正義の再定義
帝国歴1500年3月15日。ナタアワタ共和国首都宙域に浮かぶ巨大な宇宙ステーション。それは銀河連邦。幾千の種族と文明の代表が集い、銀河の秩序と理を論ずる、政治と外交の最上位機関であった。
その銀河連邦の元老院中央議場に、今、神聖旭日連邦帝国の外務大臣、エインの姿があった。透き通るような銀の髪に、冷静さを宿す碧眼。彼女の存在は、空間そのものを凍てつかせる威厳と、美しさを持ち合わせていた。彼女が演壇に立つと、議場が静まり返る。星々の運命を握る百を超える国家代表たちが、彼女の一言一句に耳を傾けようと息を潜める。
「諸君。」
エインは一言、声を響かせた。その声は抑制された熱を含みながらも、場の空気を支配した。
「私は神聖旭日連邦帝国の外務大臣として、この場に立っている。だが今日、私は一人の文明の代表ではなく、『1人の種族』として、この銀河に問いたい。正義とは何か、と。」
言葉の重みが、各議席へと伝播していく。
「ここ数十年、我々の天の川銀河は『正義』という名の下に、数多の戦争と介入を繰り返してきました。そして、その背後にある利益構造と謀略。果たしてそれは『正義』だったのでしょうか?」
ざわめきが広がる。だが、誰も言葉を発しない。エインはその沈黙を見越していた。
「我が神聖旭日連邦帝国は、ゼンメホ帝国に対しカウンタークーデターを支援しました。それは内政干渉と非難されるかもしれません。だが問います。もし、あなた方の隣国が、利権の為に他国の主権を簒奪しようとしていたら? 貴国の友邦が、偽りの言葉で内部から壊されようとしていたら?」
彼女の目が、銀河連邦調査団代表席に座るナタアワタ共和国の代表に向けられる。その視線は氷のように鋭く、同時に燃えるように熱かった。
「我々は見過ごしませんでした。武力をもって主権を破壊する者に、我々は対抗しました。正義とは、力の行使を意味しません。正義とは、平和を守るために、『力を行使せざるを得なかった時』に初めて、その価値が問われるのです。」
彼女は一度言葉を切ると、資料ファイルを取り出した。
「これは、私が幼き日に読んだ地球の歴史に残る人物、旧大日本帝国の山本五十六大将の言葉です。」
『百年兵を養うは何の為か。ただ平和を護らんが為である。』
「この言葉こそ、我々神聖旭日連邦帝国が軍を保持する理由です。戦う為ではなく、守る為。破壊する為ではなく、維持する為。我が帝国の宇宙軍、連合艦隊、遠征隊、そして諜報機関も同様です。」
エインは目を閉じ、静かに一呼吸置いた。
「だが、我々はこの理念を貫く為に、時に血を流します。時に、誰かの自由を制限せねばならない。誰かの嘘を暴かねばならない。そして、誰かの悪意を、断ち切らねばならない。」
議場の空気が凍りつく。まるで天の川銀河そのものが、彼女の言葉を忘れぬよう息を止めたかのようだった。
「『正義』とは、声高に叫ぶことではない。力を振りかざすことでもない。正義とは、何かを守る為に、自らの手を汚す覚悟を持った者にこそ、託される概念です。」
エインは最後に、議場全体を見渡しながら語った。
「我が神聖旭日連邦帝国は、真に平和と秩序を望む者に対し、いかなる脅威にも立ち向かう意志を持っている。あなた方が真実を望むなら、我々は応える。だが虚構と欺瞞を続けるのであれば、その仮面は暴かれるべき時を迎えるでしょう。」
彼女が演壇を降りると、銀河連邦元老院は沈黙に包まれた。
それは決して拒絶ではなく深い、深い、衝撃だった。
一人の外務大臣が、天の川銀河の価値観そのものに疑問を投げかけ、定義し直した瞬間。そしてその波紋は、天の川銀河の果てにまで届こうとしていた。