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本日もカイセイなり  作者: モカの木
10/19

10話 嚆矢

 夜が明けた。

 空から、夜の名残が急速に薄れていく中を、光一行は出発する。

 途中、先発していたジェイクとイネス、フィオが合流した。

 支障なし。

 その報告にロンドが頷き、光の肩をポンと叩く。

 やがて、山々を切り開いたような鉱山都市――ウプアットの城壁が現れた。

 所々に立つ監視塔と思しき建屋には、篝火のちらつきも見える。

 少年の目には見えないが、おそらくは、見張りもいるのだろう。

 鳩尾の辺りが震えるような感覚。

 光は少しだけ目を閉じ、深呼吸をした。

「――行きます」

 小さいながらも確固たる宣言に、ロンドは手早く指示を下す。

 応じて、ジェイクとニナが身を低くしながら物陰から躍り出た。

 その行方を、固唾を飲んで少年は見守る。

 先行したジェイクが、音もなく城壁を駆け上がり、何事かを確認すると眼下のニナへ合図を送った。

 それを受けて、ニナは左手の弓のような――手の甲に直接装着している――武器に矢を番える。

 だが、その照準は監視塔からはズレているようで、光は目を凝らそうとした。

 次の瞬間。

 放たれた矢が朝日を受けて、微かに軌跡を描いた。

 一本の線が空中でその軌道と数を変え、過たず全ての監視塔へと吸い込まれる。

「凄い……」

「凄いでしょ。自慢の後輩」

 思わず呟いた光の耳元で、イネスが楽しげに囁く。

 その間にジェイクが城壁内部へと降り、少しして、城門が開かれた。

 残ったメンバーとともに、光も門へ走り出す。

 篝火は、何事もなかったかのように灯ったままだった。


 ◇


「報告」

「都市内に、他の監視の目はなさそうです。ニナも『視た』んで、まず間違いなく」

 城門に一旦集結したところで、ロンドが手短に指示した。

 ジェイクが間髪入れず答え、騎士は頷いた。

「よし。ジェイクとニナはここで、マカリア方面を警戒しつつ援護。他のメンバーは計画通り」

「了解」

 顔を合わせた時間は1分にも満たない。

 それでも迷いなく動き出すハモニカの面々に遅れないよう、光も慌ただしく動く。

 城門から小道を抜け、街路へ。

 一旦建物の陰に身を寄せ、様子を伺う。

 開けた道だ。

 あるいは、魔物の見回りがいるかもしれない。

 そんな予測に身を固くした少年の肩を、イネスが軽く叩く。

 何かと視線を送った光に、彼女は悪戯っぽく笑いながら上空を指さした。

 瞬間、頭上を微かな風切り音が追い越していく。

 それを合図に他のメンバーが動き出し、少年も続く。

 あの音の正体はという疑問には、次の曲がり角の先、矢が刺さって倒れ伏した魔物が答えとなった。

 援護とはこれのことか、と光の背筋に冷たいものが伝う。

「可愛い後輩に頼ってばっかりじゃね。私もお仕事お仕事」

 そんな胸中を知ってか知らずか、イネスは小さく呟くと、物陰からゆらりと身を乗り出し、跳んだ。

 少年が瞬く度、まるでコマ落としのように区画の先へ、先へ。

 その姿が、時折路地に吸い込まれ、何事も無かったかのように現れると、また跳ぶ。

 それを数度繰り返したところで、彼女は振り返ることなくハンドサインを送った。

 応じて周りが動き出し、光も後を追う。

 走り抜ける間、ちらりと見やった路地には、ところどころ魔物が倒れ伏していた。

 ぐっと奥歯に力を込め、少年は走る。

 

 ニナとイネスの援護もあり、その後も目立った妨害は受けなかった。

 まず、アレク、ジル、ユーフィの3人が兵舎方面へと分かれていく。

 そこから間もなく、鉱山方面へバルカ、イネス、モーフィアスが。

 残ったのはティス、フィオ、ナイン、ロンド、そして光。

 ここに至り、ようやく騒ぎ始めた魔物たちの声を尻目に、5人はかつての王城へと向かった。

 

 ◇


 ヨウゲツ。

 その城壁で、レラが腕を組んで大地を睥睨していた。

 見渡す限り、黒山の如き魔物の群れ、群れ、群れ。

 歪ながら攻城兵器の類も混じるそれは、確かにヨウゲツを狙う魔の手だ。

 かつてはマカリア要塞へと続く整然とした街道が伸びていた平野は、既に地獄の一丁目と化していた。

「斥候は?」

「既に戻りました。今は騎馬を休めています」

 副官の報告に頷き、若き将軍は声を張り上げる。

「忠勇なるマーディンの兵士たちよ! 恐れるな! 王家の加護は絶えず我らの元にこそあるが故に!」

 仰々しくマントを翻し、レラは続けた。

「勇者シュージ、イイコの参陣こそがその証なれば……王国の興廃、この一戦にあり! 諸君らの奮励努力こそが、民草の未来を切り開く矛であり、盾である!」

 雄々、と猛々しい歓声が上がる。

 士気は上々。

 それにひとまず安堵し、レラは副官に向き直る。

「ヘンシェル殿は?」

「は、計画通り、シャンシー街道側で脱出路を固めています」

「よし、万一の場合はヘンシェル殿と合流。住民の避難を最優先にして脱出を。指揮は貴方が執りなさい」

「は、いえ、しかし」

「復唱」

「……万一住民を脱出させる際は、ヘンシェル次席執政官と合流し、小官が指揮を執ります」

「よろしい。ヘンシェル殿にも、そこは言伝してあるわ。もちろん、そうならないのが最善だけど……」

 首を振った将軍に副官が苦笑を返したその時。

「敵陣後方から魔法確認!」

 叫ぶような伝令の声。

 弾かれたようにレラが視線を前方に戻すと、大小入り混じった火球の弾幕がまさに降り注がんとするところだった。

 しかし、驟雨の如き火炎を前にして、城壁の兵士たちに動揺はなく――直後、炎の雨は空中で間抜けな音を立てて霧散した。

 城壁に施された魔法防御が発動したのだ。

 微かに残った火の粉が、煤となって辺りに舞う。

「まずはセオリー通り……強敵ね」

 当然、魔物側もそれは織り込み済みだ。

 多少の目眩まし程度のつもりか、あるいは単に号砲代わりだったのか。

 万にも届こうかという魔物の先鋒が、地響きを立てて押し寄せてきていた。

 レラは、パチンと指を鳴らす。

 騒然とした戦場にあってなお、その音は不思議と響く。

「魔導砲兵、構え!」

 合図を受けて、部隊長がそれぞれ麾下の兵士へ指示を出した。

「まだよ……まだ、まだ……」

 呟きながら、若き将軍は魔物の軍勢を見つめる。

 一塊だったその群れの、一体一体の姿形が鮮明になり、血走ったその目さえもが見分けられる距離。

 そこで彼女は目を閉じ、一度だけ深呼吸をする。

 指が鳴る。

「撃て!」

 部隊長の号令が響く。

 火炎弾(ファイヤボール)と呼ばれる魔法が、紅の滝となって魔物へと降り注いだ。


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