静かなる決意
深夜。ナタアワタ共和国首都の宇宙港に停泊する特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターンの艦橋。薄暗い照明の中、ブリーフィングルームにて一人座るヴァレリア上級指揮官の姿があった。目前のホログラフ通信装置が、青い光を放ちながら接続を完了する。
「……ヴァレリアです。緊急極秘通信を要請します。」
通信が繋がると、画面に映し出されたのは、神聖旭日連邦帝国首相官邸、執務室のアリス総理とエイン外務大臣だった。2人は落ち着いた様子で応じる。
「ご苦労さま。状況を教えて。」
アリス総理の声が響く。ヴァレリアは立ち上がり、敬礼を一つしてから報告を始めた。
「はい。現在、ノクティア・オルドは市街への潜入活動を進行中ですが、情報収集の成果があまりにも『綺麗すぎる』状態にあります。通常の諜報任務であれば何らかの痕跡があるはず……しかし、それが全くない。これは、敵が先に動き、情報の『改竄』や『隠蔽』を徹底していると判断しました。」
エイン外務大臣が頷いた。
「……つまり、『何も無い』こと自体が不自然であると。」
「その通りです。そこで私は、敵対する特殊部隊――シュヴァルツ・シュトラークを誘き出す為、各班に『揺さぶり』の作戦を命じました。既に民間施設への擬似信号散布などが開始されており、敵の反応を観測中です。」
アリス総理は真剣な面持ちでヴァレリアを見つめた。
「判断は妥当ね。あなたならそう動くと思った。……ヴァレリア、以前渡した白紙委任状の意味、覚えているわね?」
「はい。総理。今後の一切の戦術・戦略判断について、私の裁量で決定し、報告の義務は免除される、と。」
「ええ。その通り。あなたの作戦を全面的に信頼してる。次の通信は、勝利報告であってほしいけど……その前に必要な犠牲が出たとしても、それは私の責任。だから迷わず行動して。」
ヴァレリアの目に一瞬、感情の火が灯る。
「……感謝します。必ずや、期待に応えてみせます。」
エイン外務大臣も静かに口を開いた。
「あなたに託したことを、後悔しないわ。全ては神聖旭日連邦帝国の正義のために。お願いね、ヴァレリア。」
「了解しました。」
ヴァレリア上級指揮官が最後の敬礼をし、通信が切断される。
場所は変わって、神聖旭日連邦帝国首都地球首相官邸執務室。深夜の静けさの中、モニターが暗転し、青い光が消えていく。
「……ヴァレリア、頑張っているわね。」
エイン外務大臣が椅子にもたれながら、感慨深げに呟く。アリス総理は窓の外、静かな夜空を見上げていた。
「……ええ、あの子には、特別な想いがあるもの」
しばしの沈黙。
エイン外務大臣は椅子から立ち上がり、そっとアリスのそばへ近寄ると、その横顔を見つめながら言った。
「……でも、貴女も無理をしすぎないで。すべてを背負い込まないで。」
アリスは驚いたように彼女を見返す。そして、少しだけ柔らかい微笑を浮かべた。
「ありがとう。……貴女のそういうところ、好きよ。」
その言葉に、エイン外務大臣の頬が僅かに紅く染まる。お互い、心の中では分かっている。それでも、公にすれば全てが崩れる。それが『総理』と『外務大臣』の関係。窓の外では、地球の静かな夜が続いていた。だがその闇の中では、既に『正義と悪』が曖昧に交錯する戦いが、確かに始まっていた。