黒い寓話
帝国歴1500年3月27日。ナタアワタ共和国首都高層都市は深夜を迎えていた。 監視ドローンが編隊飛行を終え帰投し、街のノイズがひととき収まる。 その静寂の中、ノクティア・オルドの各班は新たな作戦に基づき、都市全域に張り巡らせた情報網を『撒き餌』に転化させていた。
特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターンの作戦室。 ヴァレリア上級指揮官は静かに全体図を眺めながら言った。
「この都市には、見えない敵の『気配』が漂ってる。ならば私たちから揺らしてやるのよ。」
イリナ軍曹率いる第2班は、市民施設に配置した擬似的な監視信号発信機の調整を完了。 セリス軍曹率いる第3班は、地下シェルターの生活圏に潜入し、現地住民との対話を通じて『揺らぎ』の発信源を洗い出していた。
同じ頃、ナタアワタ共和国地下軍施設。 無音の密室に、黒衣の女たちが数名、仮面のまま集う。 シュヴァルツ・シュトラーク。 その中心で、艶やかな銀髪を束ねた長身の女が冷たい声を発する。
「奴ら、こちらの撒いた『影』に鼻を利かせてきたようね。」
声の主はネーベル・ファウスト。この無慈悲なる暗殺部隊の隊長だった。
「だが愚かね。『こちらを探れ』という誘いに、そのまま応じるなんて。」
壁面に投影されたノクティア・オルドの行動パターンマップを指し示しながら、彼女は言った。
「作戦名『黒い寓話』。 敵に『こちらが撒いたと思わせる手がかり』を与える。そして、その手がかりの先に導線を引くわ。」
ネーベルはそう言うと、椅子から立ち上がり全員を見回した。
「『誘いに反応する者』を選別し、『正義の狂信』を暴き、心を裂く。」
ネーベルの言葉に、誰も返答しない。ただ、全員が妖艶な笑みを浮かべるだけだった。
ノクティア・オルドの通信が一部妨害を受けた。 セリス班が監視していたカメラに、民間人を装った黒衣の集団が映る。 わずか数秒、だがその『無音の破壊』に違和感を覚える。
「これは……引っかかってくれた『演技』じゃない。」
セリスが呟く。報告を受けたヴァレリアは、映像を凝視しながら眉を寄せた。
「この動き……こちらの思考、読まれてる……!」
彼女はすぐに全班に通達を出す。
「作戦を変える。敵の『思考模倣』を超えるには、予測不能な『自由行動』で対応するしかない。」
ノクティア・オルドとシュヴァルツ・シュトラーク。 夜の都市に、互いの『影』が滑り込み、罠と罠が交錯する。この戦いは、『正義』と『悪』の区別が霞むかもしれない。