闇に紛れて
特殊作戦艦アルヴィオン・ノクターンは、ナタアワタ共和国宙域に静かに滑り込んでいた。民間貨物船に偽装されたその漆黒の艦影は、星々の光の中に溶け込み、誰の目にも止まることなく、ナタアワタ共和国首都宇宙港の裏側、特別区画の入港ゲートに接続されていた。
アルヴィオン・ノクターン艦内の、ブリーフィングルーム。 ヴァレリア上級指揮官の声が冷静に響いていた。
「……ナタアワタ共和国は銀河連邦の象徴たる『開かれた民主国家』を標榜しているが、その実態は情報統制された準監視国家に近い。今回の任務は2段階だ。第1段階、首都各所に分散し、それぞれの潜入ルートから情報接点を確保すること。第2段階、政権中枢への情報接触。最終目標は、ナタアワタ共和国とガフラヤサタ連邦の裏ルートの物証を確保することにある」
隊員たちは無言で頷いた。既に誰もが任務に没入していた。
「第2班は民間メディアに偽装して政界の情報収集に入る。イリナ軍曹、現地記者としての表向きの身分証明は整っている。第3班は都市インフラ整備関連のエンジニア部門に潜入。セリス軍曹、政府契約企業の内部に食い込め」
「了解」
イリナもセリスも、すでに目に鋭い光を宿していた。ヴァレリアは続けた。
「私は共和国議会付属の安全保障研究所に、研究官として潜入する。そこには、エクレール大統領の側近とされるブライス補佐官が定期視察に訪れているとの情報がある」
その名にざわめきが走った。ブライス。ナタアワタ共和国の諜報統制を実質的に担っていると噂される男。その背後に、ガフラヤサタ連邦の影がある可能性は高い。ヴァレリアは最後に言った。
「我々は神聖旭日連邦帝国の名の下に潜り込む亡霊だ。光の届かぬ領域で、敵の真実を引き摺り出す。民間人の間に潜むのも、そうした真実を暴くため……絶対に気を抜くな。繰り返すが、ここは『戦場』だ」
「了解!!」
全員が一斉に立ち上がった。
数時間後。ナタアワタ共和国首都の巨大都市圏。 ネオンに包まれた街並みの中へ、偽装IDを持ったノクティア・オルドのメンバー達が、次々と分散して姿を消していった。誰も彼女たちが神聖旭日連邦帝国の諜報部隊だとは気づかない。 だが、見えない目がすでに彼女たちの動きを捕捉し始めていた。
同時刻。ナタアワタ共和国大統領府、特別会議室。 エクレール大統領は、巨大なスクリーンに投影された監視映像を見つめていた。 その横では、共和国情報庁のブライス補佐官が立っていた。
「神聖旭日連邦帝国の諜報部隊が動いたようです。複数の接触痕跡あり」
「当然でしょうね。私たちは秘密を抱えすぎた……けれど、掴ませはしないわ」
エクレールは妖艶に微笑んだ。ブライスが一礼する。
「すでに諜報総局には通達済みです。既に動き出しています」
そう、ガフラヤサタ連邦暗殺専門部隊『シュヴァルツ・シュトラーク』。
エクレールはワインのグラスを揺らしながら、宙を見つめた。
「さあ、いよいよ始まるわ。闇の中で誰が最後まで踊れるか……」