外交圧力と潜入任務
帝国歴1500年3月2日。天の川銀河を照らすは、星々の灯火ではなく、静かに交錯する野心と陰謀の火花であった。神聖旭日連邦帝国は、一つの岐路に立たされていた。ガフラヤサタ連邦の戦争継続の裏に潜む理由が徐々に輪郭を帯び始める中、アリス総理はついに動いた。その命を受け、エイン外務大臣は外務大臣専用艦に乗り込み、神聖旭日連邦帝国・ゼンメホ帝国間のゲートウェイを通過し、ゼンメホ帝国の首都惑星に降り立った。『外交圧力。』それは静かなる戦い。
荘厳なゼンメホ帝国中央外務宮殿、幾重もの金属アーチが天に向かって延びる建造物の中、エイン外務大臣はゼンメホ帝国外務大臣と対峙していた。ゼンメホ帝国は、神聖旭日連邦帝国にとって唯一の公式同盟国でありながら、最近の情報提供は曖昧なままだった。
「貴国の調査報告には、明らかに欠落があるわ。私たちは共に真実を見つけるべきだと思うけれど?」
冷ややかな眼差しで言い放つエイン外務大臣。ゼンメホ帝国外務大臣は苦笑いを浮かべた。
「……エイン外務大臣殿、私どもは調査は進めております。ただ、ゼンメホ帝国内にも様々な声がありましてな……」
その目が泳ぐ。エイン外務大臣は鋭く見抜いた。
「親ガフラヤサタ連邦派……ですね?」
ゼンメホ帝国外務大臣は明言を避けたが、その沈黙こそが答えであった。ゼンメホ帝国内部には、ガフラヤサタ連邦との密約を画策する派閥が潜在的に存在している。銀河連邦の制裁決議にも関わらず、ガフラヤサタ連邦が兵站を維持できている要因の一端は、同盟国の内情にあるのかもしれない。
「ならばこちらも、独自に調査させていただきます。もちろん、正式な外交手続きを通して。」
エイン外務大臣は冷静な声で告げ、ゼンメホ帝国中央外務宮殿を後にした。だがその表情の奥には、かすかな怒りと、決意の色が浮かんでいた。
その一方、ナタアワタ共和国首都では、神聖旭日連邦帝国の影が密かに動いていた。ナタアワタ共和国は銀河連邦本部の所在地。神聖旭日連邦帝国の諜報機関は、その奥深くへと触手を伸ばしていた。潜入任務の主軸を担うのは、宇宙軍遠征隊隠密局《ECAD》。選抜された2名のエージェント──コードネーム「ヴァイス」と「ルゥナ」が、ナタアワタ共和国情報通信省技術管理庁へと偽装身分で潜入していた。彼らの任務は、ガフラヤサタ連邦がナタアワタ共和国経由で調達していると疑われる資源・情報の流通経路を割り出すことである。銀河連邦制裁下にあるにも関わらず、ガフラヤサタ連邦の軍需物資が枯渇していないのは不自然だった。
「ログを取った。今夜、非公式チャンネルの暗号通信があった。しかも三重偽装ルート……プロの仕事だ。」
「ルゥナ、復号は可能か?」
「数日欲しいけど……できるわ。けど、このルートは内部協力者がいる。共和国政府中枢に。」
それはまさに、ナタアワタ共和国中枢が既に浸食されている可能性を示唆するものであった。報告は帝国情報庁長官を経て、アリス総理へ届けられるだろう。だがまだ証拠は脆弱だ。
そして、再び地球。エイン外務大臣は帰還後、アリス総理に報告を上げていた。ゼンメホ帝国の内情と、ナタアワタ共和国の懸念。アリスは黙って聞いていたが、その表情には明確な緊張が浮かんでいた。
「敵は……予想以上に深く入り込んでいるわね。エイン、まだお願いできるかしら?」
「はい、総理。私はまだ、答えに辿り着いていません。……それに、あなたの信頼に、報いたい。」
そう言ったエインの眼差しに、一瞬、アリスも目を伏せた。
『信頼』それは、恋慕の前提であり、政の基礎であった。