玉座の決断
首都地下を走る極秘移動ルートを通じて、ヴァレリアとノクティア・オルドの精鋭たちは、拘束したカレヴォス国政院筆頭代理を連行し、ゼンメホ皇宮の中枢へと進んでいた。光のない廊下を静かに進む黒衣の影。護衛も儀礼もなく、ただ一点、カレヴォスを女帝のもとへ届けることが任務であった。
玉座の間。
女帝アナスタシアは厳粛な面持ちで玉座に座していた。群青色の皇衣を纏い、銀糸で織られた王冠のようなティアラが、彼女の威厳と美貌をさらに引き立てていた。ヴァレリアは沈黙のまま、カレヴォスを玉座の前に引き据える。カレヴォスは拘束されながらも、女帝を見据え、唾を吐くように言い放った。
「貴様のような甘い女に、国家の舵など握れるか……!所詮は血筋だけの操り人形だ!」
即座にヴァレリアが反応した。彼女の腰から一閃、カガヤキ型三式光子剣が引き抜かれ、その刃は青白い光を放ちながら、カレヴォスの首元にピタリと寄せられる。
「それ以上喋れば、舌ごと落ちることになる。」
静かでありながら、鋭い威圧感を持った声が玉座の間に響く。アナスタシアは立ち上がり、玉座からゆっくりと降りた。
「カレヴォス。あなたは国政を預かる立場にありながら、自己の野心のために国を売り、我が同盟国を裏切ろうとした。あなたの決断は、誤っていた。」
それでもなおカレヴォスは嘲るように笑い、最後の悪態をついた。
「この国は貴様には向いていない。すぐにまた、別の誰かが立ち上がる……」
その瞬間、ヴァレリアの手刀がカレヴォスの首筋を打ち抜き、彼は気絶した。
そして、翌朝。
ゼンメホ帝国の中央議会。女帝専用の壇上に立つアナスタシア女帝の姿が、議場に集う数百人の議員の視線を集めていた。場内は重苦しい沈黙に包まれ、女帝の第一声を待っていた。アナスタシアは深呼吸の後、強い意志を宿した眼差しで演説を始めた。
「諸君。我がゼンメホ帝国は、かつてない危機に晒されていた。」
議場内に、ざわめきが走る。
「国政院筆頭代理であったカレヴォス・ザカリエルは、自らの権力維持のため、神聖旭日連邦帝国との同盟を破棄せんと画策し、その過程において政府機構を歪め、独裁体制を築こうとしていた。その実態は、軍事力を用いずとも、すでに『クーデター』であった。」
議員たちは沈黙のまま聞き入っている。誰もが心当たりがあり、誰もが目を背けていた事実だった。
「だが、我が盟友、神聖旭日連邦帝国アリス総理は、カレヴォスの動きを察知し、密かに『カウンタークーデター』を遂行すべく、精鋭部隊を我が帝国に派遣してくださった。」
アナスタシアが手を振ると、壇上脇から黒衣の女性兵たちが現れた。その中心には、凛然とした表情のヴァレリア上級指揮官の姿があった。
「この者たちは、我が帝国を混乱から救い、陰謀を断ち切ってくれた英雄たちである。そしてこの手により、カレヴォス・ザカリエルを確保した。」
その言葉に合わせて、カレヴォスが囚人衣姿で引き出され、議場中央の特設檻に座らされた。
「あの者は、国家反逆罪により裁かれる。だがそれだけでは、我が国の再生は叶わぬ。」
アナスタシアは一拍置き、静かに宣言する。
「よって私は、この議会に対し、我がゼンメホ帝国の統治体制を見直し、立憲君主制を廃し、『直接帝政』への移行を提議する。」
場内に一斉に驚きの声が上がる。だがそれを静めるようにアナスタシアは続けた。
「この国の未来は、民意だけではなく、決断力ある統治によってこそ守られる。私は、この玉座に命を懸けて誓う。我がゼンメホ帝国を、再び混乱に沈ませることはない。」
議場は静寂の後、拍手の奔流に包まれた。ひとり、またひとりと議員たちが立ち上がり、女帝に向けて賛意を示す。その拍手の中で、ヴァレリアは無言のまま、アナスタシアに敬礼した。
ノクティア・オルドの任務は、終わった。かくしてゼンメホ帝国の内乱は終結し、神聖旭日連邦帝国の最も重要な同盟国は、再び揺るがぬ絆を取り戻したのであった。