沈黙の中の戦慄
帝国歴1500年3月20日。
特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターン艦内、作戦会議室。高性能な遮蔽装置と電子妨害機構によって、ナタアワタ共和国宙域に溶け込むこの艦は、まさに影の要塞だった。長机を囲むようにして座る12名のノクティア・オルドの女性兵士たち。 ヴァレリア上級指揮官の前には、作戦端末と戦域情報が広がっていた。
「そして、現時点での諜報活動の進捗をまとめるとこうなる」
ヴァレリアの言葉と共に、各班の報告が電子パネル上に浮かび上がる。
「誰か、決定的な証拠を掴んだ者は?」
重たい沈黙が広がった。やがて、第2班班長・イリナ軍曹が口を開いた。
「報告出来るようなものは、何一つ……それどころか、疑念すら持たせない完璧な表面です」
第3班班長・セリス軍曹も続く。
「情報の痕跡すら無い。どんな秘密にも、必ず『匂い』は残るはず……だが、ここには何もない」
ヴァレリアは無言で頷いた。
「――それが、逆におかしいのよ」
「おかしい……ですか?」
イリナ軍曹が眉をひそめる。
「秘密がある国家は、たとえどれだけ巧妙でも、どこかに綻びがある。その綻びを突いて、我々は真実にたどり着く……それが諜報戦の基本。だが、ここにはそれが一切無い」
ヴァレリアは端末を操作し、過去の事例と比較されたデータをホログラム表示する。
「『綺麗すぎる』のよ。民間ネットワーク、商業通信、軍の移動パターン、関係者の証言記録、全てが整然とし過ぎている。……この国には“情報の揺らぎ”が存在しない」
セリス軍曹が静かに呟く。
「専門部隊が情報操作をしてる、ってことか……」
「おそらく。しかもかなりの手練れ。痕跡すら残さないほどのな」
ヴァレリアの声は静かだったが、その奥底に冷徹な分析力と戦慄が滲んでいた。その時、第1班のメンバーの一人が拳を握りしめて言った。
「でも……私たちも、『特命部隊』です。負けません」
ヴァレリアはわずかに微笑んだ。
「頼もしいわね」
だが次の瞬間には、その表情が厳しさを取り戻していた。
「ただし、油断は禁物。敵はもう私たちの存在に気づいている。ここからは『潜入』ではなく、 『戦い』になる可能性もある」
重々しい言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
「今後は全ての行動を、敵に監視されているという前提で進めること。『沈黙の中の戦慄』こそが、今の戦場よ」
隊員たちは一様に頷いた。ノクティア・オルドの真の戦いは、いま始まったばかりだった。