沈黙なる影
帝国歴1500年3月12日。ナタアワタ共和国首都。夜が帳を下ろし、都市のネオンがまばゆく光る中、神聖旭日連邦帝国ECADの諜報員、ヴァイスとルゥナは静かにその『確信』に近づいていた。
「……間違いない。ナタアワタ共和国通信衛星のバックドアが、ガフラヤサタ連邦諜報総局の通信アルゴリズムと一致している。これが証拠にならないはずがない」
ヴァイスの指は滑るようにホロ端末を操作していた。隣ではルゥナが神経を研ぎ澄まし、ドアロックとセキュリティネットを監視する。
「今、複数の暗号化された送信パスを解析してる。見つけた。ここ……政府中枢内の、戦略資源局からデータが出てる。つまりナタアワタ共和国の中枢が──」
その瞬間、ルゥナの手が止まった。
「……誰か来てる。」
建物の空調が一瞬だけ異音を発し、そして空気が変わった。圧迫感。殺気。まるで真空の中に放り込まれたような重圧が二人を包んだ。
「逃げるぞ!」
ヴァイスがデータ端末を閉じ、非常ルートに走る。だが、廊下の先には既に三つの黒い影が立っていた。無言のまま、一人がルゥナに向けて高速で詰め寄る。ルゥナは即座に9式オーロラを引き抜いて連射。しかし全弾が弾かれた。
「光学シールド……!?」
返す刀の一撃。ルゥナの肩に深い切り傷が走った。ヴァイスもレグルスを展開し、迎撃するが黒い影の一人が壁を蹴って空中を舞い、真正面から銃身を蹴り折った。
「くっ……!こいつら……強すぎる……!」
沈黙の襲撃者たち。『シュヴァルツ・シュトラーク』ガフラヤサタ連邦諜報総局が誇る『影にして刃』、秘密裏の暗殺専門部隊。エージェントの顔を晒さず、言葉を一切発しないことで情報漏洩の可能性をゼロにする。その存在すら、諜報世界では『都市伝説』とされていた。
そして今、確かにそこにいた。
「ヴァイス、私はここを抑える。あなたは脱出して、データを……!」
「バカを言うな、ルゥナ。ここまで来て、一人で行かせられるかよ……!」
背中合わせに立つ二人。だがその決意を踏み躙るように、四人目の刺客が天井から降下。鋭利な光子刃がルゥナの背中を貫いた。
「っ……!」
「ルゥナァァアア!」
怒りに任せ、ヴァイスは輝刃を抜き、シュヴァルツの一人を真っ向から斬りつける。火花が散り、光子力が軋む。だが、次の瞬間、カガヤキごとヴァイスの右腕が切り飛ばされた。倒れ伏すヴァイスに、冷たい影が無言で近づきその目の奥に映るのは、絶望と無念。刹那の静寂。そして、闇に呑まれた。
翌朝。
神聖旭日連邦帝国首都地球。ナタアワタ共和国からのリンクが途絶えたという報告が、首相官邸のアリス総理のもとへ届けられる。
「……そう。ヴァイスとルゥナが……」
手にしていた報告書を静かに閉じるアリス総理。
その傍らで、エイン外務大臣は拳を握り締めていた。
「……彼らは、最期まで任務を全うしようとしたはずです。だとすれば、私達は必ず、彼らの意志を継がなければならない」
アリス総理は頷いた。
「ええ。もう『情報の壁』の向こうに、真実があると分かったのなら次は、私たちがそれを越える番よ」
その言葉は、静かだが確かな決意に満ちていた。銀河に広がる陰謀の網。ナタアワタ共和国の奥底に眠る『真実』は、いまだ闇の中にあった。だが、その闇に向かって踏み出す者たちの足音が、確かに鳴り響き始めていた。