見えざる殺意
帝国歴1500年3月25日。都市全体が罠である。その確信を得たヴァレリア上級指揮官は、静かに命令を下した。 「痕跡を探すのは、もうやめましょう。代わりに、気配を誘い出すわ」ナタアワタ共和国首都の空は、相変わらず灰色にくすみ、都市上空を飛ぶ監視ドローンがその冷たい機械の目で地表を見下ろしていた。ノクティア・オルドの各班は既に散開中。だが今、作戦は転機を迎えていた。
イリナ軍曹率いる第2班は、ヴァレリア上級指揮官の新たな指示を受け、従来の情報収集から“撒き餌”戦術へと移行した。
「信号投下完了。位置に偽装干渉波を展開。監視装置のふりをするだけでも、やつらは動くはず」
イリナ軍曹はタブレットを操作しながら、仲間たちに静かに指示を送った。 彼女たちは公共施設の端末や給電施設などに、『監視されている』と錯覚させる電子ノイズを撒いた。 まるで、こちらが監視しているように見せる。敵が本当に『反応する』のなら、それは何よりも確かな証拠になる。
一方、セリス軍曹率いる第3班は、都市下層のシェルター区画に潜入していた。
「ここには声にならない真実があるはずよ」
セリスは身なりを変え、難民や低所得層に混じって市場を歩いた。 古ぼけたモノレールが頭上を走る。 市民の声が交錯する中、彼女の部下たちは会話に耳を傾け、『消された痕跡』を拾い集めていた。ヴァレリア上級指揮官自身は、精密に偽造された官僚身分を用い、共和国の政府系データセンターへの接触に成功していた。
「身分認証……通過。ようやく中枢に近づける」
その目は、端末に映る情報以上に、周囲の警備体制と職員たちの動きを注視していた。
シュヴァルツ・シュトラーク。
沈黙の暗殺部隊は、ノクティア・オルドの『揺さぶり』を敏感に察知した。
「炙り出しに出たか……ならば、囮をくれてやる」
その作戦は冷酷だった。彼らは逆に『偽の手掛かり』を都市内の複数地点に配置し、ノクティア・オルドの行動を予測し、そのパターンに合わせて罠を設置。この都市は、すでに『舞台』と化していた。そして、セリス班の斥候兵が違和感を覚えた。
「……何かが、おかしい。足音でも、視線でもない。けど、気配がある」
その報告は即座に本部へ送られた。
特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターン。ナタアワタ共和国首都宇宙港に隠された特殊作戦艦のブリーフィングルームで、ヴァレリア上級指揮官は全データを再確認していた。
「……彼らは、私たちの『思考』にすら侵入してきている」
地図に表示された異常反応の位置。それらはすべて、ノクティア・オルドが動いた直後に出現していた。
「模倣してるのよ。私たちが撒いた撒き餌に、逆に囮を重ねてる。……敵は思考の裏を突いてくる」
ブリーフィングルームに集まったメンバーたちは静まり返った。
「だから、行動パターンを完全に変えるわ。誰も予想できない自由戦術で。ここからが、本当の戦いよ」
彼女の声は低く、だが凛と響いた。ノクティア・オルドは、影との戦争の、真の幕を開けたのだった。