第2話 信用不安の足音
ガサッ、ガサッ……。
ジャングルの奥から近づいてくる不穏な音。俺とリートは息を呑む。
「……なぁリート。これ、クマとかじゃねぇよな?」
「クマはもっと信用力があります。これは……もっと脆弱な足音です」
「信用力で動物判断すんな」
葉をかき分けて現れたのは、ボロ布をまとった緑色の小鬼たち――ゴブリンだ。
いや、だろう。アニメで見た。
しかもただのゴブリンじゃない。腰にぶら下がっているのは、剣でも袋でもなく……借用証文。
「……なにあれ。証券化ゴブリン?」
「はい、借金まみれ種族です! デフォルト寸前でゾンビ企業みたいな存在ですね!」
「ゾンビ企業って言うな」
「利上げで滅びます!」
「うるせぇ、だから上がらないんだよ」
「総裁の頭と同じですね!」
「…………」
……分かるけど。
いや、よく考えたらやっぱり意味分からん。
それに英語ではよく喋るじゃん。
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そんなこんなしてるうちにも、ゴブリンの一人がよろよろ近づいてくる。
目の下にはクマ(信用力高め)ができ、声は震えている。
「た、助けてくれ……我らの村は、高利貸しオーク商会に借金を……」
――出たよ。異世界にもいるのか、高利貸し。
てかお前ら、なんで証文を腰飾りみたいにぶら下げてんだよ。
「返せるアテは?」
「な、ない……。利息が利息を生んで、借金が雪だるま式に……」
「それ複利地獄だな」
「はい。毎日が決算期です……」
ゴブリンが涙を流す。
いや、なんで泣きながら財務用語出してくんだお前。
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「……どうしますか?」とリートが問う。
「どうするって……俺にあるのは金融知識だけだぞ?」
「十分です! あなたは金融ニートですから!」
「肩書きが嫌すぎる」
だが放っておけば村ごと破産=死。
人が死ぬのを放っておけるほど、ニートのメンタルは強くないのだ。
まあ……しょうがねぇ。
「よし。借換えで金利を下げる。ついでに余剰労働力を共同化してキャッシュフロー改善だ」
「おおっ!」ゴブリンたちが目を輝かせる。
「えーと、それって……鍋で煮ればいいのか?」
「お前ら金融音痴すぎるだろ!」
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そのときだ。
地響きとともに、太った豚面の巨体が現れる。
革鎧にでかい帳簿を背負った――オークの取り立て屋だ。
「返済の期日だぞ、ゴブリンどもォ!」
「ひぃぃ……!」ゴブリンたちが震える。
取り立て屋は契約書を突き出し、鼻息荒く笑った。
「利息は日利二割! 払えぬなら村ごと担保だ!」
「……日利二割? 年率換算で7300%?」
「ちょっと計算しないでくださいよ!」と
リートが突っ込む。
俺はため息をついた。
「おいオーク。そんな暴利と強引な取り立て、利息制限法と貸金業法でアウトだろ」
「そんな法律、この世界にあるか!」
ガチで逆ギレされた。
この世界は金融ルールが未整備だ。
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オークは棍棒を構える。
やべぇ、物理は無理だ。
だが俺はひらめいた。
「……ゴブリンたちの借金を集約しろ!」
「えっ!?」リートの耳が跳ねた。
俺はゴブリンに叫ぶ。
「お前らの借用証文をまとめろ! 一本化して債務再編だ!」
「な、なんだそれ!?」
「いいからやれ!」
ゴブリンたちが慌てて証文を重ねる。
するとオークの契約書が重複して矛盾を起こし――
バリバリッッ!
オークの帳簿が破裂した。
……そこだけ無駄に魔法仕様だったらしい。
取り立て屋は「契約破綻だァァァ!」と叫んで逃げ去った。
「ハゲタカファンドの哀れな末路ですか?」
「いや、違うと思うぞ?」
どっちかというとウシジマくんかな……ウシじゃなくてブタだけど。
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「……やったのか?」
「はい! ゴブリンたちのデフォルトは回避されました!」
「奇跡じゃねぇか……。てか俺、ついに異世界なのに債務再編で戦ったぞ」
ゴブリンたちは泣きながら俺の足元にひれ伏した。
「偉大なる金融王よ……!」
「やめろ、その称号はリスクだ」
リートは尾をふわふわ揺らしながら笑った。
「でも、村の信用スコアは上がりましたよ!」
……なんだよ信用スコアって。
異世界の金融、想像以上にめんどくせぇ。
「なあ、リート。この森って、こんなんばっかりか?」
「はい。みんな金融リテラシーが高いです!」
「いや、別に高くはなかったろ、ゴブリンたちも……」
「むっ! なら我らの住処にご招待しますです! そうすれば金融王もご納得です!」
「金融王いうな」
ジャングルの奥で、また別の影がこちらを伺っていた。
どうやら、これで終わりじゃないらしい――