秘めたる決意
ヴァレリア・セラフィム上級指揮官は、総理直轄特命部隊としての初任務のため、衛兵に導かれ無言で執務室へと向かう。扉が開かれると、そこにはアリス総理とエイン外務大臣が待ち構えていた。
「ようこそ、ヴァレリア上級指揮官」
アリス総理は穏やかな声で迎えたが、その目にはいつもの柔らかさはなかった。
「本日、あなた方ノクティア・オルドに総理直轄特命部隊としての初任務が下されます」
ヴァレリアは一歩前に出て敬礼する。
「ご期待に沿えるよう尽力いたします」
その時、アリス総理の表情に陰りが走った。
「……実は、ある報せが届いたの」
その横でエイン外務大臣が口を開く。
「ヴァレリア、ナタアワタ共和国での諜報任務には、あなたの同期……ヴァイスとルゥナが関わっていたわよね?」
ヴァレリアは小さく頷いた。
「ええ、彼女たちは……」
アリス総理が視線を落としながら告げた。
「そのヴァイスとルゥナが、今朝未明……任務中に死亡したの」
言葉が空気を凍らせた。ヴァレリアは目を見開き、何も言わず立ち上がり、窓際へと向かった。執務室の照明が、静かに彼女の横顔を照らしていた。アリスとエインは沈黙のまま、その背中を見つめる。数分が過ぎた後、ヴァレリアは再び席に戻った。
「……彼女たちの任務を、私が引き継ぐのですね?」「その通りよ」とアリス総理。
エインが、穏やかだが心配そうな声で語る。
「辛いなら、他の部隊に任せてもいいわよ。無理をしなくていい」
だがヴァレリアは、まっすぐに彼女を見据えた。
「お気遣い感謝します、外務大臣閣下。でも私は、私情を職務に挟みません」
アリスとエインは、顔を見合わせ、深く頷いた。
「では……ノクティア・オルドに出撃を命じます」
ヴァレリアは立ち上がり、姿勢を正して敬礼した。
「必ず任務を完遂いたします」
アリスとエインも立ち上がり、「健闘を祈るわ」と言葉を送った。
執務室の扉に手をかけたその時、アリス総理が再び声をかけた。
「ヴァレリア」
振り返るヴァレリアに、アリスは一枚の文書ファイルを差し出した。
「これは白紙委任状。今回の作戦において、あなたには完全な自由裁量を与えます」
驚きの表情を浮かべるヴァレリア。
「宇宙軍総司令部、国防大臣、そして私の名で発効されているわ。全てあなたの判断に委ねる。結果については、私が全責任を負う」
隣にいたエイン外務大臣も、静かに頷いた。
「遠慮なく暴れてきなさい」
その瞬間、ヴァレリアの凛とした顔に、初めて小さな笑みが浮かんだ。
「光栄です、閣下」
扉が閉じた後も、アリス総理とエイン外務大臣は、その余韻にしばし身を浸した。ヴァイスとルゥナの無念を継ぐ者。
新たな戦いが、静かに動き出していた。