冷光の下に咲くもの
帝国歴1500年3月5日。ゼンメホ帝国本星は、鈍く輝く星海の中で静かにその威容を誇っていた。だが、内実は静謐とは程遠い。帝国歴1500年2月17日に銀河連邦元老院で可決された、ガフラヤサタ連邦に対する制裁決議。その後もガフラヤサタ連邦は戦争継続の姿勢を崩さず、天の川銀河全体に動揺が広がっていた。その中で、唯一の盟友であるゼンメホ帝国にもまた、波紋が走っていた。
神聖旭日連邦帝国外務大臣エインは、ゼンメホ帝国への圧力外交の任を帯び、再び側近たちを従えてゼンメホ帝国を訪れた。表向きは『友好関係の再確認』という名目であったが、誰の目にもその意図は明白だった。ゼンメホ帝国議事堂の貴賓応接室。豪奢な青玉の大理石で造られた空間に、ゼンメホ帝国国政院筆頭代理・カレヴォスが現れた。彼は冷笑をたたえつつも、言葉選びには慎重だった。
「神聖旭日連邦帝国には、我が国は常に感謝している。だが、制裁決議の余波で我々の通商も傷ついている。それに、神聖旭日連邦帝国の急進的な姿勢に、我が議会の一部では懸念の声もあり、」
「つまり、裏切る可能性があると?」
エイン外務大臣の声は静かだったが、空気が一瞬にして凍りついた。カレヴォス国政院筆頭代理は沈黙した。エイン外務大臣の瞳は、凍てつく氷そのもののように冷ややかだった。
「我々は貴国に感謝しています。ですが、友情には試練が必要です。ゼンメホ帝国はその試練に、どう応えるおつもりですか?」
エイン外務大臣は語気を強めずに言った。だがその言葉には、神聖旭日連邦帝国を代表する者としての矜持が宿っていた。カレヴォス国政院筆頭代理は返答を濁し、会談は形式的な成果のみを残して終わった。
だが、その夜。ゼンメホ帝国親神聖旭日連邦帝国派の高官数名が、密かにエイン外務大臣の側近を通じて接触して来た。
「我々は、女帝陛下が真に信じるべき相手は神聖旭日連邦帝国だと信じております。だが……議会内には『ガフラヤサタ連邦寄り』の勢力も存在するのです。動きが激しくなる前に、貴国には対処してほしい」
エイン外務大臣は静かに頷いた。ゼンメホ帝国は安泰ではない。その確信を胸にした。
同じ頃、銀河連邦本部のあるナタアワタ共和国の首都星系では、ある影が静かに動いていた。帝国情報庁統括下にあるECAD(宇宙軍遠征隊隠密局)の精鋭が、ナタアワタ共和国の情報庁ビルに潜入していたのだ。目的は、ガフラヤサタ連邦とナタアワタ共和国一部高官との裏取引の証拠を掴むこと。
ナタアワタ共和国は中立を保っていたが、裏でガフラヤサタ連邦側に軍事物資を流しているとの疑惑が浮上していた。潜入任務は慎重を極めた。ECAD隊員は連邦職員に偽装し、夜間に電子記録庫へと侵入。指向性ウイルスを用い、対象サーバーから情報をサイレント抽出した。その記録の中には確かに存在していた。ナタアワタ共和国の議員2名と、ガフラヤサタ連邦国営企業との密約書類が。任務は成功。情報は即座に地球へ転送された。
その報告を受けたアリス総理は、神聖旭日連邦帝国首相官邸の執務室で端末画面を見つめながら、深く息をついた。
「やはり、戦争は……戦場だけで起きているわけではないのね」
そこへ静かに入室してきたのは、エイン外務大臣だった。長時間の外交工作の帰還直後にも関わらず、その瞳には強い光が宿っていた。
「ただいま戻りました。ゼンメホ帝国での会談は、予想以上に困難でした。だが、兆しはあります。彼らの中にも、真実を求める者がいました。」
アリスは微笑んだ。
「さすが、私の外務大臣ね」
「……私は、貴女のために動いています。神聖旭日連邦帝国のため、そして……貴女が信じる未来のために」
エインは言葉を選びながらも、視線を逸らさずにそう告げた。アリスは一瞬、動きを止めた。そして、デスクの隅に置かれた紅茶のカップを彼女に差し出した。
「じゃあ、一緒に少しだけ休みましょう。あなたと話すと……私も未来を信じられる気がするの」
一瞬だけ、二人の目が交差する。
それは確かな絆の予感。恋と呼ぶには、まだ早い。けれど、それは間違いなく、始まりだった。