蒼穹の影、動く
神聖旭日連邦帝国首都・地球。首相官邸内、最高機密防衛会議室。
アリス総理は、既に集まっていたエイン外務大臣の傍らに座し、到着したばかりの宇宙軍遠征隊司令官と、ECAD上級指揮官の姿を確認した。ECAD上級指揮官は、銀白の軍服に身を包んだ鋭い目をした女性。名はヴァレリア・セラフィム。アリス総理は静かに口を開いた。
「本件の招集理由は、エイン外務大臣から説明させます」
エイン外務大臣が立ち上がり、冷静な声で会議室に語りかけた。
「ゼンメホ帝国女帝アナスタシア陛下から、暗号化通信が届きました。内容は、カレヴォス国政院筆頭代理が、かつて陛下の亡き兄に関する軍産企業との闇取引スキャンダルを把握しており、それを盾に議会工作を封じているというもの。そして、女帝はそれを断ち切り、再び戦う決意を固めたと」
「……スキャンダルを盾に政変を誘導、ですか」
ヴァレリアは鋭い声で呟いた。エインは静かに頷いた。
「すでに時間がありません。これを受け、私からアリス総理に提案しました。『カウンタークーデター』を」
重苦しい沈黙。さすがの歴戦の宇宙軍遠征隊司令官も、そしてヴァレリアも、驚きに目を見開いた。アリス総理が力強く言葉を継いだ。
「議会の正当性は既に形骸化しています。もはや実力をもって、正義を証明しなければならない。実行は今夜、もしくは明日未明しかない」
エインも鋭く語気を強めた。
「この作戦は、ゼンメホ帝国の未来を守るためです。私たちは、その覚悟をもって臨みます」
二人の女性の美しさと気迫に、宇宙軍遠征隊司令官とヴァレリアは一瞬、目を合わせた。
「分かりました。私が責任をもって実行します」 司令官が立ち上がり、右手を胸に当てて誓った。
ヴァレリアも続いた。
「命に代えても、この作戦は成功させてみせます」
アリス総理は穏やかに微笑み、静かに頷いた。
「全ての責任は私が取ります。遠慮なく遂行してください」
エインはやや砕けた笑みを浮かべながら言った。 「ヴァレリア、任せたわよ」
ヴァレリアと司令官は敬礼を交わし、会議室を後にした。
宇宙軍遠征隊司令部
会議室には再び二人だけが残され、巨大なホロマップが展開された。 ヴァレリアは部隊の選定リストを展開し、即座に決定を下す。
「今回の任務は、極秘かつ迅速を要する。だからこそ、選抜部隊は全員女性に限定する」
選ばれたのは、ECADの中でも最高の戦闘・潜入能力を持つ女性たち。 その理由を問われたヴァレリアは答えた。
「美貌と優雅さを備えた者だけが、無警戒な権力者の懐へ潜れるのです」
宇宙軍遠征隊司令官は一瞬驚いたが、すぐに肯定した。
「分かった。部隊名を『ノクティア・オルド(Noctia Ordo)』とする。『夜の秩序』という意味だ」
「……良い響きです。気に入りました」
ヴァレリアは満足そうに笑い、作戦の全容を語り出した。
「ノクティア・オルドがゼンメホ帝国の中枢に潜入。親ガフラヤサタ連邦派の議員・高官・顧問をリストに従って粛清、カレヴォス本人は生かしたまま逮捕する。」
「成功すれば、ゼンメホ帝国の内政を一夜にして変えられるな」
「はい。ですが、作戦の性質上犠牲は覚悟しなければなりません」
司令官は無言で頷き、書類に承認印を押した。
「ヴァレリア、行け。君に全てを託す」 「了解。即座に部隊を集めます」
ヴァレリアは踵を返し、暗がりの廊下へ消えていった。その姿を見送った司令官は、直ちに首相官邸へ連絡を取った。
「アリス総理。作戦は発動されました。カウントダウンが始まります」
通信の向こう、アリス総理は静かに目を閉じ、言った。
「ありがとう。……どうか、皆を導いて」
夜はまだ終わらない。だが、正義の夜明けはもうすぐだった。