怒れる議長と闇の連鎖
同時刻、天の川銀河の遥か対極に位置するガフラヤサタ連邦は、暗く冷たい静けさに包まれていた。その中心部、巨大な星環都市の最上階にある統合議長官邸では、苛烈な怒号が響いていた。
「馬鹿なッッ! すべてが、水の泡だというのか!!」
怒りに満ちた声を上げたのは、ガフラヤサタ連邦統合政府議長・ゲルマヴァルド。漆黒のローブに包まれた堂々たる体躯と燃えるような双眸は、いまや怒気で紅蓮の如く揺れていた。執務室のホロディスプレイには、ゼンメホ帝国の女帝アナスタシアによる緊急声明が映し出されていた。そこには、国家反逆罪で逮捕されたカレヴォスと、彼を制圧したという正体不明の女性部隊の姿が映る。ゲルマヴァルドの表情が険しさを増す。
「アナスタシア、貴様……正気か?『直接帝政』など、あの国で認められるはずがない……!」
だが、直感的に彼は悟っていた。
これは、「あの女」たちの仕業だ。
「……エイン、そしてアリス……貴様らか。」
彼の嗄れた声は、激しい憎悪に満ちていた。銀河連邦調査団『処理』する機会はいくらでもあった。あの時、始末していれば、このようなことにはならなかったはずなのだ。
「ぐっ……!!」
執務卓を拳で強打する。無機質な音と共に、強化素材の天板がわずかに歪む。しばらく重苦しい沈黙が流れた後、ゲルマヴァルドは深く、深く息を吐いた。
「……よかろう。カレヴォスが倒れた以上、もうこの局面を『逆転』させるしかあるまい」
やがて彼は、執務卓に指をかざし、内線回線を開いた。
「諜報総局長を呼べ。今すぐだ」
返答はない。ただ即座に了解の合図が戻ってきた。
数分後、漆黒の軍服に身を包んだ一人の男が、静かに入室する。鋭い眼光を持つその男こそ、ガフラヤサタ連邦諜報総局(SISF)長官、コードネーム《ヘルメス》であった。
「ご命令を、統合議長閣下」
ゲルマヴァルドは静かに命じた。
「……『あの線』を隠せ。『ナタアワタ共和国』との非公式な接続網が我々と繋がっていると知られれば、我々は外交的にも戦略的にも致命傷を負うことになる」
ヘルメスは黙って頷いた。ナタアワタ共和国とガフラヤサタ連邦を繋ぐ裏の輸送ルート、資源供給、密約関係。その全てが、『絶対に明るみに出てはならない』、国家的機密である。
「ナタアワタ共和国の『影の商人』どもには、我々の存在を感知された形跡がある。すぐに対処しろ。何人たりとも、証拠を外部に持ち出すことを許すな。情報漏洩を起こした者は、」
ゲルマヴァルドの目が光る。
「例外なく『消せ』」
「御意」
だが、その場を去るヘルメスの背に、ゲルマヴァルドは吐き捨てるように付け加えた。
「……神聖旭日連邦帝国も、既に我々に近づきすぎている。このままでは、銀河の均衡は崩れる」
そう、彼は危機感を抱いていた。ゼンメホ帝国では失敗し、銀河連邦の一部が掌握され、今や神聖旭日連邦帝国は『正義』という名の元に、天の川銀河に向けて影響力を伸ばしつつある。それはかつてガフラヤサタ連邦が行ってきた『膨張』の鏡像であった。
(……あの女総理。いつか必ず、ガフラヤサタ連邦の牙を、その喉元に突き立ててやる)
冷酷な眼差しで、銀河の地図を見つめるゲルマヴァルドの背後に、漆黒の虚無が広がっていた。銀河を覆う戦乱の影は、未だ深く、そして静かに蠢いている。