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第1話 ニート、異世界にポートフォリオを失う

 気がついたらジャングルの真ん中にいた。


 株価アプリは開けない。為替チャートも見れない。

 ただし、EAは動きっぱなし。


 俺の柔肌以外にあるのは、木とツタと、どう見ても人類未踏の緑の壁。


「……おい、俺のポートフォリオはどこ行った?

  ゴールドはリスクヘッジになるんだろ?」


 俺はニートだ。

 ただし普通のニートじゃない。


 実家資産ビリオン超え。配当金だけで百世代は暮らせる、超上級国民ニートだ。


 好きなものはS&P500。嫌いなものはトマトと流動性の低い市場。

 最近の関心事はジャクソンホール。


 そんな俺が今やってるのは、木を擦って火を起こすという前時代的アクティビティである。


「……ROIゼロじゃねぇか」


 指は痛い。汗は出る。火は出ない。


 努力という非効率投資は、俺のポートフォリオに存在しないのだ。


「マッチ一箱200円。この俺が、マッチ以下の男だと……?」


 なぜこんなことをしているか?


 理由はひとつ。


「神と名乗るやつに説教したらブチ切れられて、『山で朽ち果てろ』って言われたからだ」


 クソが。せめてETFにでも転生させろ。


 ……意味が分からん?

 安心しろ、俺も分からん。


 だが金をくれ。年間実質利回り5%で増やしてやる。


 ****


 焚き火は失敗した。


 だが俺は諦めない。市場も人生も「平常心」こそ最大の武器だからな。


「……木材が燃えない?

 そんなの、インフレ率がマイナスになるくらい意味不明だろ。マイナス金利か?」


 そのとき、気づいた。


 ――ジャングルの奥から黄金色の瞳がこちらを見ている。


「……誰だ?」


 バサッと葉の影から飛び出したのは、小さなリスのような生き物。

 だがそいつが口を開いた瞬間、俺は耳を疑った。


「チュイ! 分散投資は正義なのです!」


「は?」


 リスは胸を張って言い放った。


「あなた、ポートフォリオ偏ってますね?

 S&P500だけじゃベータが高すぎです!」


 異世界のリスは金融を語るらしい。

 いや、待て。なんで俺より金融リテラシー高いんだお前。


 俺は悟った。ここはただの異世界ではない。

 金融ネタで俺を殺しにくる世界だ。


「……投資回収ゼロ。俺の人生かよ」


 ****


 リスが喋る。それ自体はどうでもいい。

 異世界ならなんでもあり。なろう系のお約束だと。

 だが……


「……おい、リス。お前、名前は? なぜ俺のことを知っている?」


「私はリート、リビング族です! あなたのことはぶるーむばーぐで知りました」


「……住宅系不動産投資信託かよ。というか、俺の名前は経済誌に載ってねえ」


「安定的なキャッシュフローを志す森の民は神様の加護「ぶるーむばーぐ」が無料オプションなんです!」


 ……疲れるわ。なんでもありすぎだろ。

 というかあのクソ神、何やってんだ……

 だがリスはやたら自信満々だ。


 そのとき、俺の腹が鳴った。

 マーケットは開いてない。コンビニもない。

  俺の胃袋は昨今の国債より下落基調だ。


「……食い物、あるか?」


「はい! この森にはナッツETFが豊富に存在します!」


 ドングリを両手いっぱいに抱えるリート。

 見た目はただの野生動物なのに、しゃべる内容は証券マン。


 恐る恐るかじってみた。渋い。舌が粉を吹く。


「……ROIマイナスだなこれ」


「ですが、土に埋めれば将来的にナッツが増えてリターンはプラスに!」


  「……いや俺、その前に死ぬんだよ」


 頭を抱える俺に、リートはふわりと尻尾を揺らして笑った。


「仕方ありませんね……では、特別に秘密兵器を!」


 ポケットから取り出した小瓶。黄金色に輝く液体。


「……まさか」


「はい! 森の民に伝わる伝説の『はちみつ先物』です!」


「いや現物じゃねーか!!」


 ひと舐めした瞬間、甘さが喉を満たした。

 ……生き返る。


「助かった……ありがとう、リート」


「ふふん、私を雇えばこの程度の分散効果は標準装備です!」


 俺は思った。

 ――この世界、意外とリス頼りで生き延びられるんじゃね?


 ****


 ガサッ……ガサガサッ……


 だが、ジャングルの奥から聞こえてくる足音は、そんな甘い幻想を壊すようだった。

 リートの耳がぴくりと動く。


「……来ます。信用不安の足音です」


 ……いや、なんだその表現。


 けど間違いなく、何かが近づいている。

 俺はごくりと唾を飲んだ。


 ここは異世界。


 そしてどうやら、金融知識だけで生き延びねばならない世界らしい――。


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― 新着の感想 ―
正直、面白くて新鮮です。異世界サバイバルと金融ジョークの組み合わせはユニークです。
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