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本日もカイセイなり  作者: モカの木
16/19

16話 アントラクト

「少しは落ち着いたかしら」

「……ああ、ありがとう」

 玉座の間を離れた、ホールのような場所で、光は腰掛けていた。

 返事とは裏腹に、まだ声は少し震えている。

 対するナインは、あれだけの激闘を経てなお疲労の色を見せていなかった。

「まぁ、上出来よ。彼の者に、認められたのだから」

「そう、なのかな」

「ええ」

 何とはなしに、少年は天井を見上げる。

 今この瞬間も、ロンドはハモニカを指揮して都市内の残敵を掃討している。

 そしてフィオは、ヨウゲツ方面の戦況を確認しに向かっていた。

 自分は、何もすることがない。

 それは、山中での一幕と重なったが、あの時とは何となく違うな、とも光は思っていた。

「休むべき時に休むことと、歩くべき時に休まざるを得ないこと。それは違うのよ」

「……勉強になる」

 見透かしたような王女のセリフに、少年は苦笑して目を閉じる。

 くすくすと、涼やかな笑い声が空間に溶け、静寂が訪れた。

「俺が」

 ふと、光が口を開く。

「もっと早く、ティスを頼っていたら……」

 視線を、傍らに控える侍女へと送った。

 まるで美術品のように佇む彼女からは、戦いという気配さえも伝わってこない。

 それこそが、逆説的にあのデウス・エクス・マキナとでもいうべき神威の裏付けでもあるようだった。

「ふぅん」

 応じたナインの声音には、若干の棘が混じっている。

「……主人がお困りよ。侍女ならば、答えるべきではなくて?」

 ティスはそこで目を開くと一礼し、ちらりと光を見やる。

 少年は僅かに戸惑い――頷いた。

「結果的には」

 透き通るような音が鳴る。

「あのタイミングが最善であった、と判断します」

「……続けなさい」

「O兵装の発覚以前にゴーズを処理した場合、脅威レベルの正確な測定に失敗していた可能性があります」

 整然と言葉が紡がれる。

 王女は腕を組み、目深なフードの奥で何事か唇を動かし、首を振った。

「その口振り、嫌な感じよ」

 ふぅ、と艶めかしい吐息が漏れる。

「……アレの同類が、他にもあるのね?」

「はい」

 ティスは頷き、少年がぎょっとしたように再び視線を向けた。

「そう……確かに、警戒しなければ」

 ナインの言葉は硬い、が、すぐにくすくすと笑った。

「……とはいえ、雲を掴むような話だけれど」

 ひとしきり笑うと、彼女は珍しく呆れたような、困ったような様子で、誰ともなく呟いた。

 O兵装。

 異質なその存在が、まだこの世界にはあるのだと、ティスは言う。

 光の想像も及ばぬ、魔法より魔法じみた超技術の塊。

 あるいは、それは自身の本願の、地球への帰還の手がかりかもしれない。

 ぼんやりと、少年はそんなことを思った。

「ひとつ、聞いておくわ」

 すい、と声が差し込んだ。

 ナインがティスの目の前に立っている。

「貴女の目的は何?」

「……必ず、マスターをお助けすることです」

「ふぅん……ヒカルを、必ず?」

「はい」

 値踏みをするように、王女は首を傾げる。

 居心地の悪い沈黙。

 耐えきれなくなった光が口を開こうとした時だ。

「……まぁ、良いでしょう」

 ナインが頷いた。

 応じるようにティスもお辞儀をすると、目を閉じる。

 機を逃した少年は、気まずそうに頬をかき、小さくため息をついた。


 ◇


 外から、甲高い鳥の鳴き声のような音が響いた。

 何かと窓に目を向けた光に、鏑矢です、とティスが告げる。

「向こうも、終わったようね」

 ナインの言葉に、少年はハモニカが仕事を済ませたことを察した。

「鉱山都市とはいえ、曲がりなりにもかつての王都。狭くはないわ」

「良くは知らないんだが、その、こういう街の占領……っていうのか? 難しいんだろ?」

「ええ。優秀よ、彼女の騎士団は」

 その物言いに多少の違和感を覚えたが、光は聞き流す。

「そういえば前の住民、ドワーフだっけ、帰ってくるのかな」

「そうね……難しいでしょう」

 少年の質問に、王女は少しだけトーンを落とす。

「代替わりの直後で、王家の後継者は不在だったわ。当時のアフリッド王が、それでも鋼の騎士団と運命を共にしたのは……若さと、焦りもあったのかしら」

「……」

「この都市から逃れたドワーフ達は、それ故にこそ、弔いに訪れることはあっても、再び住まうことは望まないでしょう」

 その感覚は、光にはよくわからなかった。

 ただ、自身の知る「王」と「民」の関係と、カイセイでのそれには違いがあるのだ、ということはわかった。

「だからね」

 ナインが光へと向き直る。

「ヒカル、貴方には申し訳ないけれど、この都市の奪還を貴方の功績にはできないの」

「うん? 別に良いけど」

「……ふふ、そうね、貴方に実感はないでしょうね」

 鈴を鳴らすように、王女は笑う。

「貴方が、かつてのアフリッド王の縁者ならば、何を憚ることもないのだけれど……。そうでないならば、ここはマーディンの王家が『解放』する必要があるの。つまり、私がね」

「……政治ってやつか」

「あら……うふふ、そうよ。面倒なの。とっても」

 楽しげな様子に見えたが、光はここで、なぜ彼女がウプアットへの同行にこだわりを見せたのかを、薄っすらと理解した。

 ナインは、ずっと己の責務を見据えていたのだ。

 自分ではどうしようもないことで、不本意な状況に置かれてなお……勝手に背負わされただけの荷物を、放り出さなかった。

 その気高さが眩しく、光は目を逸らす。

 そんな心を見透かすように、王女はもう一度笑った。

「幸い、その手の機微はロンド・ブリュースターなら察するでしょう」

「……? バルクマンだろ?」

「ああ、そうだったわね」

 悪びれもせず答えるナインに、少年は首を傾げる。

「さ、出迎えてあげましょう。座ったままで、あの弓使いの子にお説教されたくないでしょう?」

「……そうだな」

 先輩風を吹かせるニナの顔が浮かび、光は苦笑した。

 その表情がようやく崩れたことで、王女はローブの下で静かに口元を緩め、歩き出した。


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