血の誘餌
帝国歴1500年3月26日。ナタアワタ共和国首都。 ノクティア・オルドは第1班・第2班・第3班に分かれ、都市内部でシュヴァルツ・シュトラークを誘き出す作戦を展開していた。ヴァレリア上級指揮官は直々に第1班を率い、都市中央部の施設群に紛れつつ罠を張り、敵の出現を待っていた。 だが突如、イリナ軍曹率いる第2班との通信が完全に途絶えた。
「……応答がありません。」
通信担当の隊員が緊張した声で報告する。 ヴァレリアは顔を引き締め、即座に判断を下した。
「セリス軍曹、準備を。私たちで向かうわ」
「了解!」
第3班を率いるセリス軍曹と共に、ヴァレリアは通信が途絶えた座標へ急行する。
そこは、都市の区画B7。中層ビルと商業施設が密集する区域だった。 瓦礫のように散乱した監視ドローン、切断された監視ケーブル。静寂の中に、ただならぬ気配が満ちていた。
そのとき──。
「来たわね」
黒いコートに身を包んだ女が、道の先に現れた。 ネーベル・ファウスト。シュヴァルツ・シュトラークの隊長。ヴァレリアは即座に輝刃カガヤキを抜き、鋭く問うた。
「イリナ軍曹と第2班は、どこ?」
ネーベルは無言で薄く笑い、ポケットから端末を取り出してヴァレリアへ放り投げる。 それを受け取った瞬間、ネーベルは地面を蹴って屋上へ跳躍。人間離れした動きで、そのまま姿を消した。
「……待ちなさいっ!!」
ヴァレリアが叫ぶが、応じる者はない。
端末を起動すると、そこにはカウントダウンが表示されていた。 残り時間は12分。さらに画面が切り替わり、囚われた第2班の姿が映る。場所は、都市中心の高層ビル『エルネスタ・タワー』。
そして、ネーベルの映像が割り込んだ。
「時間は少ないわよ。部下を助けたければ、急ぐことね。」
ヴァレリアが睨む。
「何を企んでるの?」
ネーベルは口元だけで笑った。
「民間人を避難させようとすれば、爆破する。私たちは見ているわ。……さあ、正義ってやつを見せてちょうだい。」
映像はそれきりで切断された。
怒りに燃えるヴァレリアだったが、即座に判断を下した。
「第2班を救出する。……セリス軍曹、動くわよ。」
セリス軍曹は躊躇いがちに尋ねる。
「罠かもしれません。私たちを引きずり込むための……」
「それでも行く。仲間を見捨てるなら、私たちは『正義』の意味を失う。」
決意に満ちたヴァレリアの声に、セリス以下第3班の全員が頷いた。
高層ビル『エルネスタ・タワー』に突入したノクティア・オルド。時間は残り3分。
だが想定に反し、敵の待ち伏せはなかった。 慎重に警戒を続けながら、ビル中層階の1室へ踏み込むと、そこには無傷の第2班が拘束されていた。
「イリナ軍曹!」
「上級指揮官……すみません……」
「後でね。今は退避を優先するわ」
救出を終え、ノクティア・オルドは迅速にアルヴィオン・ノクターンへと帰還。カウントダウンはとっくに終了していたが、民間人を避難させなかった為に、爆発は起きていなかった。
だが、ようやく全員が艦内に収容された瞬間。
「緊急速報!」
艦橋のモニターが緊急警報を発した。
《速報本日13時32分、都市中央のエルネスタ・タワーにて爆発事故が発生し…》
モニターに映るのは、崩れ落ちるビルと、吹き飛ぶ瓦礫。
《爆発の規模は甚大で、タワー内外にいた民間人推定死者数は3万に達する見通し…》
凍りつく艦内。ヴァレリアは拳を握りしめ、沈黙のままモニターを睨み続けていた。 敵は、善悪の一線を超えている。 これは、『警告』であり、『宣戦布告』であった。
そしてノクティア・オルドが、もはや『諜報任務』の範疇にいない戦場へ、足を踏み入れた瞬間だった。