したような仕草だった。

 多少気恥ずかしく、光は話題を変えようとする。

「ええと、その……そうだ、ナインのこと、いつから気づいてたんですか?」

 光本人から、ナインの素性を説明したことはなかった。

 ただ、思い返せば、ロンドは最初から知っていたようにも思えた。

「うん、元々小耳に挟んでいてね。後は、ちょっとした答え合わせのようなものさ」

 何気ない受け答えが、その視野の広さと、思慮の深さとを示していた。

 この人は、やっぱり凄いのだ。

 それを素直に受け止められるようになっていることが、成長であるのだと、光にまだ自覚はなかった。

「そういや、その本人はどこ行ったんだ……?」

 ふと少年は辺りを見回す。

 和やかに会話するハモニカやフィオ、といった面々の中に、ナインの姿は見えない。

 何とはなしに、出発からこれまでのことが思い起こされる。

 ヨウゲツを発ってから、概ね1週間。

 それまでに、こうして皆が集まる機会、というのは幾度かあった。

 ……その場に、彼女の姿はあっただろうか。

「ここから少し離れた場所にね」

 ロンドの声。

 振り向いた光の目に、居住まいを正す騎士の姿が映る。

「昔の治療院がある。鉱山でミスリルの粉塵を吸いすぎた鉱夫達が、治療を受けるところだ」

 何の話だろう、と少年は僅かに首を傾げた。

 微かな笑い声が、鉄仮面から漏れる。

「ミスリルは、魔力を帯びている。その吸いすぎを治療する、つまり……この街で、一番魔力を通さないところ、ということだよ」

「あ」

「伝言は任せていいかな?」

「……はい」

 頼んだよ。

 そう言ってロンドは、光の肩をポンと叩いた。


 ◇


 寂しい建物だ、と光は思った。

 鉱山はもちろん、王城からも離れた街外れ。

 夕闇の中、石造りの治療院が、ぽつんと建っていた。

 窓も暗く、聞いていなければ、この中に人がいるとは思えなかっただろう。

 無骨なドアノッカーを鳴らすと、硬い音が周囲に溶けた。

 程なく、分厚い木製のドアが軋みながら、ひとりでに開く。

「……ナイン、いるのか?」

 光の声に応じるように、玄関から階段、そしてその先の廊下へと灯りが点いていく。

 導かれるまま、少年は中へと入った。

 

「よく、ここがわかったわね」

 粗末な椅子に腰掛けていたナインは、開口一番、そう言ってくすくすと笑った。

 宵闇に包まれた部屋を、彼女の足元に置かれたランタンだけが照らしている。

「……バルクマンさんに、教えられたんだ」

「あら……お喋りなこと」

 ローブの奥で、金色の瞳が僅かに煌めいた。

 気分を害した、というわけではないようで、そのまま彼女は窓へと視線を移す。

 つられて、光も外を見る。

 星明かりが少しずつ、澄み切った空に瞬き始めていた。

「……ヨウゲツは、無事に守れたって、リヴォフ将軍から連絡があった」

「そう」

「数日中に、ここにも兵士が到着するらしい。そうしたら、入れ替わりで戻ってくれって」

「……そうね。なら、考えないといけないわ」

 滑らかな衣擦れの音。

 ナインは立ち上がり、窓へと近づいた。

「考える……?」

 光が問う。

「ええ……。彼の者を、どう扱うか」

 王女が指し示した先には、王城がある。

 ゴーズが、静かに横たわる場所が。

 その意図が読めず、少年は眉をひそめた。

 どうも何も、いずれは弔うのではないのか。

「……ソリッドステートの解放、そして、『鋼食い』の討伐。これはね、とても凄いことなの」

「そう、だな?」

「だから、マーディン王国はその『証』を求める。確固たる証を。……彼の者の、首をね」

「首……って」

 光の背筋が泡立つ。

 その反応に、ナインは静かに笑ったようだった。

「実際、珍しくはないのよ。名の売れた氏族を討伐したならば、その戦果を喧伝するため、首級を晒す……なんてことは」

 どこか自嘲気味に、王女はそんな事実を告げる。

 少年は俯く。

 その良し悪しを、どうこう言うつもりはなかった。言える立場でもない。

 それでも。

「……それは」

 あんまりじゃないか、と言いかけて、光は口をつぐんだ。

 裏返しなのだ。

 彼の魔将の、ゴーズの恐ろしさ故にこそ、人々はその首を求める。

 それはわかる。

 だが、対峙して感じた、あの威厳。

 底知れぬ力と、「敗北」さえ真正面から受け止める器量。

 決して自分には真似できないだろう、あの生き様の行く末が、好奇と憎悪の目に晒される……。

「何とか、ならないか……?」

 絞り出すように、少年の口から声が漏れた。

「……それは、どうして?」

 穏やかに、ナインは問う。

 ぐっと、光は詰まった。

 嫌なのだ、という理由だけでは足りないと、自分でもわかっている。

 あの恐るべき漢の末路が、そんなものであってはいけないという、感情論。

 それを上手く装飾できる理屈は思いつかず、少年はじっと王女を見つめることしかできない。

「ふふ」

 不意に、ナインが笑った。

「そうね、私も、嫌だわ。亡骸とはいえ、彼の者をこれ以上辱めるに足る道理など、ありはしないのだから」

「え、と」

 光の困惑に、王女は悪戯っぽく続ける。

「激戦故に、燃えてしまった……と、してしまいましょう」

「……良い、のか?」

「あら、良いも何も、事実でしょう?」

 愉快そうな声が響く。

「そう……かもな」

 光の肩から、力が抜ける。

 安心と、少しの喜び。

 きちんと弔えることが、嬉しい、と少年は確かに感じていた。

 そのことを、光は自身でも不思議に思う。

「幸い、彼の者の得物があるわ。斧のような、大剣のような……斧剣、とでも呼ぶべきかしら」

 ナインの身の丈を優に超える、魔将の武器。

 その威容を思い出し、光は確かにあれならば、と頷く。

「それを証拠にする、か」

「あんなものを振り回せるのは、それこそ彼の者くらいでしょう。十分よ。……あれを墓標にできない程度は、許してもらわないとね?」

 くすくすと、ローブから笑い声が零れた。

 珍しく、少年はその余裕に対抗しようとして、口を開く。

「……ナインなら、使えるんじゃないか?」

「あら」

 その言に、王女は気取った様子で指先を小さく振った。

「残念だけど、趣味じゃないの」


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