静かなる出航
帝国歴1500年3月18日。総理直轄特命部隊『ノクティア・オルド』は、ついにその初任務の地へと旅立つ時を迎えていた。首相官邸地下の秘密拠点から、ヴァレリア上級指揮官に率いられた12名の女性兵士たちは、宇宙港へと移動した。そこに停泊していたのは、彼女たちが今まで使用してきた旧式の特殊作戦艦ではなかった。黒と紫の艶やかな外装を纏い、艦首には月下の薔薇を模した紋章が浮かぶ。まるで艶やかな女王のような威容。
「……まさか、これは」
ヴァレリアの呟きに、同じく第1班の隊員たちがどよめく。現れたのは、神聖旭日連邦帝国宇宙軍特務造船局が極秘裏に建造した、最新鋭ステルス特殊作戦艦『アルヴィオン・ノクターン』。ノクティア・オルドの専用艦だった。
艦は光学迷彩と光子散乱フィールドによる完全隠蔽機能を持ち、さらに艦内には戦術指揮補助AI『エクリプス』が搭載されていた。単独潜入、長距離ステルス航行、局地降下支援、全てが1艦で可能な万能特務艦。それはアリス総理が自らの命令で配備した、まさに直轄特命部隊に相応しい艦であった。
艦内に乗り込み、作戦ブリーフィングルームに全員が揃うと、ヴァレリア上級指揮官は前へと出る。
「皆。これより我々は、ナタアワタ共和国へ潜入する」
その声は冷静でありながらも、力強さに満ちていた。
「これは単なる作戦ではない。私の同期、ヴァイスとルゥナの命を奪った敵がそこにいる。そしてナタアワタ共和国とガフラヤサタ連邦が繋がっている証拠が、あの地に隠されている」
部隊に緊張が走る。だが、その中に怯えはなかった。
「白紙委任状は、つまり何をしても構わないという意味よ。私たちは法も掟も超える。そしてアリス総理がその責任を引き受ける覚悟で、私たちを送り出してくれた……ならば。やるしかない。」
一同が立ち上がる。その目は、どこまでも鋭く、どこまでも誇りに満ちていた。
「ノクティア・オルド! 出撃!」
叫びが艦内に響くと同時に、『アルヴィオン・ノクターン』は静かに宙を滑り出し、ゲートウェイ航路へと入っていった。
同時刻、ナタアワタ共和国首都。エクレール大統領の執務室。黒のドレスに身を包み、妖艶な微笑みを浮かべながら通信回線の前に座る彼女は、天の川銀河最大の敵とされる男。ガフラヤサタ連邦統合政府議長ゲルマヴァルドと連絡を取り合っていた。
「まったく、あなたの『清掃部隊』には驚かされたわ。あと少しで神聖旭日連邦帝国に秘密を掴まれるところだったもの」
「当然の処置だ。我々の敵に情報を与えることは、天の川銀河の秩序そのものを揺るがす」
ゲルマヴァルドの声は冷徹そのものだった。
「とはいえ、少しは私に優しくしても罰は当たらないと思うのだけど?」
艶めかしい声音で語るエクレールに、ゲルマヴァルドは鼻で笑った。
「私には利害関係しかない。優しさは不要だ」
そして一方的に通信は切られた。静まり返る執務室。しばし沈黙の後、エクレールは小さく舌打ちした。
「……ふん、いずれ後悔させてやるわ」
そしてボタンを押し、官邸内に警報を鳴らした。
「緊急対策会議を開きます。すぐに閣僚全員を招集して」
女たちの静かな戦争が、今、天の川銀河で幕を開けようとしていた。