白紙委任状
ヴァレリア中尉。総理直轄特命部隊となったノクティア・オルドの上級指揮官であり、神聖旭日連邦帝国宇宙軍遠征隊隠密局(ECAD)の精鋭。その足音が、静かに地下へと続く専用エレベーターの通路に響いていた。場所は首相官邸。その直下に存在する極秘施設。政府関係者すら存在を知らぬ、まさしく神聖旭日連邦帝国最深の影。それがノクティア・オルドの拠点だった。
エレベーターが沈み切ると、ヴァレリアは無言で前進し、手のひらを生体認証装置にかざす。重厚な扉が開くと、そこに現れたのは完全防音の作戦室。すでに招集を受けて集まった11名の女性兵士が、整然と起立していた。
「ノクティア・オルド、全員集合しました」
第2班の班長である、イリナ軍が報告する。冷静な声と凛とした立ち姿は、いかにも中堅の女戦士の風格を漂わせていた。
「よろしい、作戦会議を始める」
ヴァレリアは頷くと、自らの席に腰掛けた。他の隊員もそれに続くように着席する。
ここで改めて、総理直轄特命部隊『ノクティア・オルド』の構成が確認する。総員12名。第1班はヴァレリア中尉、正式には『第5種上級指揮官』が班長を兼任し、自らを含む4名で構成。 第2班はイリナ軍曹が班長を務め、同じく4名で構成。 第3班はセリス軍曹が班長を務める、やはり4名編成である。
「総理直轄特命部隊としての初任務が下された。本日、首相官邸にて正式命令を受領した」
その言葉に、イリナが驚いたように微笑む。
「いよいよ、ですか」
「だが、これは『引き継ぎ』でもある」
ヴァレリアの声音が少しだけ硬くなる。セリスがすかさず問いかける。
「引き継ぎ……とは?」
「ナタアワタ共和国に潜入していた、私の同期ヴァイスとルゥナが、潜入任務中に死亡した」
隊内に一瞬、重たい沈黙が走る。驚きと哀しみ、そして怒りが混ざり合った表情が次々と浮かぶ。
「殺した相手は……?」
隊員のひとりが小さく問うた。
「分からない。だが、ヴァイスとルゥナがやられたとなれば、相当の強敵だと見ていい」
空気が引き締まる。誰もが緊張を内に秘めたまま、ヴァレリアを見つめる。その視線を受け止め、ヴァレリアは一枚の文書ファイルを取り出し、掲げた。
「これはアリス総理からの『白紙委任状』だ」
ざわめく隊員たち。影の任務を担う彼女たちでさえ、その意味の重さは理解していた。戦場での全権を託されるということは、成功すれば勲功、失敗すれば全責任を負う。その覚悟が必要とされる証だった。だが今回は違った。
「この文書により、我々はあらゆる手段を行使できる。手段も、方法も、すべては任せると。総理からの命令だ。そして更にアリス総理は、全ての責任は私が引き受けると、明言された。」
イリナが小さく呟く。
「……何でも、できる……」
「その通り」
ヴァレリアの声に、静かな怒気と闘志が混ざる。
「どんな手段を使ってでも、ナタアワタ共和国の秘密を暴き出す。これは命令であると同時に、誓いでもある。必ずやる。そしてアリス総理の期待と信頼を、裏切る訳にはいかない。」
その言葉に、11名の隊員たちが拳を握り、息をそろえて叫んだ。
「了解!」
同時刻、首相官邸・執務室。 アリス総理とエイン外務大臣は、次の公務までの僅かな空き時間に、静かに紅茶を口にしていた。
「ヴァレリアなら、やってくれるでしょうか」
アリス総理の問いに、エインは微笑みを返す。
「彼女は、私たちの誰よりも強いわ。信じていい」
アリス総理も微かに笑みを浮かべると、窓の外を眺めた。 エインは何かを決意したように、そっとアリスの手に触れようとする。
しかし。
「失礼します!」
控えめなノックと共に、秘書官が顔を出した。
「エイン外務大臣、銀河連邦元老院への出発の時間です」
「あっ……わかったわ」
エインは慌てて手を引き、立ち上がる。 アリス総理は軽く笑い、「任せたわよ」と背中を押すように言葉をかけた。
「必ず、正義を再定義してくるわ。」
エインはそう言い残し、執務室を後にする。残されたアリス総理は、そっとテーブルの上に残されたエインのティーカップに視線を落とし、静かに呟いた。
「どうか、無事で。」