13話 滅びの星
玉座の間に生じた暗黒が、周囲の装飾や瓦礫を次々と飲み込んでいく。
即座に、フィオとロンドは距離を取った。
局所的なブラックホール、とでも称すべきか。
呆気にとられた光を、引力から守るようにティスがそっと支えている。
唐突に漆黒の球体が消えた。
時間にすれば、10秒にも満たない程度。
それでも、もうもうと巻き上げられた粉塵が、辺りを覆っていた。
あの中にあって無事なものがあるとは、少年には到底思えなかった。
余波で天井から斧剣が抜け落ち、床へと突き立つ。
「……やった、のか?」
光がぽつりと漏らした。
だが、誰からも答えは返ってない。
やがて、粉塵が落ち着き始め……中から、ややふらつきながらも、「鋼喰い」がその姿を現した。
「これほどの強者と戦えるとは、長年ここに留まった甲斐があったというものだ」
斧剣を床から抜きながら、ゴーズは笑う。
当然、無傷ではない。
巨躯のあちこちには細かい瓦礫が突き立ち、装束は血で濡れている。
相当な消耗を、しかし、感じさせぬ覇気。
「惜しむらくは、己の準備不足といったところか。いや、言うまい」
「あら、負け惜しみなら十分にした方が良くってよ?」
ナインの舌鋒に、それでも魔族の将は愉快げだ。
「負け、か。あるいは、貴様らがヨウゲツに留まっておれば、なるほど、負けたのは我らだったかもしれぬ」
「……何だって?」
油断なく間合いを計りながら、ロンドが怪訝そうに呟いた。
「ナインと言ったな。貴様の力があれば、我らの計画は防がれただろう」
断言するゴーズに、光が上ずった声で応じる。
「ヨウゲツにゃ勇者がいるんだぜ?」
「そうだ。それこそが目的よ」
魔将は鷹揚に頷いてみせた。
「……あいつらを、たかが11万の軍勢で倒せるとでも?」
言いながら、苦しい、と少年は思った。
わかったのだ。
何か、自分の知らぬ決定的な何かを、目の前の恐るべき首魁は持っているのだと。
それを肯定するように、ゴーズは口を開く。
「思わぬとも。だからこそ……」
そこで、ふと言葉を区切ると、魔将は玉座の間の天井を見上げた。
いや、天井ではなく、その先を見据えるようだった。
「せめてもの餞よ……その目で見届けるが良い!」
一瞬で斧剣を構えたゴーズに、光をかばうようにフィオとロンドが立ちはだかる。
ゴウ、と空気が逆巻いた。
竜巻の如き剣閃が荒れ狂い、まるで爆発したかのように天井と壁を吹き飛ばす。
「なんて力! まだこんな余力が……!」
フィオが奥歯を噛みしめる。
あの技が自身に向けられていたならば、果たして命があったかどうか。
「往生際の悪い」
ナインは不機嫌そうに、すいと指先を巡らす。
ガラガラと音を立てて降り注ぐ瓦礫が、それだけで光達の頭上を避けて床に落ちていく。
間もなく、開放的になった玉座の間に静寂が戻るとともに、ゴーズが剣先で上空を指し示した。
つられて視線を送った少年は、その光景に目を見開いた。
「昼間の空に……あんな明るい星が……?」
「あれこそが『凶星』。何人も逃れること能わぬ、滅びの星である」
ぞわり、と光の背筋に悪寒が走る。
「ネメ……シス……」
呆然と呟いた少年の耳元に、ティスが唇を寄せた。
「O兵装です」
「……え?」
理解できないという様子の光に、彼女は続ける。
「衛星軌道上から、一種のレールガンを撃ち込む遺失兵器です。既に発射シークエンスに入っています」
「何だよ、それ……」
開いた口が塞がらないとはこのことか、と、少年は見当外れな感想を抱いた。
慌てて頭を振る。
「と、とにかく……それなら、早くゴーズを倒さないと……!」
焦り、叫んだ光に、魔将は呵々と笑った。
「最早遅い! 己を殺そうとも、滅びの星は止まらぬ。ヨウゲツともども、勇者は砕け散る定めよ」
「……O兵装を防ぎ切るのは、残念ながら、勇者のお二人でも難しいでしょう」
すがるように見つめた侍女から、残酷な肯定が告げられる。
「遅すぎた、のか……?」
少しでも覚悟を決める時間が欲しい。
そう願った一晩の猶予が、あるいは分水嶺だったのかと思い至り、少年は力が抜けそうになった。
「ヒカル……」
気遣わしげなナインの視線に、光は血が滲むほどに拳を握りしめる。
仲間を、ティスを「頼る」ことに甘えた結果が今なのだ、と心の中の自分が嘲る。
少年の口が何事かを紡ぎかけたその時、凶星から禍々しい光の帯がヨウゲツへと伸びているのが見えた。
最終照準です。
そんなティスの声が、耳に水が詰まったかのように、くぐもって聞こえた。
◇
ヨウゲツ。
一際大きな金属同士の衝突音が響き、ついで小さな舌打ちが鳴った。
アドラーと修志とが幾度も干戈を交えた結果、青年の鉤爪が限界を迎えたのだ。
「勝負あったな」
それでも油断なく構えながら、勇者は宣言する。
その時。
天から、怪しい光帯が城壁へと差し込んだ。
「いや」
にわかにざわつく人間たちの様子を視界の端に捉え、アドラーは笑う。
「俺の勝ちだ」
「っ!」
異変を察知した修志は、瞬時に城壁と駆け出す。
それは追わず、青年は悠々と予備の剣を引き抜き、周囲の魔族へ指示を出す。
止まれ、と。
「兵士たちの動揺を抑えて! それと、魔技師達に、この光を早急に分析するようにと」
レラは素早く対応を始めていた。
唐突に降り注ぎ出した謎の光。
その原因が、いつの間にか現れたあの昼天の煌星であるならば、間違いなく尋常な事態ではない。
それ故に、自身に打てる手が残されていないことも察していた。
撤退さえ、間に合うかどうか。
「状況は?」
そこへ、修志が依衣子を連れて現れた。
渋面を作って首を振る将軍に、2人は顔を見合わせ、頷く。
「……魔物の将が、俺の勝ちだ、と言ってたんです。多分、これが敵の切り札でしょう」
修志の言葉に続けて、依衣子が口を開いた。
「何か、大きな魔法だと思います。城壁と、私達の魔力障壁で何とか……」
「……敵の動きも止まったようだし、恐らく、そうでしょうね。予備部隊から、魔力障壁に長けたものを抽出して預けます。それと、副官」
「は!」
「ヘンシェル殿と合流して、住民の避難を開始させて」
「……り、了解しました!」
レラの指示に、副官は食いしばるように答え、走り出した。
それを見送ると、彼女は勇者の2人に向き直り、頭を下げる。
「お願いします」
「任せてください!」
修志は快活に応じ、依衣子も微笑を浮かべて頷く。
もはや、この場の運命は勇者に託されたのだ。
「避難が間に合えばいいけれど……」
部屋に残されたレラは、そう呟きながら、机上の地図に目を落とす。
その視線は、無意識にウプアットの位置を捉え――ヒカル、と小さな声が零れた。




