揺らぐ正義と沈黙の街
ノクティア・オルドの特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターン艦内は、張り詰めた沈黙に包まれていた。ナタアワタ共和国首都中心部にそびえる高層ビルが爆発し、数万人の民間人が命を落とした。シュヴァルツ・シュトラークによる、残虐かつ明確な挑発だった。
ブリッジの窓から宙域を見つめるヴァレリア上級指揮官の背に、誰も声をかける者はいなかった。艦内放送も、作戦会議のアラートも止まり、ただ緩やかな航行音が響くだけ。
「……民間人が……あんなに……」
セリス軍曹が震える声で呟いた。
「私たちのせい、ですか?」
イリナ軍曹は視線を落とし、自らの掌を握りしめた。自責と後悔が、全員の胸に突き刺さる。
数時間後、ブリーフィングルーム。 ヴァレリアはゆっくりと、ノクティア・オルドの12名を見渡した。
「……皆。あの爆発で、数万人が犠牲になった。その事実から、私たちは目を逸らすことはできない。」
誰もが息を詰め、耳を傾ける。
「だが、あの建物から君たちを救い出したのは、任務としてではない。私は、仲間として、家族として、命を賭けた。それが間違いだったとは、思わない。」
イリナが、目に涙を浮かべながら顔を上げた。
「この敵は、正義を利用して私たちを揺さぶる。けれど……だからこそ、私たちは迷ってはいけない。次こそ、必ず止める。民間人を、そして私たち自身の正義を守るために。」
沈黙の中、誰かが拳を強く握った。その音を皮切りに、全員が頷く。ヴァレリアの言葉は、絶望の深淵に差し込む一筋の光となった。
一方、ナタアワタ共和国。 高層庁舎の記者会見場では、政府広報官が平然と嘘を並べていた。
「今回の爆発は、老朽化したガス管による事故の可能性が高く……現在、調査を進めております」
記者たちが不審げに質問を投げるが、答えは濁されるだけだった。その裏で、大統領府の会議室では、エクレール大統領がブライス補佐官に命じていた。
「全部『事故』で通しなさい。ノクティア・オルドが動いていることも、絶対に公表しないで」
ブライスは戸惑いながらも頷く。
「でも……本当にいいんですか?」
「いいのよ。あの子たち……本気になったわね」
そう呟いたエクレールは、仄暗く艶やかな笑みを浮かべた。
さらに遥か遠く、ガフラヤサタ連邦。 地下深くの戦略指令施設で、ゲルマヴァルド統合政府議長は、暗いモニターに映る映像を見つめていた。そこには、破壊されたビル跡の映像が無音で流れていた。
「見せしめとしては十分だな」
その傍ら、シュヴァルツ・シュトラークの隊長ネーベル・ファウストの記録映像が表示される。仮面越しに冷ややかな無言の姿が浮かび、映像は途切れる。
「次も期待しているぞ、ネーベル」
冷徹な声が、沈みゆく闇の奥に消えていった。
アルヴィオン・ノクターンの司令室。
一人、深く椅子に座るヴァレリア上級指揮官。暗く沈む艦内の光の中で、彼女の顔だけが静かに浮かび上がる。
「もう……一歩も退かないわ」
その瞳には、怒りと決意と、わずかな希望の光が灯っていた。