暁に響く報せ
帝国歴1500年3月10日。
神聖旭日連邦帝国の宙港に、密かに帰還する一隻の特殊作戦艦があった。外見は老朽化した民間輸送船。しかしその内部には、カウンタークーデターを成し遂げた精鋭たちが静かに立っていた。ECAD(宇宙軍遠征隊隠密局)上級指揮官、ヴァレリア・セラフィム。彼女が率いる精鋭女性部隊『ノクティア・オルド』。その表情には疲労の影と、使命を果たした静かな誇りが宿っていた。任務完遂の報告のため、彼女たちは帝都中心に位置する首相官邸へと直行した。すでに首相官邸では、アリス総理とエイン外務大臣が彼女らの到着を待っていた。国防大臣、宇宙軍総司令部総司令官、宇宙軍遠征隊司令官も同席していた。
厳粛な雰囲気の中、アリス総理が前に進み出る。そしてその手には、神聖旭日連邦帝国宇宙軍が授与する、最も栄誉ある勲章『銀翼の十字勲章』があった。
「ヴァレリア・セラフィム上級指揮官、および『ノクティア・オルド』全隊員。 貴女たちは国家の命運を賭けた作戦において、その忠誠と誇りを示した。 ここに、神聖旭日連邦帝国の名において、最高の栄誉を授与します。」
アリス総理の言葉と共に、勲章が一人一人に手渡された。ヴァレリアは感極まりながらも凛とした態度で敬礼を返し、短く言った。
「光栄に存じます、総理。」
その場に微かな拍手が広がる中、アリス総理は続けた。
「そしてもう一つ、申し出があります。」
隊員たちが静かに視線を寄せる。
「ヴァレリア上級指揮官および『ノクティア・オルド』を、正式に『総理直轄特命部隊』として任命したい。すでに国防大臣、宇宙軍司令部とも協議を済ませ、承認されています。残るは貴女たちの意思だけです。」
驚きの表情が広がった。だがそれは誇りに変わるのに時間はかからなかった。ヴァレリアは静かに、しかし力強く頷く。
「私たちは、神聖旭日連邦帝国のために存在します。光栄の至りです、総理。」
エイン外務大臣もその横で満足げに微笑み、無言のまま深く頷いた。
夜。首相官邸の私室。
アリス総理とエイン外務大臣は、ふたりだけで静かな時間を過ごしていた。グラスには香り高い果実酒が注がれている。
「……ありがとう、エイン。貴女がいたから、今回の作戦も成功したのだと思っている。」
アリスがふと笑みを見せる。エインも軽くグラスを傾け、目を細める。
「私も……貴女の信頼があったから、ここまでやってこれました。」
暫しの沈黙。窓の外には帝都の灯りが揺れている。アリスはふと真剣な目をして言った。
「次は……銀河連邦元老院で演説してほしいの。『正義とは何か』を、改めて銀河に問いたい。」
エインは一瞬驚き、すぐに真顔で頷いた。
「……ええ。アリス総理のためなら、何でもします。銀河が混沌とする今こそ、声を上げるときです。」
その瞬間、二人の視線が交差する。ゆっくりと、どちらからともなく距離が近づいた。手が重なり、指先が触れ合う。空気が震え、唇が重なろうとしたその時。
ピピッ。
通信端末が振動し、現実へと引き戻される。
「……っ」
アリスは慌てて手を引き、端末に応答した。
『総理、お疲れ様です。明日の議会日程に変更が入りましたので、確認を――』
ただの業務連絡だった。
「……了解よ、後で確認するわ。」
通信が切れる。アリスは深くため息をついた。
「タイミング、悪いわね……」
エインは少し頬を染めながら、ふっと笑った。
「じゃあ……私はそろそろ、演説草稿の準備に取りかかります」
「……ええ、お願いね。」
エインは名残惜しげに立ち上がり、私室を後にした。アリスは窓辺に戻り、ひとり残された二つのグラスを見つめる。
それは近くて遠い、けれど確かに通じ合い始めた二人の想いを映すように、静かに並んでいた。